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心の臓が止まる意味 [母のこと]

2019.2.15


こんにちは。かなり疲労困憊です。ランニングをしているわけでもないのに妙な疲労感がいっぱいです。

心の臓器がこれほどまでに影響を及ぼすものかとホトホト感心をいたしました。

肝臓も、腎臓も、胃も、大腸も、小腸も、膵臓も、胆嚢だって異常はない。96歳を過ぎた人間の血液検査でどこも異常がないことは今のご時世奇跡かもしれない。毎年の人間ドックで異常値を出す私にとっては、異常のない彼女のほうが異常に映る。


そんな健康人である彼女が、ようやくその歩みを止めた。

あと1週間、あと3日、あと1日、あと1時間・・・・そんな希望もあっという間に費えた。

心の臓が止まるとすべてが終わる。

今日の早朝、そのことを思い知らされた。


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・・・・・と15日にやっとの思いで書いたが、流石にそんなことしていられなくなり、今日まで書けずに過ごしてしまった。


肉親が息を引き取るまで見守り続けることは、口で言うほどたやすくはない。苦しまないと言ったけれど、本人は苦しいのかもしれない。それは母の表情から伺い知ることしかできないので、想像の世界でしかない。

我が母の場合、まず食べることができなくなった。これは生きる上での活力の源であるわけで、それができなくなった時点で、いつが最終地点になるのかを考えなければならなくなった。

飲み込むことができなくなった⇒唾を飲み込むことができなくなる⇒痰が喉に絡みつくようになるが咳払いで自力回復⇒痰が喉に絡みつき始める⇒それを排除することもできなくなる・・・咳払いをする力もないと言ったほうが当たっているかもしれない。

アンパン1個のカロリーが266キロカロリーとある。彼女の場合食べなくなって3日目。

1日の摂取カロリーは、アンパン1個がやっとこ。

高齢者の必要カロリー/日摂取量は2000キロカロリーとして、母の場合、多分必要摂取量は1000キロカロリーぐらいだろうか。

荒っぽく言ってしまえば、3.5個/日食べなければいけないところ、母は1個しか食べないわけで、食べられる状態であっても、刻々と弱っていっていたことになる。

そこから発熱による体調不良、嚥下機能低下・・・・・。


食べなくなって5日目。思い余って点滴をお願いした。500㎖を1本。4時間ほどかけて皮下に注入。

少しだけ元気が出たような、目も我々を追ってくれていた。(そのころ、目は既にウツロとなり、どこか怖い目になっていたことも事実)

6日目。再び一縷の望みをかけ、もう一本お願いした。このとき2時間ほどで注入された。妙に速い?

しかし、その後、容体は最悪となり、目は完全に遠くを見つめ我々を見ることはなく、血圧も低下、下は40を切りそうになった。看護師さんも今日が山場かもと帰っていった。その夜、鼻水、若干の嘔吐。すべて水分ばかり。すべて点滴の水分過剰?肺にも回ってしまったかも?

7日目。何とか生きている。しかし、筋力もなくなったのか、いつもは強張って伸びなくなった足がダラリと垂れ、伸び切った。

8日目。夜、普段人間は目をつぶって眠るものだが、ここ2~3日、母は全く目を塞ぐことがない。寝ているのだろうが、目をしっかりと見開き、瞬きもしない。目が乾いてしまいそうなので目薬を指す。

9日目~10日目。ただ息をし続け、痰を絡ませ、その音に呼応し、痰の吸引をする繰り返しが続く。痰を吸引しないと窒息死してしまうのだ。

うめくことも、しゃべることも、笑うことも、泣くこともなく、母は少しずつ少しずつ鼓動を弱め、そして息を引き取った。朝方4時。完全に息が止まった。


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訪問医に電話、看護師さんに電話。死亡を確認してもらう。死亡届には、6時死亡、「老衰」と記載された。


すべからく「時」は平等であり、「時」は無常だ。与えられた「時」を大切にしたい。


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詰まらん話が続きます。 [母のこと]

2019.2.13


こんばんは。3人で交代で母の傍にいることにした。私が早くに寝て、深夜に交代する。3時過ぎに母のところに行ったが、私は傍に添い寝をするだけだ。姉たちは傍に起きて見ているが、そんなことは必要ないよと言った。私らが起きていようと寝ていようと、こと切れるときはこと切れるわけで、どうしようもないことと割り切っている。自分たちが寝ないことによって体調を崩すことが気にかかるだけ。元気で生きてこそナンボの世界だ。残念ながら、死んでいく人をとめることは誰にもできない。

しかし、なかなかそれは理解してもらえずに家人と姉は無理をする。それは違うと思う。


今日も看護師さんが来てくれた。「残念ですが、もうそろそろですね。」と言われた。毎日見ている私たちも、どう欲目に見ても残りは僅かのような気がする。

昨日、酸素飽和度の機材が到着した。約束の日より1日早く到着したので、間に合ってよかった。

おむつ替えのときや体位交換のときにゲージの指数が大きな参考値となり、助かっている。特に痰の吸引時は、その指数を見ながら吸引する。全部吸引できたと思っても、数値がよくならない場合は再度吸引しなければいけないからだ。苦しそうな母の顔を見ると、細い管とはいえ、入れるのを躊躇するのは当然のこと。しかし、苦しさに妥協すると痰による窒息ということもあり得るわけで、早々妥協はできない。


先日、痰の吸引をしている方の話を耳にした。そのご家族は、その作業をもう20年もやっているということだ。私などはまだ7日間しかやっていない。まだまだ赤子だ。音を上げてはいけない。

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体液の神秘 [母のこと]

2018.2.10


こんばんは。

今日もあっという間に終わっていく。

これを読んでいただいている方には申し訳ないが、またまた介護の話だ。「もういいよ」という方はさっさとほかの方のブログを読むことをお勧めする。


6日に母の容体が急変してからというもの、毎日看護師さんには来ていただいている。その代わりヘルパーさんはすべてキャンセル。これらは皆ケア・マネージャーがやってくれるので助かる。以前(20年前)には考えられないことで、「ケアマネ? そう言えば、最初に挨拶に来たっけかな。でも、その後は何の音沙汰もなかったような・・・・」そんな程度の存在ではあったが、今は違う。スケジュールでも何でもケアマネを通してやるようになった。それだけ体制整備もできているということだ。


人間には体液が流れている。それが枯渇状態になってもある程度の体液は出る。尿、汗、唾液、そして痰だ。

先日、看護師さんから痰の吸引機をお借りした。チューブを口に入れ、掃除機の弱いバージョンで吸い取るものだ。身体が弱ってくると咳払いなどもだんだんできなくなるため、喉に絡まった痰は咳をすることで身体の外には出せなくなる。だから、吸引機のお世話になる。

ついに母もそういう状態となり、痰が喉に絡みついてしまう。私たち素人が彼女の口にチューブを入れ吸い取るわけだが、それはなかなか至難の技となる。ベロあたりを吸引することは造作はないが、喉の奥、これ以上差し込めば「ゲェ~~~」となるくらい入れなければしつこい痰はとれるわけはない。

痰をとらないとどうなるか。それは窒息死となる。

「えっ!」と思われるかもしれないが、人間の最期はそういうもので、力はほとんどなくなるのだと言われた。だから、母は真上を向いて寝かせられない。それは痰がまともにくっついて気道を塞いでしまうからだ。


どうしたらいいものか。

身体を斜めに向けて寝かせる。そうすることで彼女の気道は痰で覆われることは少なくなる。少しだけ開いたところから空気を取り入れることになる。何とも切ない話だが、そういうギリギリの介護となった。

だから、この機械は必須なものとなる。酸素飽和度の測定器だ。




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見直しましたよ [母のこと]

2019.2.9


こんにちは。

今日は朝から大好きな雪が降っている。今も天気予報どおり、刻々と雪は「降りしきる」。

「降りしきる」ことがあまりない千葉に住んでいる私としては、「降りしきる」というフレーズは好きだ。

いい感じ。

でも、明日は大変だね。すってんコロンでスタッドレスを履いていない車は動かせないだろう。でも、全国的に休日だし、こういう日は家にこもっているに限る。

でも気分は晴れない。大好きな雪かきができそうなのに、気持ちはあまり晴れない。


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それは当然。母は世に言う危篤状態に近い、発熱から1週間、飲めず、食べられずで7日目となった。訪問医の見立てでは、このままそっとしておくしかないと言う。

看護師さんからも前々から点滴は気休めにしか過ぎませんと言われて、それを言葉ではわかっていたが、飲まず食わずでいる母親を診ていると、果たして、このままでいいのだろうか。喉も乾いているだろう。お腹も空いているだろうと思うのが人情というもの。

訪問医「どうされるかはご家族でお話になってお決めになることだが・・・」と前置きして

「動けない状態で、体重30キロ弱の方は、早々水分補給が必要ではないし、お腹も健康な人よりも欲してはいない可能性は大きいのです」

「点滴をすることによって、水分を補給できると思っていても、からだのむくみが出たり、それが血液、胃、肺に回って要らぬ悪さをすることもままあるのです」


そう言えば・・・・・。水・木曜日と2回続けて点滴をお願いした。1回目は頗る回復したかに見え、それをよいことにして、2回目の点滴をお願いしたら、それ以降、タンが絡み始め息苦しくなり、肺に水が溜まったらしく、酸素飽和度が88まで下がってしまい。目は中をさまよい。瀕死状態となったのは一昨日であった----つまり、本人には要らない水分(500㎖×2)を入れてしまった結果であった。

水分を口から入れない状態なら、当然、食事も無理という道理は十分理解ができた。

栄養剤入りの点滴は、ちょっとした手術というか、病院で施術が必要で、それをしてから自宅に戻っての栄養剤の注入は可能だが、病院までの移動の負担(外気にさらされること、車への搬入、病院での待ち時間等々)は、母には膨大であること。またそれの施術で直る保証はないこと。

そんなことを考えると、苦しまない限り、やはり、このまま自分の暖かい家で過ごすほうがいいだろうということになった。

訪問医「これだという正解はないのです。2~3年前、何度か点滴をやったときは、それなりに元気なられた。それはそれを受け入れるだけの体力がお母様にはあったということ。しかし、今回は、それを受け入れるだけの体力がない。それをすることは、苦しみを与えるだけで、ご家族の満足に過ぎないかもしれない。」

そんな話を聞きながら、我々は、やはりこのまま家で過ごすことを選んだ。

今朝の母は、テレビの画面を何となく追っていて、表情も穏やかなので、一時の安堵があり、こうやってブログを打てる時間も生まれた。


失礼ながら、この訪問医を少し見直した思いだ。


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5時には明るくなるね [母のこと]

2019.2.8


こんにちは。


昨夜は緊張が走った。

看護師「お母様は今日が峠かもしれない。油断なさらずに。何かあったら遠慮なく電話をしてください」

私「わかりました。よろしくお願いします」


目は据わり、焦点は完全に合わず、まるで別人の顔の母を見、私も覚悟をした。

姉と家人と私とで交代で徹夜の看病となった。

3時までは家人、明け方5時までは私、、それ以降、姉と交代して床についた。母は息はしているが、反応は鈍く。お世辞にも大丈夫とは言えない状態が続いた。

朝方、看護師さんが来てくれた。身体を拭き、排便、おむつ交換、痛んだ皮膚の養生と手際よくやっていただいた。

母は思いのほか顔色もよく、目の焦点は定まっており、昨日とは格段によい状態に見えた。


峠を超えたわけではないだろうが、一応、安定しているが、食物はあげてはいけない。水を口に湿らす程度と看護師には釘を刺された。

栄養がとれなければ弱っていくだけなわけで、身内の私としては何としても口から栄養をとらせたい思いがあるが、それは叶いそうもない。

これから訪問医が来る。最後通牒ではないけれど、覚悟はしたほうがいいと言われるのだろうか。


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わかっていたことではあるけれど・・・・ [母のこと]

2019.2.7


こんにちは。


今週から風邪気味の我が母。点滴、座薬等をもらい処置をしたがよくならない。

昨日から顔面にチックのような症状が出てきた。食事も一切とれない。飲み込みを忘れてしまったような感じだ。食事は昨日の朝までは何とかとれた様子だったが・・・・。


訪問医に電話をして来てもらった。血液検査もした。


しかしながら、食事をとれない状態となった今は点滴しかやることがなくなった。

父のときもそうだったが、介護のやり方を変更しなければならない。

今まではヘルパーにおむつ交換と食事介助をしてもらったが、食事ができない時点では、おむつ交換だけとなる。おむつ交換は5~10分程度でできる作業だ。


先程、ケアマネにメールをした。

ヘルパー(3事業所)と訪問入浴のすべてをキャンセル。

理由は食事介助ができない以上はヘルパーさんの仕事はないに等しい。

おむつ替えは自分がやることとなる。その代わり看護師さんの週一訪問を3回に変更。

これからは看護師さんと私たちで母の介護をすることにした。

もちろん、我々の負担は大きくなるが、ヘルパーさんの仕事は、食事介助がなくなった段階で、さほどのメリットがあるわけではないし、介護費用負担は1割とはいえ、残り9割の介護費用は莫大だ。

少しは御国のために節約をしなければいけない。


わかっていたことではあるけれど、緊張が走る。

点滴だけの生活でどこまでもつものか。30キロに満たない身体がどこまで生き延びられるか。積極的な延命治療はしない以上、「座して待つ」のみということになりそうだ。

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前進は望めるわけもないが・・・ [母のこと]

2019.1.27


こんにちは。

いい天気の分、北国では猛吹雪に違いない。そんな大雪の日に長男が生まれ、義父が死んだ。

雪が降るときには、必ず異変が起きる。そんなことをついつい思い出してしまう。

奥多摩の林道を4人全員、つづら折りの100mあった一つ下の道に落ちていったときも大雪であった。

無事があるからこそ、今でも行き来があるが、みんないい思い出だ。


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母は元気に低位安定している。以前と全く違いないが、一日食パンにしたら8枚切りを1枚。ポカリなら200㏄がやっと。そんな彼女が寝たきりになり、今年の夏で3年が経とうとしている。

今回、恐れていた褥瘡らしきものができ始めてきた。足は自分では全く動かすことができない。右足外側側面が化膿気味だ。骨川筋衛門状態の彼女の足は、床にすぐ骨が付いた状態だから、仕方はないと言えば仕方はないが、そこはやはり、切ない気持ちが沸いてくる。

訪問医に処方された薬を付け、ガーゼを換える作業が毎日続く。これといって悪化しているわけではないが、直るわけでもない。足もだんだんと曲がりにくくなっていて、マッサージをしながら足を伸-縮めをかなりの力を入れやっているが、膝裏側の筋はキンキンに張ってしまっているので100%までとはいかず、40%ぐらいしか伸びた状態にはならない。30分ほどマッサージをするが、それだけで私の腰と腕もキンキンだ。

世の中には、私のような介護をしながら仕事もするといった方々はかなり多くなった。昔は「介護」という言葉さえ言うことが憚られるようなところがあったし、「介護」と言っても「えっ?」と言われることが多かった。それだけ社会的に認知されてきたことは救いと言えば救いだ。

介護する立場も辛いが、当の本人はもっと辛いのだろう。それを忘れてはいけない・・・・と自問自答する日々が続く。

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吐く [母のこと]

2018.12.16


こんにちは。寒いですね。


雲は雪雲。小雨が降ってきているが、いずれ雪になりそうな寒さだ。

相変わらず、母の介護と家の整理と移動に明け暮れる。

昨日、家人が実家の叔母が具合が悪く、これが最期かもしれないということで帰省した。

途中、ゴミの集積場に見たことがある人が道路上に立ってipadをいじっていた。

家人を送った後、ゴミ出しのため集積場に寄ったところ、その彼はまだそこにいた。

よくよく見ると拙宅の外溝を担当している方だった。これは奇遇とばかり、挨拶を交わす。

彼は現場写真を撮り、測量をしていた。

私「おはようございます。何ですか、こんなところで・・・」

彼「これはまだオフレコなんですが、ここに家が建つです。まだ未確定ですが・・・」

と言って、彼はそこの図面を見せてくれた。合計5~6軒だろうか。そのごみ集積場の空き地に家が建つこととなったようだ。

恐らく、これは決定事項だろう。


ゴミ集積場は道路脇にあるが、その真ん前に家が建つこととなる。当然ながら、ゴミ集積場は邪魔になるし、移動しなければならなくなる。果たしてどこに移動させるべきなのか。

前回の町内会でも、ゴミの集積場の前の土地に家が建てられることとなったため移動することとなったが、みんな自分の家の前にそれを置くことは快くは思っておらず、なかなか決まらなかったことがあった。そんな思いを引越先でも経験しそうな状況になりつつあるようだ。


少々うんざりだ。


今、ゴミ集積場までは距離が結構ある。重いゴミのときは、何回か持ち替え、地面に下ろし運ばなければ耐えられないぐらいの距離であった。新しいゴミ集積場がそれよりも短くなれば助かるが、周りを見渡しても、それを受け入れてくれそうな家と空き地は全くと言っていいほどない・・・・・・・と思う。


この件は、まだ誰も知らないらしい。昨日、我々が話をしていたときに、道路を挟んで一人の男性がじっとこっちを見ていたので、自ずとだんだんとわかってくるとは思うが、町内全員が集まって話し合いをし、場所を決定するということになることは間違いない。そんな小さな民主主義がこの街にもある。民主主義は時として決められない民主主義と言われる。強者が「ここだ」と言われるままに決定されることは今はない。それがいい場合もあるし、悪い場合もある。ここは恐らく悪い方向に行く可能性が高い。


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昨日、ベット上で母の介護していたときのこと。スティックパンを半分とクリームチーズ、ポカリを飲み、大方食事が終わったときのこと。母が突然、顔を震わせ、眉間にシワを寄せ、苦しそうな顔をし始めた。

私「どうした?」

母「・・・・」

じっと彼女の顔を見て、一体何がしたいのかは直ぐにわかった。


私「いいよ、ここに吐きな」

口前にタオルを出した。洗面器を持ってくるにはちょっと時間がなかった。

私「気にしなくていいから、そのまま吐いて、吐いて・・・・・」

認知も入っているだろうし、寝たきりである母親。しかし、布団を汚してはいけないという思いと吐くことへの恐怖心はあるのだと思った。

何にもわからないわけではない。


今食べたものが全てタオルと掛け布団、毛布に散乱した。

母は元の顔に戻った。苦しみと恐怖は、もう彼女にはないようだった。

熱もないし、具合の悪そうな表情は見てとれない。


よかった。

いつもどおり、横に寝かしつけ、その変化に気がつかずに退室していたら、きっと母は器官に、その嘔吐物を詰まらせ次の世界に行っていたに違いなかったと思う。


先程、昼食介護に行ってきたが、母はいつもどおり、低位安定ながら食事をおいしそうに食べ、何事もなかったように生活を続けていた。


介護はいつも綱渡りだ。

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皆皆土に帰るのはわかっているけれど・・・・ [母のこと]

2018.11.12


こんばんは。


あっという間に一日が終わってしまった。

毎週月曜日は介護に明け暮れる。こういう日が1週間に一度ぐらいないと母親には申し訳ない。午前中は看護師さんが来、午後は訪問入浴が来る日。朝食を終え、看護師さんには排便、体のケアをしてもらい。昼食、午後からは入浴となる。そして夕食を食べてもらい一日が終わる。


既に100%寝たきりの母親の唯一生き延びていられる術は、むせずに食べられること。

じょくそうにもならず、2年半を経過。私もよく褥瘡にならないものだと思っている。

しかし、最近、食べる量が減ってきた。元々食パンで一日1枚も食べきることは少なく。菓子パンですら1個を1年ぐらい前は食べきったが、最近は4分の1も食べきれない。そんな母親を見ていると気も滅入る。


老いて久しい母は、元気に元の状態に戻るわけもなく、医者も看護師も介護の人々も「穏やかに過ごされているから・・・」と私に対して少しの慰めにもならない慰めを言って帰っていく。

「親孝行をしていれば、きっといいことがある」とも言ってくれるが、その効果は未だに私の目の前にはあらわれてくれない。


生あるものはいずれ死んで土に帰っていく。わかっているが、それが自分の身に降りかかってくるとそう簡単に納得できるものではない。それが人間の欲であり、性であろうか。

突然でない死は、その心構えを伴侶に、子どもに、家族に、そして縁者に与えているのだと言った方がいたが、確かにその心構えをしろと母は言っているんだろうと思う。しかし、その介護の期間が長くなればなるほど、その心構えは揺らいで、それよりも大きな愛情というか、憐憫というか、何とも奇妙な情に包まれてしまうことも確かなこと。その情は、そんじょそこらのナタでは切れない厚く、太い絆となって母と私を包んでいく。

情を多く移すと引っ張られることがあるとよく言う。生気を引っ張る。


今日も帰りしな、母親にそっと耳元でつぶやいた。「僕を引っ張らないでね。いずれ、直ぐに行くから」

11月の暖かな一日が終わる。

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怒りが込み上げてくるね [母のこと]

2018.9.14


こんにちは。


昨日は一日愚息家族のお手伝いとなった。孫の病院に付き添い。そのまま幼稚園に送り、家人と嫁ともう一人の孫(4か月)とレストランで食事。いつも大変な思いをしているのだろうからと嫁にはゆったりとしてもらいたいという気持ちが我々にはある。そこのランチはコースしかなかったのでコースを注文。しかしながら4か月の孫がじっと待っていてくれるわけもなく。嫁は前おんぶ状態で食事。これではせっかくのゆったり感も台無しなので、私はボンゴレを急ぎ引っかき込み、孫を抱いて外に出たり入ったり、食事が終わったころを見計らってデザートを食べに戻り、孫を抱きながらcakeとコーヒーをすすってきた。


老夫婦としては、こんなことでもしないと3人の孫を育てる愚息家庭が崩壊するのではないかという老婆心。当人たちはラッキ~~的な思いの域を出ないのだろうが、そんな気持ちはお構いなしで、我々老夫婦は無駄な気配りをしなければ気が済まない質。

仕方がないと言えば仕方がないし、お節介と言えばお節介だろう。


そして、夕食は餃子を50個用意し、22時に帰宅と相成った。



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愚息宅にいたときに、その電話がかかってきた。

介護事業所からだった。

女性「あの、お母様の口が開いたままでして、食卓に移動したら、口は閉まりました。水分は100㏄ほどとられました。体が熱く・・・・。」

私「いつも口を開いたままの状態は多いですよ。体が熱いとは、どういうことですか。室温は何度になっていましたか?」

女性「体温が・・・。室温は見ていないそうです」


ここの事業所はいつも本人からは電話が来ない。事務職員経由だ。このときも事務職員経由。


私「冷房はかけてくれたんですか」

女性「・・・・」

私「タオルケットだけですよね」

女性「少々お待ちください」

私「もういいです。担当の方に代わってください

担当女性「冷房はかけておりません。口が開いているのは初めてだったので・・・・」


意味がよくわからない。額呼吸でもしているというのか?

私「あなたは初めてですか」

担当女性「もう5~6回は入っています」


私は、ここの事業所とはいつもこんなやり取りをしている。カチンコチンと頭に来ているので、

私「今日の介護時間は16時からですよね」

担当女性「はい、そうです」

私「今、何時だと思います?」


既に19時を回っていた


私「今日は日中行けなくて、まだ家には戻れないんですが、もっと早く電話をいただけなかったんですか」

担当女性「次の介護がありまして・・・・」

私「いやいや、母のところにいるときに電話をいただければ、もう少し何とかなったんですが、もう2時間も経っているわけで、事が事なら大変なことですよ」

担当「すみません」

私「物を扱っているわけではないんですから、もっと何とかしなければいけないんじゃないですか」

担当「申し訳ありません」

私「もういいです。わかりました」


と言って電話を切った。


その後、母のところに行ったが汗をびっしょりかいて寝ていた。

体が熱くなっていたと言っていたが、ご丁寧にタオルケットと夏掛けをかけ、冷房はオフだった。

自分でタオルケットすら剥ぐことはできない母は枕までびっしょりで、大変なことになる寸前であった。


確かに最近の天候は難しいとはいうものの、今少し気持ちを母よりに傾けてもらえれば、そうことにはならなっかのではないかと思った次第。


怒り火の玉状態になっていたが、ぐっとこえら、溜飲を下ろす努力をした。

私・・・・・少しは大人になったかもね。

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介護(ヘルパー)のモラルハザード [母のこと]

2018.7.29


こんばんは。


久々に母のことを書いたが、先日、かなり気になったことがあったので書いておきたい。


それは棟上げ式の日のことだ。棟上げ式は17時半だということで、母の家に17時ごろ行った。ちょっど、介護の時間と重なっていたが、棟梁ほかのメンバーを待たせてはいけないと思い早めに母の家で待機をしようと思った。


介護さんはよくやっていただいているので、日々感謝をしている。以前、介護さんに同伴してやっていることを見る機会があったが、「違うな、そうじゃないんだけどな」と思うことが多かった。口出しすることは、やっている方には申し訳ないので、極力、同伴しないことにして、気がついたことは連絡ノートに記載するなり、ケアマネに伝達することにしている。


そのヘルパーさんは何度か見たことがある方だった。


詳しいことは端折ることにする。


一部屋の電気を付けて退室することだけのことだが、その手順が、ヘルパーさんのモラル・ハザード(倫理の欠如、バレなければいい)であった。


1)ヘルパーさんが退室するときは、風呂場の電気は付けて退室する決まりになっている。

これは防犯上、19時、20時に暗いのはいかがなものかということになった。しかし、寝たきりの母の部屋の電気を付けたままに退室もできず、どうしよう。


では、風呂場を付けておこうということになった。


私たちが母の部屋を訪れたのは、17時過ぎ。外はまだ明るく、西日はギラギラと照り付いている状態であったが、もう既に風呂場の電気は付けてあった。


その日の昼間、私はいつもどおり、昼食の介護をし、風呂場の電気の確認もしている。

人間のやることなので、朝来た方が風呂場の電気を消灯することになっているが、たまに忘れる。それは十分に理解しているし、私が消せば済むこと。それも理解している。


つまり、彼女は彼女の段取上、母の家を訪問した段階で風呂場の電気は付けたということだとわかった。


明るくても、何でもいい。結果において風呂場の電気を付けておく状態にしておかなければいけないので、彼女は電気を付けた。ただそれだけのことだ。


では、母以外の家族が、そこにいたら、どうしたのだろうか。日没にはまだほど遠く、西日ギラギラ状態のときに、彼女は風呂場の電気を付けただろうか。


介護ヘルパーのモラルハザードを考えさせられる日になってしまった。

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おむつ補助中止とまつりごと [母のこと]

2018.7.29


こんにちは。

台風は去った。またしても千葉の拙宅近くはかすって行ってしまった。だから、全国的には結構大変な思いをされた方々は多かったと思うし、今もその真っ只中の方もいるはず。若干、後ろめたい気持ちがないでもない。



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千葉は9月からおむつの補助がなくなる。

受益者はたった1割負担だが、負担に感じる方も多いと思う。

当然ながら、残りの9割は国と地方が負担している。それはすべて社会保険料、介護保険料で賄われている。現役を離れつつある私も介護保険料は年々上がっているが、それにもかかわらず、財源は厳しいということだ。


 


おむつの話で恐縮だが・・・・。


補助が中止になった後は、介護メーカーから取り寄せるか、量販店で購入するかの選択肢となる。

毎日使用することになるので、介護メーカーと量販店でどちらが安いかが問題となってくる。

当然ながら、メーカーのほうが高く、量販店のほうが安い。それもかなり違う。メーカーは玄関先まで届けてくれるのが利点だが、変更しない限り、一定量いつも同じ量が届けられるという不便があり、

量販店は届けてはくれず、店に行かなければいけないという不便さはある。



しかし、そんなことはあまり問題ではない。やはり問題とすべきことは、人口減少が一番だろう。


国策として人口減を食い止める。それを主眼に取り組むことが政治家として、今最も大切な問題だと思うのだが、果たして、それを第一番に思っている政治家はどれほどいるのだろうか


末端のおむつ話ではあるが、国が病んでいく状態が少しだけ垣間見られるのも事実であり、我々末端人としては深慮黙考しなければならない

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盛り上がる話 [母のこと]

2018.6.4


こんにちは。


今日は月曜日、介護がこない日。朝早くから母のところに行き、おむつ交換、朝食、ごみ出しをしてきた。いつもはここで一段落だが、今は本業の仕事も抱えているので、それも少しこなしながら、看護師さんの来るのを待ち、ケアマネとも月一の面談


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我が家がお世話になっているケアマネは50代の男性の方。

いろいろな話をするようになった。


今となっては遠い昔に逆上るが20年ぐらい前のこと。そのとき既に「ケアマネージャー」という言葉は存在していた。しかし、一向にその姿は見えなかった。そのころと比べると今は格段によくなっている。

当時は、1から10まで自分で手配をしなければいけなかった。介護申請のときぐらいだろうか、ケアマネが自宅に来て手続きをしてくれた。そんな交わりだったので、その方の顔を思い出すこともない。


しかし、今は違う、1から10までケアマネを通さないと事が進まない

だから、見方によっては、ケアマネの人間性によって介護が左右されてしまうと言っても過言ではない。相性もあるかもしれない。


我が家の担当のケアマネは、小回りが効く。多少、ヒューマンエラー的なこともあったが、それはお愛嬌というもの、もうかれこれ2年のお付き合いではあるが、こちらの要望を的確に介護事業所に伝えてくれるし、こちらの気持ちもよく聞いてくれるので、ストレスを適度に分散してくれる。


今日は、彼と盛り上がった。「ミッシングワーカー」の話で盛り上がった。


やはり一人っ子は危険だ。独身者も危険だ。


一人は孤独で、最悪2人の介護をしなければならなくなる。お金に多少の余裕のあるご両親なら、潤沢に介護ヘルパーに入ってもらうことができるが、そうでない家庭も多い。その場合は、自腹を切らなければいけない。切れる自腹であればいいが、切れない自腹もある。その場合は、どうするのか。


独身ならば、相談する人もいない。社協に相談すればいいというけれど、そんな前向きを自治体ばかりではないし、受け付けの方の対応力も大となる。


困ったとき、それは精神的でも金銭的でも同じで、連れ合いがいることほど、心がしっかり根を張れることはないと思っている。


そんなところで、いつも意見が一致して解散となる。

月一回ではあるけど、それなりに私も楽しみの時間となっている。



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面倒なことは避けて通りたいのが本音? [母のこと]

2018.5.26


おはようございます。


いつも見直しをすると必ずと言っていいほど誤字、脱字がある。昨日も1個あった。仕事柄、文字には敏感なつもりだが、やはり「つもり」を抜けきらないで人生を終わりそうだ。

反省あるのみだね!


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母は御年96歳となり、寝たきり状態が早1年を数えた。現役のころは「うるさいババアだな」と心密かに思ったりもしていたが、こう長く寝たきり状態が続くと少しフビンと思ってしまう


母はかなりの人嫌いであり、偏屈な性格であったため、同居は極力回避し、現在に至っている。

今で言えば、多分認知症と診断されていたであろう症状が多々あった。しかも、かなり前から。その歳月は二桁年は優にあったかもしれない。


そんな彼女も寝たきり歴1年を突破。看護師さんもドクターも皆皆、昨夏は乗り切れるだろうかと思っていたが、今年で2回目の夏を迎えることとなった。全く寝返りもしないので、天敵の床ずれに襲われることを危惧していたが、それもタンパク質を強引に食べてもらっているためかクリアをしている。脳梗塞とは違い、自然に老いた寝たきりだから飲み込みもいい。床ずれ予防のタンパク質摂取に関し、医者はそれを認めようとはしないが、私はそれが原因であると思っている。


医者のスタンスは積極的な治療はしない。積極的な改善策を見つけることしない。ただ、ただ衰弱し、座して死を待つのみ


国の経済を俯瞰して見れば、高齢者は早く次の世界に歩みを進めてほしいと思っているのが正直な気持ちで、それが社会保障費の抑制となり、現役の負担増に歯止めをかけられると思っているはず。


・・という何ともお粗末な政策しか基本にはないわけで、訪問医が来るごとに、炭水化物ではなくタンパク質を多く摂取させた結果が、うちの母です、と遠回しに言っても、それはサラリとかわされるだけで終了となる。


先日、風呂に入れたいと看護師さんに言ったらば、「いいですよ、二人でやりますから、いつでもどうぞ」と言ってくれた。


ところが医者から待ったがかかった


母の足は骨折しているというのである。


確かに動かぬ足で延びきらないことは事実であるが、毎回、毎回、足に軽く体重をかけ、膝を伸ばすマッサージなるものをしているが、骨折しているような痛みを訴えられたことはない


「このやぶ、何を言っているの?」と思ってしまったが、そういうわけで訪問看護で入浴はしてもらえなくなった。(入浴介護専門業者では、もう保険内では無理)


若い訪問医で、彼は想像するに経験はさしたるものではないのか。やはり、危ない橋は渡らない主義らしい。(本当に最期の看取りを任せて大丈夫か??)


怒りは抑え、以前自分で入浴をさせていたので、やぶ医者には頼まず、自分で入浴をさせるにした。

朝から夢のない話を書いてしまった。お許しあれ。

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今日は暑くなる? [母のこと]

2018.4.12


おはようございます。


今、古屋に行ってゴミ出しをしてきた。もうほとんど終了しているのだが、少しだけあるので、その処理だ。ゴールデンウィーク後には取り壊しに入るわけで、肩が痛み、仕事をやらなきゃいけないがラストスパートをかける。


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昨日、久々に床屋に行ってきた。残り少ない髪の毛だが、3カ月我慢するとさすがに気持ち悪い。

いつも行っている床屋で、去年までは1カ月に1回は行っていたので4カ月ぶりだ。


床屋のオヤジ「今日はどうします?」

私「どうでもいいんだけど、前のように短めで」

オヤジ「はい・・・・(ニヤリ)」


というわけで、今日はすっきりで気持ちがいい。


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母親は既に起きていた。私はテレビの予約をしていたので、既についている状態だったが、

昨日の夜介護の方もラジオをつけて帰ったようで、テレビとラジオの両方がついている状態だった。


そんな状態でも寝たきりでは、本人は何もできずに我慢をするしかない

どんな気持ちで生きているのだろうか。完全に寝たきりになってから、既に1年が経った

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難しいね、温度管理 [母のこと]

2018.3.10


おはようございます。


一昨日は寒く、昨日は夜半から気温が上がり、今日は暖か。

季節の変わり目、特に冬から春、春から夏、秋から冬。それぞれに自分で体温調節ができない人間にとっては極めて難しい時期になる。


一昨日は床暖の温度設定を最大にし3時間にしていたが、昨日は最小にし3時間、今日は最大の1時間とした。エアコンは朝方26℃で3時間、夕刻26℃で2時間と小刻みにしないと大変なことになる。


何のことか、寝たきり状態の母親のこと。


赤ん坊と同じだから、自分で体温調節がうまくできない。気温が高くなり、暖房を切らなかったなら即発熱してしまう。ヘルパーさんはそこまでは細かな調整はしていただけない。仮にすると言っても100%お任せはできない。この間も「発熱しています。部屋の気温が高いから換気しています」と連絡はきたものの、行ってみると暖房エアコンは入りっぱなしになっていたりして、寄り添う気持ちを少しだけ多くすれば済む話ではないかと思うが、ヘルパーさんは高齢者の方が多いということもあり、タイマーに長けている方もいれば、いない方もいる。最悪だったのは、冷房をしなければいけないときに暖房にスイッチが入っていたときだ。所詮は他人だということに終結してしまう。


私は昼間担当、介護さんは朝夕担当としているので昼間に食材、ごみ、室温のチェックができるが、遠方介護はやはり無謀なことだと思わざるを得ない。


ここはやはりIOTに期待したいが、まだまだ道半ばのよう。スマフォでやることになるが、部分的には製品化されているが手間のかかる作業のようだし、ちょっとマニアックで一般的ではない。大手さんも市場実験段階だ。


あと5年ぐらいしたならば、九州にいる自分が北海道の実家のエアコンのオンオフができるようになると思いたい。、





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介護限界---寒い朝が続きます。 [母のこと]

207.12.21


おはようございます。


寒い朝が続きます。今日も室温は7度ぐらいか。年を重ねてくると、一瞬怖い思いをすることが多い。

「ウッ、頭が痛い」「ウッ、心臓が不整脈?」と思ったり。別にどこが悪いわけではないが、こんな綱渡りを高齢者は日々こなしながら生活していたのだと思うと、親のことを思い、少しばかり切ない気持ちにもなる。


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寒くなってくると30キロぐらいしかない母は、おむつ交換時、体を震わせる。暖房はエアコンと床暖房だ。健康人は暑くもなく寒くもないが、じっと動かない人間にとっては布団を剥がれるだけでも寒いことになる。現に朝の室温は15度ぐらいか。


人を介しての介護限界として、言われたことはそのままやる。それ以上でもそれ以下でもない。


つまり、彼女らの判断で臨機応変さは残念ながら皆無だ。


昨日のある事業所の方のコメントで、「震えがとまらない」というコメントがあった。別の事業所の方は、そういうコメントがない。(気がついても、言われたとおりのことをやるのみ)


しかし、日中、私が行き布団を剥ぐと、確実は彼女は震えて寒がる


先程、ケアマネに連絡伝言を頼んだ。母の家の机上にも、その旨書き置きをしてきたが、一事が万事、こんな状態だ。


一瞬たりとも介護は気が抜けない


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早めに行ってよかった [母のこと]

2017.10.10


今日は55年前に東京オリンピックが行われた日だ。55年だ。遠い昔だね。

アベベが懐かしい。



55年前も快晴に恵まれた日だった。

快晴だからこそ、その日を思い出した。



10時半に母のところに行った。母屋の片づけがあったから早めに行ったわけだが、今日はかなり暑いせいもあり、母の部屋も暑かった。母を確認し、窓を開け、布団をはいでふと顔を上げた。


なんかおかしい。母も何となく元気がない様子。暑い、それも熱風だ。



見上げてびっくり、リモコンを見てびっくり。



クーラーが入っていたけど、「暖房」にスイッチオン


急ぎカット、室温27度。扇風機のスイッチは入っていたが、生ぬるい風が行ったり来たり。

介護の方のうっかりだが、94歳に対してのうっかりは危ない。急ぎオフ、そして冷房にオン。


もし私が来れなかったら、夕刻まで暖房は入ったままになるわけで、ぞっとするばかり。



ケアマネに言うべきか、言わざるべきか。当然、言うのが当たり前でしょうけど

そんなびっくりの一日でありました。


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母の話(25) [母のこと]

2017.9.12


今日は晴れた。ずっと曇りかと思ったら、台風の前の晴れ間だ。しかも暑い。今日は半袖、半ズボンがいい。

家人は、せっせと夏物をしまいかけていたのを慌てて2~3枚戻している。



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母は介護の方々の役割分担で安定している。前にお話したように、栄養もしっかりとっている。といっても彼女のペースでの栄養摂取だから、成人のその量にはほど遠い。

梗塞を起こしているわけでもないが、寝たきりとなってからは全く歩けなくなった。それは以前と変わらない。膝を曲げて寝姿をとると、その次に足を伸ばそうものなら、かなり痛がる。


週にクリームチーズ1本、フレンチトースト、ホイップクリーム、バター等々の乳製品で何とかタンパク質をとり続けて、いい反応も常態化している。褥瘡もない。


介護費用が月4万ぐらい(つまり、国費から約40万円支払われている勘定となります)かかってしまうのが、少し心残りだが、自分の生活も成り立たせないわけにもいかないので、ここは御許しあれと頭を下げるのみ

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母の話(24) [母のこと]

2017.7.24


やっとのこと、新しいパソコンに変えた。セブンだけれど、すべてリセットしたもので、速さはいい。確かに速い。この速さを持続してもらいたいものだとつくづく思う。しかし、だんだんと重くなるから、どうしても避けては通れないことなのかもしれない。


しかし、キーボードが今一つ。変換後、1回多くキーボードを打たなければいけないような、特に誤打してバックしたいとき実行キーを押してからでないとバックしてくれない。多分、設定だろうけど、この1回多く打つ、打たないが我々の商売には微妙に影響をしてくるから、後でまたチンプンカンプンなキーボードの設定を見なければいけない。


母は母のレベルでは最高の部類だ。声にも反応するし、私を見ても看護士さんを見ても反応してくれる。


食事は、ポカリ200㏄、フレンチトースト(47パーセントの乳脂肪と牛乳、砂糖を混ぜたものに一晩漬け置)2分の1、、野菜ジュース100㏄ぐらい。これが1食分の食べる量だ。それにクリームチーズを乗せてるから、十分な栄養だと思っている。

乳脂肪(動物)100㏄-350カロリークリームチーズ10グラム-10カロリー卵2分の1-45カロリー、体重30キロの人間の1日必要栄養量は1000キロカロリー。1食330カロリーずつとれればオッケイということか。


食事の食べるペースも早くなってきた。これだと1時間で介護は終わらせられそうだ。

しかし、ヘルパーさんは皆皆、母の手が出るのを待っているようだ。つまり、彼女の自主性尊重的な考えだ。しかし、介護の時間はたくさんはない。おむつ替えに10分として、残り50分弱しかない。しかも、彼女の自主性を重んじられては食べさせる量は、遅くなり、少なくなる。栄養は人間の源だ。やはり、脳梗塞のリハビリと勘違いをしているとも見える。

この辺の徹底方が非常に難しい。


現役時代、人を通しての仕事の達成は、どの職種でも難しいことは理解をしていたが、こうも難しいとは思わなかった。組織ではないので、右向け右というわけにもいかず、地団駄を踏んでいる。



酷暑の中、介護認定基準変更もあり、担当者会議をやらなければいけないようで、皆さん方のへそが曲がらないほどにご注進を申し上げよう。

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母の話(23) [母のこと]

2017.6.25


日曜日はヘルパーさんは来てくれないので、私が朝と夕を担当している。


今日も7時に行って、帰ってきたのが10時になってしまった。

この1週間、ヘルパーさんの漏れている部分をやることにしている。歯ブラシ、手洗い、食事だろうか。


文字で書くと????どういうこと?と思われるかと思うが、歯ブラシはどうしても後回しとなる。あと手洗い。これはお風呂も頻繁に入れるわけでもないし、手拭いで拭き取る程度の手洗いなので、洗面台で石鹸とお湯を使ってよく洗う。手も縮こまって伸びないから、なかなかうまく洗えない。そんな難儀なことはヘルパーさんたちからは無意識に抜けていくことになる。別に悪気があるわけではないとは思うが、どうしても、それは致し方ないこと。


石鹸を洗い落とした後、ゆっくりと手をこするとアカが出てくるゴシゴシこするとたくさんのアカが出てくる。何度も何度も出てくる。洗い落とすと明かに皮膚の色が変わったのがわかる。


私たちの日常生活ではあり得ないようなことが介護の世界ではある。それを本人は訴える術を持たない。


介護は「心」だと日曜日が来るたびに叫びたくなる衝動にかられる。

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母の話(22) [母のこと]

2017.6.12


今日は仕事も大方出し、家内は友人と出かけた。バラは昨日薬を蒔いたし、下草もとってあるし、一昨日の強風で枝の乱れも直したので、今日のやるべきことはない。ということで、撮りだめしてある映画を観てしまった。実に詰まらぬイタリア映画であった。セリフがほとんどない映画で、いつかおもしろい展開になるのではと思わせつつ2時間が経過してしまった。よくもこんな映画をつくるもんだと思いつつ、映画は結構、監督者の主観でつくるわけだから、俯瞰しないでつくってしまうと、あんな映画になるんだろうなと思った次第。


話は変わって・・・・。


私は細か過ぎるのかもしれないと自己嫌悪に陥ってしまうのだが、他人のやっていることに目くじらを立てるほど暇ではないし、自分はそんなちっぽけな人間だと思いたくもないのだが、母の介護のことに関しては、とても看過できないこともあり、なかなか問題が多いような気がする。これは私だけではないと思いたい、そんな事象を紹介する。


朝1時間30分、夜1時間の介護をしてもらっている。


以前は歩いてトイレに行けたので、トイレ、歯磨き、洗顔、朝食、片づけで1時間30分をお願いしていた。

時間配分は(トイレ・洗顔)で30分朝食で1時間の見積もり。夜は諸般の事情で断念し、1時間。


人間95歳にもなれば、疲れてくるので食事のスピードは遅い。介護施設にいると時間で流れ作業で進んでいくから、遅い人は取り残されていく。まだまだ食べたくても、時間になれば片づけられてしまう。そういう世界だ。在宅でも当然それは起こる。夜の1時間のときは、時間切れで終了となってしまう。

だから朝食だけはそれを防ぐためにも1時間ではなく、30分をプラスした。


そういう母親もだんだんと弱くなり、歩いてのトイレは不可能となり、おむつはベッドでの交換となった。ヘルパー側から見れば、当然、時間的には10分から15分の短縮となった。つまり、食事に当てられる時間が増えたことなるはずであった。


何度かヘルパーさんのいるときに行くことがあったが、その度に時間前に終了し、日報記入をしていることが常態化されていた。また、一昨日はその現場には姉がいたので、確かなことだが、20分ほど早く終わり、帰っていったが日報には1時間30分記入されていた。(通常は実労働時間で申告するはず)


つまり、30分を多く費やし食事の介助をとお願いしているにもかかわらず、残念ながら、それは達成されていないということが判明しつつあるということであった。


何のための30分なのか---ヘルパーさんたちは、母の食事介助強化には当てず、自分たちの作業にだけ当てられたいる可能性が高いということだった。


今日は看護士さんの訪問があったので、その同席のため、朝のヘルパーの最後30分に遭遇したが、同じことが起こっていた。そのヘルパーさんは、先週同様「今、ベッドにお連れしましたので、日報を書かせていただいています」、それを書き終わった後でも時間が余った彼女は「ポカリ、もう少し飲みましょうか」とベッドを起こして飲ませる始末。



残念ながら、こちらの思いはなかなか相手方には伝わっていなかった。ケアマネにクレームを付けなければいけないというストレスが発生しそうだ。

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母の話(21) [母のこと]

2017.6.7


今日は肌寒い。母はもっと寒いのだろうか。朝と夕方は介護さんが来るので、昼間にちょっと様子を見に寄ってみた。


案の定、毛布だけがかけてあったが、彼女は少し寒いかもしれない。もう自分で布団をとることはできないから、こちらで小まめに体温調整をするしかない。


とりあえず、低位ながら元気。耳元でささやくと少しだけ「うん」とか「ああっ」とか、声にならない声を出して応えてくれる。それだけでもほっとする。


昨日、役所の方が介護段階の調査に来た。今、要介護4だが、「5」になるかならないかだ。それはどちらでもいいことで、要介護4あれば、その中でやり繰りをするだけのこと。一応、1年に1回の決まりなので仕方がない。


前回のように

1)椅子に座って体幹は保てなくなった。

2)質問に対して答えることは全くできなくなった。

3)自分の名前、年齢、自分の家であることもわからなくなった。

以前はすべてクリアできていたのだが・・・。


一つ気になったことがあった。母の容体の変化により、介護作業も変化している。ほんのわずかだが変化している。それに伴って、当然、介護者の方の作業方法も変化していく。少しずつではあるが、ある意味、時間短縮が可能になっている。それはケアマネも承知している。


しかしながら、それに対しての折衝がない。つまり、我が母の場合、確実に20分ぐらいは変更短縮ができているはず。先日も終了間近に家に行ったら、既に日報(ヘルパーさんは来た時、必ず業務日報的なものを書いていく)を書き終え、なおかつ、15分前であった。本当に被介護者側に立った介護をしているのかという疑問が湧いてしまう。


介護事業所は営利企業であるから少しでも多くの時間と思う気持ちはわかるのだが、時間の介護料金は介護保険なしなら、それはもうかなりお高い金額であり、実費ではとてもとても払える金額ではない。1割負担だから支払えるのだ。つまり、介護事業所は十分に売上を上げているということ


ケアマネは少なからず、それをチェックし、被介護者の家族に進言すべきだと思う。

そういう我が家は来月より、30分/日短縮する方向にいく。月間で8時間は短縮できる。

若い世代が一生懸命働いて支払っている社会保険料だ。大事に有効に使わなくては申し訳が立つまい。


社会保険料は野放図に拡大しがちということを忘れてはいけない。

母の話(20) [母のこと]

2017.5.13


は今週の水曜日から微熱が続いていて、食欲もあまりない。

やはり、少量でもいいから食べてくれるだけで、こちらの気持ちは和らぐ。

今、うっかり「微熱」と書いたが発熱の域だろうか。37度から38度を行ったり来たり。自分での体温調節もままならないので、肌寒いと思い布団をかけ、少し暑くなると熱がこもって体温は上昇。暑いと思ってタオルケットにしていると、今日のような天気になると非常にまずいことになる。一日、付きっ切りでいるわけにもいかないので困ったことになっている。


昨日は往診医が来た。月に一回。過去においては、月2回と厚労省で定めていたみたいで、こちらは何の要請もしていないのに医者は月2回来ていた。当然、無料ではないわけで、そこそこ費用はかかるわけだ。


これは以前書いたことだが、社会保障費の増大とか言っているのは厚労省、その厚労省が医者に訪問は2回にしろと通達を出している。だから、私たちが医者に月1回お願いしますと頼んでも、それは厚労省の通達で無理と医者は平然とノタマウ。他人の財布だから、どうでもいいと思っているのか、社会保険料の高騰の原因の一端は実は厚労省じゃないのか、と厚労省のホームページに憤りをぶつけてみた。


その結果----とは思わないが、偶然時期を同じくして月1回に変更になった。訪問医は嫌な顔をしていたが、私たちの費用負担は半分に減った。当然、社会保険料も減ったわけだ。ありがたいことだ。


別段用もないのだが、昨日、月1回の訪問医が来た。(この目的は、母が死亡したときに警察等に事件性の有無などの調査に入らせないためだけ)


血圧、脈、酸素フォワードを測った。折しも母は口に唾をため込んだまま飲み込まないでいたため、口の中を診ることはできなかった。私としては、唾を出すように洗面器を据え、それを促すが思うようにいかない。水を若干飲んでもらい、口をすすいで出してもらおうとしたが出さない。そうこうしているうちに案の定、むせ返ってしまった。しかし、水分も唾も出さないのか、出せないのか。仕方がないので、ベッドに乗り、母の背中に回り両手の指を口に入れ、吐き出すように促した。咳き込みはとまらずに私は少し焦っていた



チラっと助けを求めるべく、医者のほうを見た。



私は愕然とした。





反対側のベッドサイドにしゃがんでいた彼は、私の手伝いをするわけでもなく、見守りをして指示を出すわけでもなく、じっとスマフォを見ているのみであった。


「俺は汚いものには手を触れないんだ」  そんな感じに見てとれた。


若い医者だが、医は算術、これが現実。



「お医者様は、ありがたい、命の恩人だ、赤ひげさんだ」なんて、微塵も思えない。

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母の話(19) [母のこと]

2017.4.27


昨日病院の帰り、電車の中で電話があった。介護事業者からの電話。

介護「こんばんは、今よろしいですか」

私「電車の中ですが、聞くだけ聞きます」

介護「実は、お母様がトイレ介助中、転んでしまいまして、その後、様子を見ていたのですが、異常はなかったんですが、もしその後、異常がありましたら申し訳ないので、お電話をしました。何かありましたら、何でもいたしますので、よろしくお願いします」


という電話。母は、もう自力で立つことは不可能。ちょっと目を離す気を許した瞬間に転んでしまうわけで、そのちょっとした間に転んでしまったんだと思う。これは不可抗力なので仕方がないのだけれど、人員不足で介護日数を減らしてほしいと言ってきた事業者なので、それなりの介護者の気持ちの問題も若干あったのかもしれないが、それは言ってみても仕方のないこと。


その後、恐る恐る母の家に行った。

排泄があったので、おむつ交換をしたついでに背中、腰、足、腕を見たが異常は見られず、ほっと安堵した。

老人の場合は、後日(2~3日とか、1週間後)に肌が紫になったり、晴れ上がったり、発熱したりで、いろいろなことが時間差をもってあわられるので、今後2週間ぐらいは注意をしなければいけない。


毎日がヒヤヒヤだ。

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母の話(18) [母のこと]

2017.4.26


ついに母は歩けなくなった。今までは歩いてお手洗いまで連れていくのだが、後ろから支えて何とか歩けていたが、ここに来て、それは無理になってきた。私も肩にガタがきて、瞬時のときに支えることに不安を覚えるようになった。残念だが、それが現実だ。


今まで、それを受け入れることには抵抗があって、介護の方にも、何とかトイレには歩いて連れていってほしいと希望していたのだが・・・。


しかし、そのこだわりも捨てると楽になることに気がついてきた。母親も棒のようになってしまった足を引きずって歩くことは、多分、嫌なんだろう、意を決しなければならないことなんだろうと思ってきた。自分の得て勝手な判断で、母を引きずり回すのは、この辺でやめにしよう。


そのほうがお互いに楽に日々を送れる。そんな楽な介護は、するほう、されるほう、どちらにも必要なんだろうなと思うようになってきた。

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寸暇を惜しまず [母のこと]

2017.4.13

夕食後、母の様子を見に行ってきた。ウツラウツラしながらベッドに横たわっていた。私のことを特に気にするわけでもなく寝ていた。微熱あり、介護の日報を見ながら、食材のチェック、足のマッサージをした。

3日間行かなかったけれど、足は硬くなり、足を伸ばそうとすると痛みを訴えてきた。こちらは「痛い、痛い」を聞きながらも、マッサージを続ける。ほどなく、曲がり切った足はだんだん伸びてきて、最後は真っ直ぐになる。真っ直ぐにしないと明日の介護がしにくい。それに何もかもがベッドで完結されてしまう介護となる。それは子ども心に防ぎたいという思いがある。

そんな母の様態を見つつ、家路に戻る。母の気持ちに寄り添うと重い気持ちになってしまうし、介護に行かない日々は、その間、介護のことを忘れている自分がいて、母には済まないという気持ちになり、またまた複雑極まりない。

やはり、介護は一筋縄ではいかない


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母の話(17) [母のこと]

2017.4.1

今日は仕事の合間にブログを書き、仕事の合間に母親を見に行くといった一日。

今もその帰りだ。今日は朝と夕方はヘルパーさんが入ってくれるのだが、久々に寒い一日。3~4日前は暖かく、敷き毛布のスイッチを切っておいたので、これはいかんとスイッチを入れに行ったところ。

ヘルパーに連絡をとってもらえば済むことではと言われそうだが、ここの事業所は原則携帯電話は教えてくれない。用事のある方は事務所を通してくれというのが約束だそうで、携帯メール大好き人間にとってはかなり不便だ。こんなときに今日来るヘルパーさんにメールをすれば、それで済む話なのだが、いろいろと変人、奇人というか、変質者も多いからだろうか。理由はわからないけれども、教えてはくれない。介護対象が母親ということもあるからだろうか、介護士は皆女性だ。私の人相が悪いことも理由かもしれない。でも、もう一つの事業所はすべてオッケイなのに。

母はだんだんと歩行は困難となっている。しかし、高タンパク,高カロリーの食事摂取を心がけているせいか、受け答えは以前とさほど変わりはない。それが唯一の救いだ。

孫が思いもかけぬ反応(成長)をしたことに喜びをもつように、我が母もまた、思いもしない反応をしてくれたことに対して喜びを感じるこの感覚は、何とも妙な気持ちになる。

とりあえず、母は今日も生きている


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母の話(16) [母のこと]

2017.3.7

母は何とか低位安定。介護体制がやっと整った。---とはいっても、それは私ができ得る介護体制のこと。

それこそ持続可能性介護というやつだ。火曜日から土曜日まで朝と夜に入っていただき、私は日と月曜日を担当。

火曜日~土曜日は昼だけ水分補給とビスケットなどちょっとしたお茶菓子を食べてもらうために私が行くことにした。これだと非常に気分的に楽---それは母が歩くことがだんだんできなくなってきたからで、私がやっても、介護の方がやっても余り差がなくなったということかもしれない

私の仕事が立て込んで行けなくなった場合でも、最悪、朝と夜は来ていただけるわけで、何とか最低限のカバーはできていることになる。

介護度4で3万円までの出費は介護保険で可能。執行率は93%。そのほかに訪問医に払う分が月1回で3~5千円、ベッド゛おむつ等の介護用品が6~7千円。合計で4~5万円/月

これが介護付き高齢者住宅に入れば、15~20万円かかるわけでもっと家族の負担は大きくなる。

老親の財産、年金でカバーできればいいが、カバーできない場合、そしてまた、子ども(老親から見れば孫)の教育費が重なってしまったら大変なことになる。そこまで親は考えて人生を歩まなければならない。

やはり、人生、金次第ということかもしれない。


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少量高栄養が源 [母のこと]

2017.3.1

そうそう3月に入ってしまったんですね。

確定申告もあるしね。

この時期になると本業の仕事も盛りになる。だから、20年近く桜の見物をしたことがない。

車で通りすがりに垣間見る。ちょっとだけ垣間見る。仕事が終わり自由になって、桜のあるところに行っても葉桜だったり、散ってしまったり。仕事だから仕方がないけれど、ほんとに運が悪い。だから、異常気象で寒かったり、開花が遅れると非常にうれしい。そんな不埒者です。

母はますます低位安定。歩けなくなりつつあり、反応がいいときもあるし、無反応に近いときもある。大声を出すより、小さく耳元でささやくほうが確実に返事をしてくれる。短く「うん」「そう」、「えっ」ぐらいだけど、そう言ってくれるだけでウレシイ。

食欲は運良く悪くはない。本当は1日5食ぐらいにしても、きっと食べるのだろうけれど、こちらはそうもいかないので1日3食がやっと。1回に摂取する量が少しなので、回数を稼ぎたいのが本音だ。多分、口を動かすことも彼女にとっては重労働なのだろう。

ジョクソウも運良く発生していないので助かっている。動けない、動かないから同じところがポイントとなって皮膚が赤くなり、腐り始める。あっという間に腐っていく。亡き父はそうだった。あっという間にあっちこっちと発症。そんなことは今のところはないので安心をしているが、要注意だ。

したがって、少量高栄養を目指している。玉子とホイップ、コーンスープの素を徐々に温めながら攪拌、電子レンジで5秒、5秒、3秒と温めながら攪拌。それを飲んでもらう。これで玉子1個/日摂取をクリア。

クリームチーズをビスケットとか、パンに乗せる。ビスケットと言っても親指の爪の広さぐらいの大きさにちぎって食べてもらう。何十回と口に運ぶ。根気の要る作業が続く。菓子パンだったら4分の1、ココアも飲んでもらうが、やはりコップ4分1ぐらいが精一杯。ポカリスエットはコップ1杯、1000cc/日が目標。

いつ終わるかわからない介護。週5日、朝・昼に来てもらっているので、私は昼だけ行くことにした。これなら何とかもつ。1年、2年、3年・・・。まずは後悔しないところまでということか。清貧潔癖な母は、きっとそんな介護を望んではいなかったはずだけど、これが現実。

しっかりと確実に毎日を送ろう


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