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原風景と最期の晩餐 [生活]

2019.5.17


こんにちは。

今の季節、直射日光はかなり暑く、外回りの人たちは既に辟易している違いない。

これは確実にオゾンが減少しているから仕方がないことだが、こんなことは40年前にはあり得ないことだった。

今も後ろからの太陽が後頭部から首後ろにかけてジリジリと容赦なく当たってきた。その太陽光は心地よいというには程遠く、ヒリヒリと痛みを伴うものであった。愚鈍な老人が海水浴に行ったのはもう遠い過去の話だが、当時1時間は砂浜に寝ころんでいるのが普通で「やっと少し焼けた」とか、「おまえのほうが焼けたな」と競っていたものだが、今、砂浜に寝ころんでいたら、火傷を負ってひとたまりもないだろう。

人には皆ふるさとがある。「帰ってみたいふるさと」もあれば、「絶対に帰りたくないふるさと」もある。

自分にも当然ふるさとはあるのだが、東京の下町で生まれた私にとっては、そのふるさとは決して安らげる場所ではない。だから、どちらかというと「帰りたくないふるさと」となる。両親が世話になっている寺がその下町にあることもあり、年に何回かは行くのだが、その様変わり用は大変なもので、小学校、中学校と通っていた学校は残ってはいるものの、私の住んでいた空襲で焼け残った3階建てのボロアパート(原宿の同潤会アパートと同期)も既になく、眼前にはスカイツリーがそびえ建っている。直線では3キロぐらい離れているのだが、これだけ高い建物(634m)が目の前にあると安らぐどころか、ウルトラマンとかゴジラにでも睨まれているようで少しも安堵しない。

人間、最期は心の原風景を求めるというが、自分にとって心の原風景はどこなんだろうと思う。探そうとすること自体、既にペケだろう。これは問われれば速攻答えられるのが普通だろう。そんな風景を持っている人はうらやましい。強いて上げれば、学生村のあった長野だろうか。ふるさとではないのはちょっと悲しい。

先日、家人と「最期の晩餐」は何が食べたいかという話になった。しかし、本当の最期だと自覚できれば幸せだが、私のような欲深い人間は、これが最期だとは、きっとわからないんだろう。それはそれで幸せと言えば幸せかもしれぬ。

私の最期の晩餐は、「あけぼの」か「伊勢屋」のお稲荷さん、コンビニではない「糸昆布の具のおにぎり」、「梅干しのおにぎり」、そして「サバラン」が食べたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やはりかなり強欲だ。

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速く打つとは速く打つにあらず [生活]

2019.5.13


こんばんは。

今、風呂から上がったが、少し体が温まりにくかった。それだけ気温は低いのかもしれない。

最近、ブラインドタッチで打たなかったものだから、少し打つのが遅い気がしていた。やはり手元を見て打つ打ち方は最終的には早くは打てないということになる。

長々と打つことがないと他人との速度に対する劣等感を体感することもない。

運悪く、私はその速度で技量を測られる仕事についていたものだから、おいそれとブラインドタッチをあきらめるわけにはいかない事情があった。

A4用紙30行の1200字ぐらいならば、余り優劣がつくこともないが、それを10枚、20枚・・・100枚と打ち続けるとかなりの差が出てくることになる。 一般的には論文、卒論の類であろうか。新聞記事もそうかもしれない。私の生業というと、後者のほうの100枚近くかそれ以上だったので、手元を見ないで打っている隣席の者と比べると、1時間、2時間の違いが出てきてしまうこともままあった。流石に1時間の差を付けられるとかなり凹む。自分にはこの仕事は向いていないんじゃないかとか、早く打ち続けることは天性のものなので、そう簡単に克服はできないのではないかと考えつつ打つものだから、なおのことそのスピードは遅くなってしまった。

よくよくその差を考えてみると、こういう結論に達した。

それはゆっくりでもキーボードを見ずに打つ。これしかないことに気がついた。

誤打をすると【次の作業】が加わり、訂正をし終わった後で、やっとこと次の文字を打つことになる。

【次の作業】とは「日本経済」を例えにすると・・・・。

「日本経済」⇒「日本ケイサイ」(誤打)⇒「ケイサイ」(削除の為、4回スキッフか削除キー1回)⇒「経済」(打直し)の作業が繰り返される。つまり、誤打をすると11回打って打ち直しが終了するが、誤打をしなければ5回打つだけだ。

「ケイザイ」を打つ作業で11回打つか5回打つかの違いが出てくる。それを40字ごとに1回誤打をしたとするなら、1ページ゙40字×30行の用紙の場合、30回誤打をすることとなり、1回につき6回多く打ったとして、30×6=180回多く打つ計算となる。A4判1ページに180回多く打つ。10枚打てば1800回、100枚打てば18000回となる。キーボードをそれだけたたくわけだから、当然、1時間ぐらいの差は出てくる。

そんな誤打をするわけはないとお思いだろうが、自分で自分をよく観察してみるとよくわかる。40字を打ち間違いなくスラスラとどれだけ打てるだろうか。1回はできたとしても、その次はどうだろう。そして、その次は・・・・。

最終的に私がたどり着いた結論は、ゆっくり間違いなく打ち続けることと、速いタッチで1行に必ず1回誤打を繰り返すのとでは、ゆっくりかんで含んで言葉を口の中に落とし込んで指先につなげていく打ち方が一番速いということだ。これは意外だが、間違いない。

キーボードの速さなど関心のない方には詰まらぬ記事となった。

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半年を振り返ろう・・・・かい [生活]

2019.5.11

こんばんは。

今日もあっという間に終わった。前家のバラの管理をし、今の家のバラの管理をし、一日が終わってしまった。

若い現役世代はいい気分転換ということになるが、2割現役にとっては残りの8割は自由裁量であるわけで、いいのか悪いのか、休みのありがたさが希薄になっていることは確かだ。


噴霧器がついた壊れた。圧水式というのか、希釈された農薬が入ったボトル内に圧をかけ、その勢いでホースから噴霧するというもの。管の詰まりは針金を通し、ドロドロになった管内をきれいに掃除した。噴霧される先端のノズルも分解して掃除をした。噴霧器スイッチもホースの水圧で管内の詰まりはなくなった。しかし、うまく噴霧できない。できてもきれいに噴水状に農薬が散布が続かない。一旦スイッチを切って、再度オンすると一瞬きれいに噴霧されるが、やはり続かない----以前は、これであきらめ新しいものを購入していたが、最近はしつこく探求することにしている。というのも噴霧器本体は、かなり頑丈な硬質プラスチック性。これをゴミとして出すのはかなり心苦しい。プカプカ海に浮かぶゴミとは考えたくないが、それに近い状態でどこかに放置されることは明らか。じゃ、もう少し利用できる方法を考えないといけない。ゴミにしてはいけないと思ってしまう。そういえば、噴霧器のスイッチより手前までは勢いよく農薬は出ていたのを確認した。ということは、この先が問題だ。それを交換すればまだまだ使えるかもしれない---待てばいいという話だが、待っていては仕事にならない。引越したバラはまだ発育も遅く、弱々しい新葉っぱに薬がかかっては発育には逆効果になるので、噴霧器の登場には相成らない。ちょうどいいと言えばちょうどいいのだが、やはり、盛夏には散布が必要となるので、買い求めるしかないようだ。以前、取り壊した実家に噴霧器があったが、それは処分してしまった。ひょっとしたらまだまだ活躍ができたかもしれないと思うとちょっと悔しい。こういう「あのときとっておけばよかった~~~」という気持ちが断舎離を阻む前触れとなる。


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相変わらず、グダグダと詰まらぬ話を書いている。


そろそろ1年の半分が終わる。早いと言えば早いが、時はそれ以上に早いから、反省会ぐらい早くやっておいたほうがいいに決まっている。

1月・・・・12月に引越、1月・お正月、掃除・定位置決め・テレビ・インターネット等々、体が新しい家に慣れない。

2月・・・・母亡くなり、葬儀・納骨・挨拶・御礼・・・で終了。ハウスメーカーと最終的な詰め。覚書等を交わす。外溝工事、ようやく終了。バラ移植。

3月・・・・仕事・・・仕事・・・仕事・・・で終了。

4月・・・・仕事を終了。バラ施肥。ようやく定着??

5月・・・ゴールデンウィーク。2家族来襲。2週間近くてんやわんや。風邪。連休後半から昨日まで微熱・咳。

大したことはやっていないことに驚く。年初、新年の目標を掲げたが、全くほど遠い生活に終始。


日常の生活に振り回せされるのが人間だ。その中で、どう自分のやるべき道しるべを見失わないかということに尽きるのだろう。若い世代はまだ時間がある・・・・かもしれない。老人には全くそれがない。いつ病に倒れるやも知れぬわけで、やはり、その切迫感は若い時分の自分を思い返しても雲泥の差がある。

「若いっていいね」と若い人に無責任に声をかけていたが、最近は「若いっていいね」と声をかけるものの、「俺とそんなに先の長さに変わりはないのに・・・」と心密かに思ってしまったりしている嫌なジジイに成り下がっている。

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3日から調子が悪い [生活]

2019.5.7


こんばんは。

この時期、花粉症気味の私は辛い時期だ。今年は真面目に医者に行き、薬を処方してもらったおかげで鼻水も目も喉もほとんど不快な思いをしないで済んでいた。

ところが5月3日の朝、薬を飲んだが効かない。全然効かない。鼻水はズルズル、あの不快な鼻から脳天にかけての詰まり具合。若干、熱っぽくもあるような、家人曰く「花粉の種類が変わったからよ。スギからヒノキになったんじゃない?」。そう言われれば、そういうこともありそうな気がするし、素人の私にはさっぱりわからない。そうこうするうちに、ますます症状は悪化。鼻水は壊れた蛇口のような状態になってきた。ティッシュは幾らあっても足りず、孫や嫁とも話すこともままならず、ただただ鼻をかむばかり。

愚息の一家族が帰り、二家族目が帰った後、やんわりと熱が出、節々も痛くなった。もう何もやる気力も薄れ、ぼんやりと溜まった映画鑑賞を続けていた。病院は当然どこも休み。やっとこと薬箱の隅を突つき3か月前にもらった薬1日分を発見。それを飲みきって5日を終了。6日は薬なしで我慢をし、今日やっと病院に行ってきた。9時にすかさず行ったせいもあり、ゴールデンウィーク明けの割には空いていて、11時には終了。今は1回分を飲み様子を見ているが、あまり芳しくはない。咳が続くのでちょっとだけ辛いな。胸も咳のためか気管が少し熱く感じるような・・・・。

ジジイになると生きていくのも大変だ。

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圏央道の恐怖 [生活]

2019.5.7


こんばんは。

GWもやっと終わった。ニュースを見ていると、確かに長い休みがあったおかげだと言う人もいれば、こんなに長いと困る、生活に困る、やることがないと人生いろいろだから嘆きもいろいろということか。

確かに平日、時給や派遣で働いている人にとっては生活を脅かす。10日間の稼ぎの穴埋めをどこで取り戻そうかと考える。それもあり得る世知辛いご時世だ。

逆にサービス業にお勤めの方は、毎日が戦争状態だったはず。いつ来るかわからない気ままなお客に対して布陣を張らなければならないから経営者も大変な苦労がある。いつもの予想がつく土日、平日であってほしいと思っているに違いない。

今日の株価はトランプさんの一言で300円以上の大暴落。ドル円もマイナス1円以上。のんびりゴールデンウィークと言っていられなかった御仁もおありだと思う。向き合えない状況時にはエントリーしない。これも投資の鉄則だ。運良く益を得た方がいても、それはビギナーズラックに近く、次はないと思ったほうがいい。


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先月末東北道を通って帰ってきたときのこと。「そうだ、圏央道に行こう」ということになった。そろそろ疲れてきたし、白河あたりから筑波方面に行けば、都心に入るより近いし、混まないだろうということになったわけだ。

東北道から圏央道へジャンクションを抜けて「シッパイ!」と家人と声を合わせてしまった。それは以前、常磐道を通ったときのことを思い出したからだ。常磐道は片側一車線で双方向通行、しかも中央分離帯はないのに高速道路という恐怖高速道路であったからだ。

今回、少しだけ安心したのは、中央分離帯ラシキものがあった。「ラシキ」という甚だ心もとないもので、カラーコーン?、バイロン?名前はよくわからないけど、そんなものが上下線の真ん中にポコンと置いてあるだけ。加えてもう少し正確に言うと、道路の真ん中に凹凸物もあったし、ところどころに追い越し車線もあった。しかし、この追い越し車線の終了までに何とか我等遅い車を追い抜きたいと思う輩がいたりするわけで、猛スピードが私たちの横をすり抜けていく。追い越し車線があればあったで、またまた恐怖を味わうことになった。

片側一車線とはいえ、高速道路と名のついた道路になると、流石に我々ものんびりと走るわけにはいかず、ついつい後ろを気遣い走ってしまうことになるのは当然の理。速度規制は70キロ。だから、少しだけおまけを付け90キロで走っていくが、当然、対向車も同じぐらいの速度を出して行き交う。それがずっとずっと無分離帯域状態で瞬間180キロで交差するというディズニーランドも真っ青なアトラクションロードとなった。

やはり、千葉と茨城は高速道路でも迫害され続けるな。

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温泉に入って原発を想う [生活]

こんばんは。

金曜日の夜から東北に行ってまいりました。

高湯温泉というところ。多分、山形県?いや福島県??

もともと大雑把な性分の私は大体いつもこんなもんです。強いて弁解するのであれば、2泊目が山形の奥地に行ったことと、前日の高湯温泉が福島から直ぐだったということもあるかもしれないが、ちょっと位置関係が曖昧でありんす。家人が一緒に行ったということもあり、彼女の地元ということでおんぶに抱っこ感覚であったことも、この原因であると申し添えておきましょう。

地元の強みと地の利を生かして共同浴場に行ってきました。もちろん、泊まるところもあるし、日帰り湯もあるけど、それ相応に高いのでやめたという次第。夕食は地元のおいしいお蕎麦を食べ、ホテルはゴールデンウィーク前日の金曜日ということもあり、なかなかとれないこともあって、ここも割り切ってビジネスホテル泊。

高湯の入浴料は250円。小さい共同浴場で3人分しか洗う場所はない。風呂は10畳ぐらいか。半露天。湯花が混じった「正真正銘源泉かけ流し」が間断なく流れ込んでおり、流れ込み近くは硫黄ガスが混じっているから、流れ込み口付近では、余り嗅ぎ続けることはしないようにという注意書きがあるほど。そのため、屋根は完全に覆うことはせず、半分空が見える。

源泉が入ってくる木製の樋も、源泉が溢れ出ていく岩質の水路もべったり湯花がくっついていて、「源泉かけ流し」などと声高らかにセールストークしている千葉の温浴施設が恥ずかしい。十分温まり、体もツルツルで帰ってきた。入っている人たちは皆地元のおやじたちばかり。言葉はよくわからなかったが、山菜の話とか、桜の話をしていた。特に山菜の話には耳をそばだててしまった。

A「公園の桜ははもう終わったかな?」

B「う~ん、やっと散り始めたところだ。もう少し見られるな」

C「山菜はどうだ?」

A「なみえのほうは?」

B「年寄りは食べるだろうけど、若者はあんまりだな」

私は聞き入ることもなしに聞いていたわけだが、・・・初めはこっちの若者も山菜なんて食べないのだと思っていたが、どうもそうではない。「ナミエ?」だ。

あの浪江のようだ。そうか・・・・・・、そうだよね。妙に納得。

まだまだ原発の爪痕はそこここに残っている。

そんな原発に久々の朗報。対テロ策を講じていない場合は施設延長・再開はしないという記事。どこまでが本気なのは今後の裁判所の出方次第。こういう手があったのだと喝采したいのは私だけではあるまい。

有史以来、プレートとプレートの活動は止まることもなく、確実に今も続いている。2つのプレートのストレスが地震となってあらわれるわけで、いずれ日本は大陸に飲み込まれるのは間違いない。そのとき人間という生き物が残されているのかいないのかは知るよしもないが、原子力という生き物は残っていき、多くの悪さを繰り返していく。人間は自然界に対し謙虚であらねばならないのに、自然界に対し、絶えず対抗し、服従させようとする愚か者だ。あれだけの大きな敗北を期しながら、再び同じ挑戦をし続ける愚か者だ。その愚かさを起動修正させるのが為政者の唯一無二の仕事ではないのか。

東北の山々は新緑の息吹を見せ始めていた。去年の濃緑の葉に新緑の薄緑の葉が混じるこのシーズンは新緑の醍醐味、自然の醍醐味を感じる一瞬だ。この美しい自然を壊す権利は、我々人間は誰一人として与えられてはいない。

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先の先を読む [生活]

2019.4.24


こんばんは。

暇なうちにやるべきことをやっておかなければいけない。昨日は都心の区役所に行って徐票をもらったと書いたが、「あれっ」と思ったことがある。それは値段だ。3通発行してもらったが、幾らだと思う。

以前の相場観だと住民票がたしか300円ぐらいだったと思ったけど・・・・、戸籍謄本は400円ぐらいだったような、定かではないが、戸籍謄本のほうがちょっとだけ高いなと思った記憶がある。

徐票を3通いただいて支払いの準備をする。財布に手を入れる。3通だから、まず1,000円を出し、小銭に目をやった。500円玉が1枚、100円玉が4枚、10円玉が4~5枚、1円玉と5円玉があったので、1通500円として1,500円と予想した。消費税もかかるのかもとも思い。小銭受けに1,000円札を入れて、彼女の声とレシートをしばし待った。「えっ!」と指が確実に止まった。

彼女「2,250円です」

私「・・・・・」(たかっ~~~~イ)

一瞬、3で割ることができなかったが、今、よく考えると750円したことになる。あんな紙ッ切れが750円???と思う。区役所行政のサービスは誰に対してのものなのであろうか。私たち庶民は遊びで職員を煩わしているわけではない。必要に迫られ、行政の請求の元、発行を余儀なくされたわけで、日常生活では全く交差するものではないのだ。もう少し安く庶民に還元すべきではないのか。プリントアウトのボタン一つで発行されるだけの作業で、なぜ、こんな高額を払わなければいけないのか。お上のやることは依然として疑問だ。


今日は母の生命保険を解約してきた。死亡保険というもので亡くなったときに、死亡届と徐票と私の身分証明書、銀行口座が必要とのこと。今回、その保険証券があったから、なんということはなく事はスムーズに進んだ。


親の生命保険だが、あなたはそのありかがわかっているのだろうか。生命保険証である紙ベースの存在はわかっているのであろうか。保険証券がわからない人に「その番号はわかっていますか?」って聞くほうが無粋だが、保険証券がわからない場合、その番号を控えている奇特な人間がいるわけがない・・・・と私は思っているが、一応、聞いてみよう。「番号控えている人・・・います?」この紙ベースの保険証券がないと大変な労力が必要となる。

次に言われることが、「そこに押してある同じ判子が必要だ」と保険会社は平然と言う。保険証券がないのに、そこに使われていた判子がわかるわけがない。もちろん、被保険者と言われる本人は死んでしまているわけだから死人に口なしだ。そう言うと、「では、改印手続きが必要になります」とくる。それに添付すべき書類は「あなたがお母様の本当の息子(娘)である証拠が必要です。つまり、お母様の戸籍謄本が必要になります」とくる。あなたのお母さんの本籍が、今の現住所なら簡単だが、お母さんの本籍が遠く北海道だったら、熊本だったら、そこに問い合わせをしなければならなくなる。これは下ろさせないための嫌がらせではないかと思うほど、大変な労力が必要になる。結構、保険会社は、その障害を予期している節があるような気がする。


「あなたに負担はかけないようにしているから。生命保険入っているから安心しろ」。ご両親のその言葉に安堵してはいけない。「じゃ、その保険証券は?貸し金庫に入れてある?」「自分が預かっておこうか?」などなど、万が一のとき困らないように、トコトン詰めておいたほうがいい。


このゴールデンウィークは親孝行の絶好の機会であるのと同時に、保険証券とか、株券、ネット証券、ネット投資信託、ネットバンク等々、親が関わっている財産を臆することなく共有するよい機会であることも忘れてはいけない。きれいごとで終わらせていると、ご両親が大事に育てた財産を全く回収することができなくなることが確実にやってくることも併せて考える必要がある。

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都会は動いているね。 [生活]

2019.4.23


こんばんは。

今日は久々に東京方面に出かけてきた。母親の後仕事がまだ残っていて、除籍謄本を取らなければ事が進まないことが多く、本籍が東京なので、東京に出かけてきた。昼少し前だったが電車は立っている人はほとんどいないぐらいで、ちょうどの混み具合であった。

何人かのリクルートスーツに身を包んだ若者が行き交えっていた。この時期は皆黒いスーツを来ているが、既に新入社員なのか、リクルート中なのかは直ぐにわかった。リクルート中の若者は皆固い表情でスマフォを見ていたり、道の脇に避けて、小休止なのだろうか、次の会社の位置確認のためマップでも見ているのであろうか、スマフォを見ている光景に出くわすことが多かった。一方、新入社員は過去1年間の緊張が解けたとばかりに皆笑顔で、ほんの一時期の同期・隣机となるメンバーと楽しげに談笑しながら街を闊歩していた。


私の入社時、一人きりではなかったので、当然、同期がいるはずであったが、社内組織上、近くにいる環境にはなかったので、いつも一人きりでの判断であり、気安く相談できる同期という者はいなかった。もちろん、同期に相談したところで、それは一瞬の安らぎであるだけなので、よいことばかりではないが、一応、群れることができるという意味で言えば安心感はあったかもしれない。

そんな新人たちも多くの試練を乗り越え、仕事をマスターし、徐々に一人前になっていく。この会社の仕事が自分に合っているのかいないのか、もっとよく知っているべきであったと思うかもしれないが、この会社に入った以上は形を残さなければ、自分には何も残らないことになるわけで、そうたやすく辞めるわけにはいかないと思うはずだが、今の若者はそうでもないようだ。


根気がない、ガッツがない、根性がない、素直じゃない、ホウ・レン・ソウを知らない、挨拶ができない、敬語が使えない、飲みにケーションを嫌う、質問してこない、メモをとらない・・・・・上司から見れば文句項目は数多く、新入社員としては仕事も覚えなければいけないところに加えて、しっかり、きちんと挨拶をしろとまで言われるんじゃたまったものではないと思っているわけで、どこの職場にあっても攻守せめぎ合っている最中なんだろう。

学校時代、もう少し社会とは、どういうものなんだ、こういう職業も、ああいう職業も、そしてこんな職業もあるんだが、君たちにベストマッチしている職業をよ~く探しなさい、などと言われた試しがないことにひどく不満を感じてしまう。あのとき、もう少し社会のことを提起してくれれば、職を探す範囲を明確に絞れたかもしれないという思いは付いてまわってくる。


学校の先生様へ。実態社会のシステムと多様性を教えてほしいという気持ちは、今も昔も全く変わってはいないと思うよ。これはネットで調べても調べきれないことだから、あなたが教えるほかないと思うんですが、どうだろうか。

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寿命が縮まりそうだ。 [生活]

2019.4.10


こんにちは。

ほんとに寒いっすね。ストーブ、エアコンをつけつつ仕事をしている。

雪大好き人間としては心密かに「雪、ふらんかい」と思っている。

けど・・・・千葉は降る様子はないね。

一昨日、ダウンライトを直してもらい。部屋のスイッチとキッチンのコンセントは家人の一言「家がかわいそうだよ」ですべてキャンセルした。

こんなことを言うと馬鹿みたいだと思うかもしれないが、家を移動するたびに、私たちはきれいに掃除をする習慣がある。それが借家であろうが、自分の家であろうが同じだ。ピカピカにする。

その心はなんぞや・・・・・・・・・家には心が、精神が、魂が宿っていると思っているから・・・・・かもしれない。そんなことを改まって家人に聞いたことはないが、多分そんなことだと思っている。あとは今まで夜露から守ってくれたお礼、感謝かな。若かりしころ、板敷きのリビングを拭きながら「ありがとう」の想いを語っている家人を見たとき、「うっ!」負けそうだと思ったりしたことを想い出す。

一昨日、施工業者との話し合いのときも、「どうしてキャンセルを?」と言ってきたので、「家がかわいそう」と言いかけたとき、思わず嗚咽しそうになって焦ってしまった。

今日も老人の戯言です。


一昨日は、営業所の所長と1級建築士(我が家担当)がそろって謝りにきた。謝ってもらったところで家は変わるわけはないが、礼に対しては礼で一応お返しをと珈琲を入れ、家に招き入れた。

訪問目的は、外溝の工事が終了したので請求書をもってきた。駐車場つくりはもう去年の年末の話だが、ほかの外溝工事がやっと終わったのでということだった。あと、覚書なのものを持ってきた。

これは土台の引くさによる雨水の処理等々で問題があった場合、それは施工業者で責任をもってやってもらうという覚書。これは友人の弁護士先生が「それは取り交わしたほうがいい」というご指導のもと取り交わすことにした。文面は今一つ漫然としているので、そこは訂正をお願いしておいた。

もちろん、その間、母の死去、納骨もあったので、こちらとしてもバタバタしていて返事をするどころではなかったことも事実。

しかし、自分の怒りはやはり収まらず、グイグイと申し上げてしまった。相手はまたかと思ったと思うが、担当の建築士も来ていたので、そこはっきりと申し上げておいた。向こうはスタンスは、あくまでも杞憂だ、大丈夫だ、様子を見ましょうというスタンス。こちらは家の基礎が30㎝高あるのに、雨水の関係で傾斜をつけると家の基礎左半分が30㎝高とれるが、右半分の基礎が15㎝高しかとれないことだ。庭だけを頼んだならいざ知らず、新築の家と庭をお願いしているのに、それはないでしょう。住んで4か月が過ぎるが全然その怒りは収まらない。自分でもかなりの重症と思った次第。

途中、怒りが頂点に達したとき、一瞬、心臓に違和感を感じて、思わず「まずい、こんなんで死んでたまるか」と心深く思いながら、怒りをそっと抑えてつつその矛を納めた。

この家にいる限り、このことを思い出すんだろう。これは自分にとって大きなマイナス。こんなことで足元は救われたくないが、この家にいる限りはついてまわりそう。

まだ、やらなければいけないことがある。ここで断命しては意味がない。せっかく生まれてきた私の命だ。この思いと、この志をもう少し実現に向けて形にして、次の者につなげたい。

相変わらず、老いぼれが言うにしては大仰だね。


青年よ大志を抱け。老人大志を抱け・・・・・・・・・・・・・・・だ。

 

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4日が経過 [生活]

2019.4.2


こんにちは。

あれから、あっという間に4日経ってしまいました。

「あれから」とはなんぞや・・・・・・他人には全く関心事ではないことだけど、当事者にとっては多分最大級の関心事であるものな~~~に?


孫と一緒に1時間の車移動中、飽きもせずにずっとナゾナゾに付き合っていたので、ついついナゾナゾ調になってしまったけど・・・・それは納骨。その間、家に骨壺がずっとあるわけで、他人にとってはあんまり気持ちのいいものではないし、身内にとっても大差ない気持ちにしてしまう骨壺。納骨の手順を決め、坊さんに連絡、親族に出席の確認、弁当の手配。御布施の決定、位牌の手配、墓地への手配(永代使用証書がないとまたまた面倒)と支払い等々やることはきりがない。まだまだ大切なお金は出ていくね。


亡くなったときにお金の話は無粋極まりないけれど、法事に関しては出るお金は多く、オチオチ死ぬこともままならない世の中。人の道も金次第。「人生、お金ではないよ」という境地に達することは私のような凡人には到底なれるわけがない。結婚式は、それなりに皆さんから御祝儀をいただけるので、うまくいけば±0となるわけだが、お葬式はそうはならない・・・・・多分、ならない。


納骨が終わり、愚息2家族、総勢11名が集い。次の日の日曜日、私は運良く仕事が入りほっと一息??春休みだから孫は帰りたくないといい、当然お泊まりとなり、やっとのこと昨日、台風一過のごとく去っていった。我々もやっと一息といいたいが、ここ1週間近く仕事が全くできず、これからやると思ったが、「そうそう車検だ。ディーラーに車を持ち込まなきゃ」と思い出す。


そんな愚痴をグチグチ言うことになってしまったが、生きていくということはそういうこと。そんな中で自分は何をすべきか、生きてきた意味をいつも考えなければいけないのです。諸事難解そして多忙、そんな自分の目標などすべて吹き飛んでしまいそう。

新元号は「令和」になったが、自分の中では、じゃあ、「万和(バンナ)」のほうがよかったなと心密かにつぶやいたりしてね。


まあ、今年もいろいろとありそう。ただただ、世の中は平穏であってほしいと思うだけ・・・。

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そして誰もいなくった・・・・・ [生活]

2019.3.29


こんにちは。

今日は曇天で寒い。昨日の夜から急激に寒くなってきた。


世は元号の改変で盛り上がりつつある。なんだろうね。「安平」「安士」「安政」はやめてほしいな。

どうしてか・・・・何となくね。あの人の顔が浮かんでくる。でも最後は、その方の裁量で決まるんだろうから、ちょっとというか、大分悔しい。


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昨日は納骨の準備で忙しく出かけていた。お坊様と親戚に手土産を買い。香典のお返しのカタログギフトを注文。金額が皆皆違うから結構難渋した。家族葬で我が家は親戚が少ない。しかし、20名弱はあるから、そこそこ時間はかかる。そして、愚息宅に行き、孫の世話と送り迎え、夕食を準備し、帰ってきた。

自分は小学1年生で3桁の足し算、引き算ができただろうか。今の子はかなり進んでいるようで3桁と2桁の引き算をスラスラ答えていた。最近の小学生事情は全く知らないがビックリするばかり。

愚息の孫だから愚孫になるわけで瓢箪から駒とはいくまいけど。
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以前書いたことだが、拙宅の近くに社宅がある。多分、NTTさんのものだと思うが、東日本大震災で避難された方々の仮住まいに提供してものだと推察している。当時は10世帯ぐらい住んでいたように思う。夕刻、ランニングで通ると部屋の明かりが幾つか灯っていた。3年目ぐらいからであろうか。その明かりの数が少しずつ減っているのに気がついた。最初は帰宅がまだ遅いのからだとばかり思っていたが、どうも違う。正確に数えるほど気にもしてはいなかったが、今から2年前にはっきりとその数を確定した。2年前は週に3回ほどランニングをしたが、そのランニングで垣間見える明かりの数が明らかに簡単に数えられるようになった。間違いなく、その数は2つだった。
その明かりの1つは2階の右端、もう一つの明かりは3階の左端だった。その2つの明かりはいつも競うように元気よく灯っていた。駐車場の車も2台止まっていた。
それから1年がたったころ、いつの間にか明かり1つになった。私の気持ちは何となく1つにはなってほしくなかったので、いや、きっと出かけているに違いないと思い続けた。たげど3階の左端の窓は二度と灯ることはなかった。
そうなると、残りの2階右端の窓が気になって仕方がない。自分のためのランニングが、いつの間にか2階の窓明かりのためのランニングになっていった。今日もついていた・・・今日もついていた・・・そして明日も・・・といつもその窓を見つつランニングをしていた。
 
その住人が誰だかは知らない。どんな家族構成かも知らない。もちろん名前も、どこから来たのかもしらない。しかし、間違いなく、彼らはその社宅を去り、二度と社宅に明かりが灯ることはなくなり、福島ナンバーの車もいなくなった。
とこかで新しい生活を始めたのだろう。頑張ってほしいと祈らずにはいられない。

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親の判断力 [生活]

2019.3.23


今日は一日仕事漬けのため、眠くなるとブログを更新⇒眠気が覚めると仕事⇒眠気発生⇒ブログ更新となり、どうしても更新回数が増える。


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とは言いながら、別に眠くなったわけではないが、やはりこれは書いておかなければならないことの一つ。


先日、いじめで中学生が自殺をした。日常茶飯事的になってしまって、どこのいじめだっけと思いを巡らせることが多くなってしまった。衝撃の度合いも低くなりつつあることは決してよいことではない。

その記事で気になるコメントがあった。自殺した当人は、母親に向かって「いじめられているから学校に行きたくない」と言った・・・・・・らしい。すると母親は「あと3か月じゃない。我慢できない?」と言った・・・・・らしい。

私は母親の傍でそのやり取りを見聞きしたわけではないから大仰なことは言えないし、すべては「らしい」となるけれど、そういうコメントが新聞には載っていたので、見た方もいると思う。

 

「あと3か月、我慢できない?」

決して親を責めるつもりはサラサラない。大勢でいじめをやった卑怯な連中が悪いことは当然で、彼らがヌクヌクと成長し、親になると思うと、今の親と子の劣悪な関係は容易に想像がついてしまう。

いじめを受けている本人にとっては、まさに死活問題。90日を我慢しろという物言いはいじめを少しも理解していないということ。親という職業をやっている以上、少しもいじめを甘く見てはいけないということ。それを紐解かなければいけない親の仕事と責任は膨大で永遠だ。

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間違って覚えていた自分に愕然とした [生活]

2019.3.19


こんにちは。

今週もまたまた忙しく生活が回っていく。パソコンは頗る快調で言うことなし。

葬儀後の後処理もまだまだ多く残っている。なかなか完結できないのは、本籍まで出向かないといけないものもあるので、最終的にはまだまだ残務は残ってしまっている状態だ。


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昨日の新聞で、ああそうなんだと思った言葉があった。「若いときは自分に自信が持てないから・・・」

という言葉。別にどうということはないと言われそうだが、自分の若いころ、確かに自分に確たる自信がなかった。だから、他人と比べたし、他人のことが気になったし、真似をしようとさえ思ったこともあった。

「じゃ、今は備わっているんだ」と言われそうだが、今も確たる自信が備わったわけではないが「寄る年波」という言葉で片づけたくなるような出所不明な自信というか、あきらめというか、そんなものが自分の心の中にはある。

ということは、いい意味で絶えず自分に自信がないほうが若くいられるのか・・・・とも思ったりして、朝からジジイは詰まらぬことを考えている。


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昨日、愕然としたことがあった。

家人には直ぐに「俺、それ間違って覚えていた」

家人「うそっでしょう。まだ1か月も経っていないことよ」と鬼の首を取ったように言う。

私「そうだよね。だけど、しっかり間違って覚えていたし、今もまだそう思っている」

何のことかというと、葬式を出した後、我々はバラを移植した。確かに2月21、22日に通夜と告別式をやった。日記を見るとその次の日からバラの移植を始めていた。しかし、自分の記憶の中には、葬式の前にバラを移植したとばかり思っていたのだ。たった3週間前のことをあっさりと間違って記憶していた。

これには、「まずい!認知症の始まりかも」と真剣に思った。

他人は大体こういうとき、「大丈夫だよ、バラも通夜も忘れたわけじゃないから」と言うに決まっている。しかし、そんなことは以前の自分にはなかったことだ。若いころの自分の記憶は、かなり前のことも確実に覚えていた。どんな小さな詰まらぬことも覚えていた。ところが、今はそんな大事なこと--葬儀もバラも私にとっては命の次に大事なこと--のはずなのに、その順番が違っていた。これは要注意だ。

大体、高齢者はそれを隠す。自分の弱い部分を隠す傾向にあるというから、私はわざと出すことにしよう。出せば恥をかく。恥をかくことで少しは覚醒させられる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かも。

 

朝からジジイ話で終始してしまった。


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やっとこ山を越えそうだ [生活]

2019.3.18


こんばんは。

今、母の家のシャッターを閉めに行ってきた。

家というものはおもしろいもので、寝たきりであろうとなかろうと人が住んでいるということで活力を生み出す。しかし、今はその主もいないので、家にその活力がない。何となく「もぬけの空」状態だ。家も荒んでいくね。今度、大坂の愚息がこちらに戻って住むことになった家も久々に行ってきた。郵便物もごっそりと溜まっていた。同じように、あれほど私たちの思い入れが深く、こだわりのリフォームもしたのに、今はひっそりとしていた。まるで死んでしまったかのようだ。家の活力というものはおもしろいものだ。早く帰ってきて息吹を吹き込んでほしい。


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デルに電話をした。週末不調なパソコンを何とか直そうと問い合わせをした。いろいろご指導をいただいたが、やはり直らなかった。パソコンは異常ではないとのこと。果たして、どこが不具合なのか。

メールでその後のことは通知するとのこと。若干の不安もあったが、それしか方法はなさそうだ。

電話を切った後、またまた、自分であれこれといじっていた。ふとスピーカー各種デバイスをいじっていた。すると、あれだけ動かなかったアプリが稼働し始めた。ムムムムムムムっ??

若干、合点がいかなかったが、ここは「ガッテン!ガッテン!」するしかない。

ということで「再生機能」は復活した。これで仕事は思う存分にできる。


しかし、もう一つ我慢して使えないままにしていたものがある。

私たちは親指シフトでJapanistというソフトを使っている。全くの異端児でご存じない方が大部分なのだが、長く、速く打つのに適していると聞いていたので平成元年のスタート時からずっと親指シフトを使っている。だからJISキーボードは全く打てない。その不具合がずっとあった。ワードを開いているときは打てるのだが、internet・explorerを開くとそのアプリが打てない。JISキーボードを全く打てない者にとっては、JISキーボードでの検索は至難の業。皆さんもご存じのようにキーボードの文字配列が違うと全く打てなくなる。そんな状態を見て見ぬふりをしてずっと我慢してきたが、今日は時間があったので富士通に電話で問い合わせた。何度か指示どおり動かすと・・・・・・・・・。

出ましたタスクバーに見事に親指シフトの印が出たんですね。

これで検索機能も思う存分に使える。


しかし、もう一つ思い出した。メールはアウトルックを使っているのだが、受信したものに入っているアドレスを打っても展開してくれない。これもまた不便なもんで、一々URLをコピーし、ヤフーに貼り付けをしなければ開けない状態が続いている。仕事をしながらという「ながら族」だから、どうしてもトリアージをしなければならない状態が続く。でも、あとはアウトルックだけだ。


やっと山を越えそうだ。

越えてほしい。

ほかに不具合は出ないほしい。





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容赦ないね。 [生活]

2019.3.16


こんばんは。夕食までの間にブログを更新。

今日は姉が来た。亡き母に線香を上げ、今日は我が家に泊まる。家人と姉は二人だとよくしゃべる。

私の出る幕はほとんどない。

K・Oコンサートが追加である。5月と6月の10公演だ。そのうち、8公演に応募したが、当選したのはたったの2公演のみ。相変わらず倍率は高い。ファンクラブに入っていても、あまり恩恵はないような気がする。


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母の四十九日があるので、関係者にメールをした。折り返しに1通のメールが来た。

その方の従兄弟が急逝したとあった。母の納骨に参列するどころではない。元気印の三十代、四十代ならいざ知らず、八十代、九十代の方に、こっちの納骨、あっちの通夜に参列しろとは言えない。


現役は仕事で大変だが、ロートルはロートルで別れの儀式への参加でてんてこ舞い。

いつでも、誰にでも、「時」は容赦しないね。

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葬祭後の出来事 [生活]

2019.3.14


こんにちは。

一昨日は二人分の確定申告を終了。昨日は自分のものを終わらせすべてを提出した。納付も済ませた。


先日、母の葬祭が終わり、業者が家の祭壇を飾っていたときのことを書いておきたい。


告別式も終わり、そのときは多分、心の中では平穏であったと思う。

親族を駅まで送り、また家人と二人きりとなった。


祭壇の飾りつけが終わった。

業者「今回で互助会は終わりになりますね」

私「そうね」

業者「次回のご加入はいかがかと思いまして・・・・」

私「うん・・・、でもね・・・・」

と黙っていると・・・。

業者「互助会加入のための保険もあります」

私「ふ~~ん。今はまだね・・・興味ないね」

と私たちは告別式も終わったばかりだし、あまり気は乗らないのは当たり前だ。なかなか引き下がらないので・・・。

私「私たちは元気だし、まだ死ぬ予定はないよ」

業者「もちろんです。お元気で過ごしていただくことは、こちらの望むところで・・・」

(本音と建前ははっきりとわかる。しゃべればしゃべるほど矛盾が明確になるセールストーク)

私たちは、そんな気はないと思ったのか、業者が次に言ってきた言葉がこれだ。

業者「それでは、割引ます。今、ご加入いただければ1割お引きいたします」

(そう出たか。あくまでも加入させようという魂胆だ。こっちの気持ちの斟酌は露ほどもないね)

普段の私なら、「いい加減にしろ」と一括で終わったところだが、「いずれは」という気持ちと「もういい帰ってくれ」という気持ちが相まってサインをすることにした。

鈍な私はいつもそうなんだが、そのときはっきりと言えない、言わない、気がつかない。

今回も例外なく、後で怒りが沸いてきしてしまった。

すると・・・・

家人「クーリングオフなんてしないでね。これ以上ゴチャゴチャしたくない」

こちらの気持ちはとっくにお見通しだ。


そうこうしているうちに、その業者の社長宛でアンケート調査が郵送されてきた。

ここは一言物申すことにしよう。しっかり無礼であった。完璧に無礼であった。死に対する「間」を教育しろという文書を打つことにしよう。少しは溜飲が下りるかもしれない。


さあ、今日からは本業の提出作業をしなければいけない。

私事、公事、いろいろある人生だね。

楽しみ、苦しみ、確実に歩んでいくしかなさそうだ。





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なんでエラーになるんかい! [生活]

2019.3.12


こんにちは。

今書いていた文章が保存できず、すべてがパーとなった。

私にはこれが結構ある。ちょっと心が折れるが、皆さんは大丈夫なのだろうか。

ない頭で考え出した文章なんだから大したことはないけれど、「ご迷惑をおかけします」と本気で思っているのなら、そうならないようにしてほしいね。

頼みます。ソネットさん。

ほんとに全く、プンプンプン・・・・・・・・。

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気仙沼サンルート? [生活]

2019.3.10


こんばんは。

本業の仕事はあと見直しをして終了。その後、確定申告をしなければいけない。今はネットで書式に入力、計算も自動的にしてくれるから計算間違いもなく、スムーズに行くはず。

バラは残り4本を断念。越年で来年、移植をすることにした。


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この時期になると、やはり8年前のことが頭をよぎる。

いずれ我が身に降りかかると国民の誰もが頭の片隅に思っていること。昨日も岐阜で結構揺れたというコメントがあった。今日は3回、昨日は5回、一昨日は4回、3日前には7回も地震があった。

もちろん、小さい地震ばかりで気象庁は発表しないもの(発表をしているが報道しない?と言ったほうがいいかも)が大半だ。


今から20年も前のことだが、気仙沼のサンルート(名前ははっきりしないが、多分サンルート)に泊まった。東日本より以前には、地震が起こると気仙沼の定点カメラでよく見ていた映像とほぼ同じアングルの窓の景色の部屋に泊まった。だから、すごく印象深い。

あのホテルは、どうなってしまったのか。海沿いに建てられた建物だから、無傷のはずもなく、現在、サンルートの「サ」の字もないことから、おおよその想像はつく。


一宿一飯であり、最初で最後の接点だったが心深く残像が残る。

あのときのフロントの方、ウェーターの方たちは、どうしたのだろうか。もちろん、私に接してくれた人たちが、2011年の3.11にいるはずもないが、建物とか、部屋のレイアウトは妙に記憶にある。

日々の生活に追われ、いつもは思い出すことは全くないが、この8年で3回目となって私の前に現れた。


福島第一原発の後処理が一向に終わらない今、あのとき舵を切り換えていれば、よりよい日本をつくれたはず・・・・・・と誰もが思う。今からでも遅くはない。それを政策の根底に掲げ、大きく方向展開できる政治が欲しいと思う。

脇の甘さの愚行を嘘で束ね、偽証をさせ、公文書を改ざんし、統計をも改ざんする。すべてが安倍さんの意向と思うほど愚鈍の鈍ではないつもりだが、後ろを振り返ることのない為政者と政権であることが事実とすれば、それはご退場いただかなければ、日本はますます混迷を深めていくことになる。最後には、そっと汚染水を太平洋に流す。そんな嘘を嘘で固めていく政治とは何とか縁切りしたいものだと思うが、8年目を迎える明日、そんなことに想いをはせることは大いに必要だろう。

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残念・・・でした [生活]

2019.3.6


こんにちは。

今日も天気が悪い。バラを移植した私にとっては今日もうれしい雨になりそう。

バラ12本の水やりは大変だ。それも一日に何回も水をやらないと絶対に枯れるだろう。家人は「水ばっかりあげたってダメよ」と言う。「土が問題なんだから、こんな粘土質じゃ無理よ」とのたまう。そう言われればそうだが・・・・。根を掘り起こして持ってきたわけだけど、ノコギリでゴシゴシ切らないと土から離すことができなかったものが多いわけで、やはりその痛んだ根が一日も早く定着してもらうことに専念しなければいけないわけで、それはやはり水やりが一番と思っている。

仕事もなかなか進まない。音声の反応ができなくなり、仕方なくお払い箱同然のパソコンを持ち出して、フリーズ気味PCを何とか奮い立たせて使っている。この話はまた後日したい。


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今日、K.Oコンサートがある題名は「風のように歌が流れていた」。TBSの「クリスマスの約束」が年末にはできなかったので、年をまたいで今日になった。例によって応募葉書を出したもののうんともすんとも言ってこず、引っ越し前の家のポストも覗いたが封筒はなかった。会場は横浜のどこか。当たった方はうらやましいな。

今年もまた、3月29日の放送を聞くしか手立てはない。会場には行けなかったけど、深夜、静まり返った家で聞くのもまたオツなものだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と強がりを言ってみた。


3月29日まで仕事、確定申告、バラの引っ越し、引っ越し前の家の整理、親の家の整理とまだまだやることが山盛りだ。

「時」は1秒もまけてくれないね。




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不運を楽しめ [生活]

2019.3.4


こんばんは。

昨日と今日は恵みの雨。バラは移植したばかりで何日も雨がなかったものだから、一日に何度も水やりを繰り返していた。昨日は愚息の3人目の子どもの初節句。3人目だと流石に「あれっ、やらなかった?」と思うことがしばしば。家人に、「まだよ、忘れたの?」と認知症の始まりと鬼の首でもとったのごとくはやし立てる。そのため、一日留守にしたわけだが、バラには幸いなことに恵みの雨。そして今日も雨。しっかりと根っこの周りを土でつくった土手が囲み、水が溜まっていて水分は根っこに届きそうだ。しかし、よ~~く観察しないと土に穴が開いて、水がそこから地底深く逃げていってしまい根っこを通り過ぎていってしまうとバラは枯れる。ここは注意深く観察しておかないといけない。今日も1本のアイスバークに水が溜まっていないのを発見。よくよく見ると隣のブロック脇に小さな穴が開いていて、そこから水が吸い込まれていた。影になって見落としてしまうところ、危ない危ない、気がつかなければ枯れるところであった。


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一昨日の根っこ堀で、どうも指を痛めたようだ。キーボードを打つ仕事は親指の側面を頻繁に使う。痛めてしまうと仕事にならない。痛めて24時間が経過、バンドエイドにティッシュを挟んで養生をして、ようやく痛みは解消しつつあり、何とかキーボードを連打できそうだ。


そう思って仕事を始めると、今度はアプリケーションの不具合が発生。今まではそんなことは一度もなかったが、初めての不具合。オリンパスに電話をして対応策を聞く。幾度かのやり取りの後、後刻メールで対応策を送るとのこと。2時間後、そのメールが来た。指示どおり、あるところまでは行ったが、その先、やり方を誤るとパソコンが起動しない可能性があるとのコメント。仕事があるのに起動しなくなっては困るので、そこまででやめた。別のソフトがあるので、それを使おうと思ったが、そうそう10年も前の話だが、そのソフトは後発のくせに前発のソフトよりも機能は劣っていて、明らかに我々の使い方をご存じない方が開発したもののようで、全く使ったいなかった代物。

対策としては、予備(とは言っても動きがかなり遅くなって使い物にならないPC)をリセットし直して使うか、別のパソコンを購入するか、今の仕事を死に物狂いで仕上げるか。この3つの方法しかなさそうだ。近隣に借りるという方法もあるとは思うが、引っ越したばかりだし、隣近所はジジイババアばかりで、進んでPCを使っている人たちではなさそうだし・・・・・困った。


自分の周りで起こる出来事は決してラッキーなものではなく、不運というか、難解というか、単純でないことが立て続けで起こり、どうしてもため息が出がちだが、相手が物ならまだましだが、人間だったりすると、これはかなり時間がかかる。しかし、ここは何事も前向きに突き進むしかないと思うようにしている。

人間、できていないから「不運を楽しむ」とまではいけそうもないが、しばしもう少し頑張ることにする。

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コンビニでいいサービス? [生活]

2019.3.2


こんばんは。

今日もバラを移動した。我が庭では最強クラスのビックサイズ。掘っても掘っても根が出てこないのには、「いい加減せんか」と思ってしまう。ほかに4本1mサイズのバラを移動した。残りツルバラの4本が残っている。自分の身体にガンバレ~~がんばれ~~~と叫ぶのみ。


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話は変わって・・・・


ここのコンビニは結構流行っている。だからレジは3台ある。それでも、昼食時は列が続く。

その日、私はバラの移植中。昼食をと思いコンビニに行った。買い物を済ませ、レジ待ちのとき、3台のレジの中で、一段と大きな声の店員さんがいた。「マツモト」さんと名札はあった。私の番がきた。

店員「お待たせしました。おにぎり2個とタマゴサンド1つ、イチゴサンド1つ、合計1,035円です。」と高らかな声。

私「はい。1,035円。」

店員「はい。ちょうどのお預かりです。ありがとうございました。」

コンビニでの対応は、いつも仏頂面で、「ありがとう」を言われることが多い。あまり顔も見ないし、機械的な対応が常だから、ほとんど気分が悪くなることもない。

しかし、今日は違った。私は思わず、その名札を見て・・・。

私「マツモトさん、お元気ですね。失礼だけど、お幾つですか?」と聞いた。

マツモト「はい。古希になりました。」と申し訳なさそうに言った。

女性に年を聞くことは重々失礼とわかっていながらも、いつも私は平気で年を聞く癖がある。

私は後ろにいる客の気配を感じながら

「頑張ってください」

と言って店を出た。

たわいもないやりとりだけど、ちょっと気持ちのいい。幸せになった気分となった。

人手不足の時代、高齢者は確かにいい戦力になる。

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ER [生活]

2019.2.1


こんばんは。

昨夜から久々の雪。心は踊る。通勤の方には申し訳ないが、昔から雪は好きだ。

学校時代、サラリーマン時代、自営業に移ってからも、どういうわけか雪は好きだ。別に雪だるまをつくることが好きなわけではなく、むしろ、それは嫌いだ。かまくらづくりも好きではなく、ましてや秋田生まれでもない。北海道の雪まつりもさほど好きではない。


でも、何となく雪が降ると心が騒ぐ。


そんな雪が昨夜から降り続いた。朝はうっすらと庭に積もっていた。日中、太陽の暖かな日差しとともに屋根から雪が滑り落ち大きな音を立てる。


いいね。ほっこりとするこの気分。


しかし、あっという間に萎んでいく雪景色。今冬はもう一回ぐらいは降ってほしい。雪国の方には申し訳なくて言えないが、そんな気持ちが心の底から湧き出てしまう。


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我が家にはテレビの録画のデッキがあるが、相当古く録画の容量があまりない。撮り溜めていた画像の中に「ER」があった。遠い昔、よく見ていた番組だ。先程見たのは、「XV」シリーズと書いてあった。10年ぐらい前に見ていたような気がする。シリーズごとにメンバーが入れ代わり、時とともに登場人物が代わっていく、こちらの時が動くのと同時に、ドラマの時も動いているのが妙に新鮮であったのを思い出した。当然、この回は見ておらず、知らないドクターが出ていた。やはり時代は変わったのと同時に登場人物も変わったんだと思いながら見ていた。

そのとき、番組は昔のメンバーが皆皆集まるという設定であり、私が見ていた当時の中心人物が次々と登場した。彼らは自分が年を重ねていくのと同じく年をとっているように見えた。見なくなってから、かなりの時間(5~6年)が経っただろうに、画面には当時、仕事を追われていた自分と時を同じゅうした俳優が登場していた。

無沙汰だったのに、それは妙に新鮮で、登場してくる俳優を見ながら、あの当時のころの自分が蘇ってきた。相変わらず、ストーリーの進み方は早く、セリフのある登場人物は優に30人は超えていたにもかかわらず、見る側に混乱を起こさせない展開は、作り手の奥深い制作意図を感じさせるすばらしドラマになっていた。

日本も、この「ER」以降、多くの医者に絡むドラマができてきたが、その出来ばえは親と子ぐらいの開きがあるように思えるのはなぜだろう。


これで録画の残量は4時間ぐらいをキープできた。

明日はBSNHKで「K・O」コンサートのドキュメントが放映される。深夜の23時から日にちをまたいで1時を超えるころまでやる。まあ、レアな人間しか見ないだろうが、そういう時間帯にやることにも、少しだけ安堵感を感じるのはなぜだろうかと考えてしまう。


そうそうこんなCM動画のページを見つけた。



彼を見るにつけ、「継続は力なり」・・・・・・自分には最も足りない部分だけどね。そんなことを感じてしまうね。

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不審メール--ブログが保存されず、すべてがパーとなった [生活]

2019.1.28


こんばんは。


今打っていたものがすべてパーになった。理由は不審メール。この画面が出ると「×」をクリックしても全く反応なし。仕方なく、強制終了をするしかない。困った。


詳細はhttp://tanweb.net/2017/12/22/17417/に書いてあるので参考に。

一度目は冷静にシャットダウンをしたが、2回目は、ひょっとして、やはりMicrosoftと思ってしまったから怖い怖い。検索結果でも、これはアカンということなので注意をしなければいけない。


Microsoft社でも、同様のコメントがあったので間違いはない。

モニターに出てくる小窓は二重で、2つ目の小窓はかなりその気にさせるからご注意を。

 

冷静に考えればあと「225秒」とカウントダウンしてくるほうがおかしい。冷静に対応しないととんでもないことになる。

間違ってダウンロードしてしまうと、すべてのID、PSを改変しないとだめで、大変な労力となる。特に銀行関係とポイント関係が狙われるから、確実にやらないと大変なことになる。


今日はここまで。

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気をつけよう [生活]

2019.1.16


こんにちは。

今日も寒い。できてしまった家は取り壊すこともできず、最終的にはGL設定の間違いだ(向こうはそうは言わないけど)ことでもあり、一生懸命、庭づくりをしてもらっている。最初に予定していた業者は年末に手配でできないということで、急ぎ別の業者が駆り出されてきたとのこと。

すったもんだの末に・・・

DSC_1715(1.16日).jpg






















ご覧のような形で砕石を敷きつめ、真ん中に十字を切ってピンコロを敷き、コンクリートで敷きつめる形になった。上の写真は2~3日前の写真で、今日はコンクリートを敷きつめ、今、「掃け引き」仕上げをしている。


これでうまく雨水が処理できればよいのだが、道路のU字溝との勾配は1~2%とれるかどうかだ。業者は大丈夫だと言っているが、「坊主憎けりゃ袈裟まで」状態の私としては、そんな言葉を鵜呑みにしろというほうが無理というもの。


そんな不満タラタラのブログを見た友人から、「不満がかなりあるようで」と言われてしまったので、今年からは少しだけ「不満ワード」は抑えていこうと思っている。


しかしながら、稀勢の里関は残念至極。

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年頭所感 [生活]

2019.1.14


こんにちは。天気は快晴。雲一つない。


「時」と同じで「空」も平等に広がっている。どう時を過ごし、どう生きていくのか。

自由過ぎることはよいことなのか?悪いことなのか? 


生まれた国が独裁国、生まれた家も貧しく、水汲みが自分の生活の始まりだったら「自由過ぎる・・・」なんてことは言っていられなくなる。バケツ1杯の水汲みで⇒顔を洗い⇒口をすすぎ⇒芋を洗い⇒野菜を洗う。マッチ1本10円は当たり前。真っ黒になった水は自分の排泄物を処理するために使う。そんな使い方を現代人は知らない。もちろん、その水は濾過されているわけもなく、池の水の上澄みだから白濁している。震災にでも遭遇しない限り、水のありがたさはわからないし、不遇の国に生まれない限り、自分の自由さを苦痛だと思うことすらないだろう。


確かに生きていくことは大変だ。人それぞれに努力し、社会に交わろうとしても、それがうまくいかなかったら気持ちは腐り、外に出るのも嫌になっていくかもしれない。


しかし、部屋はエアコンが適温を保ち、蛇口を開けば、そのまま飲める水が出て、トイレに行けば肛門を暖かく・きれいな水が洗ってくれる環境にいる人の努力の濃さ-----暖房もなく、お湯も出ず、車も携帯も持てず、アルバイト代のほとんどは家賃と食費で消えていく人間が、やっとのこと社会の入り口にたどり着いた努力の濃さ。


どちら粘り強く、エネルギーがあるのかは誰の目にも明らかだろう。

自分が緩い環境にいるなら、きつい環境に身を置いてから自分を試してみる。そういうことも必要かもしれない。厳しい環境が容易に想像がつくのなら、そんな必要もないかもしれないが、想像すらできない、しようとしない人間が自分だったら、厳しい環境に身を置くことも自分の役に立つのではないか。それが人生の最終の正解であるはずもないが、少しだけ、自分の進むべき道が開けてくるのではないかと思う。


誰に言うわけでもないが、自分の今後の生き方を問うことも含め、ここに書き記しておこう。

今年も短く、あっという間の365日が始まってしまった。


いや、実質あと351日だ。若者に負けずに時を大事にして過ごそう。

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さぼってしまった [生活]

2019.1.13


こんばんは。


すっかりさぼってしまって、早8日ぐらいが経ってしまった。新居に移動してから、思いの外寒い。世の中どこもかしこも寒いのだが、以前住んでいた家は狭く、二階家だったものだから、安普請ながらそうそう寒くは感じなかった気がする。しかし、今回の新居は平屋で30坪ぐらいあるものだから、暖気は上に行く習性はあるけれど、横には行かないものだから、どうしても部屋を移動すると寒さが身に沁みる。特に最近は寒い日が続いているので尚更だ。リビングと仕事部屋は端と端とに離れていて、リビングは暖かいが仕事部屋は誰もいないため、極寒となっていて、どうしてもパソコンが開けない・・・・開かない・・・・開きたくないと三拍子そろってしまった。そういう理由でなかなか更新ができない。書きたいことは山ほど谷ほど・・・・・・・・しかし、しかし、しかし・・・・・・・・。

というもっともらしい理由を付けつつ、私の新年が始まってしまった。


書きたいこと

1)K・O氏がBSNHKで2月2日にコンサートの裏側をやる。

今年の会員更新の手続きの書類を誤って捨ててしまった。16日には何とか連絡をとらないと資格無効になってしまう。マズイ!

2)ガンバレ稀勢の里!ヤッパリダメかな?????

3)為替は腕組状態で観戦、下落即対応!

4)新居の庭は依然できず。少しずつは進んでいるものの、果たして雨水処理はうまくできるのか。こんな気持ちが続くとつくづく自分が嫌になってくる。少しだけ、売却してやるかとも考えてしまうのは危険思想か。

5)韓国はやはり理解不能。自衛隊とのこともしかり、徴用工のこともしかり、竹島のこともしかり。

「韓国国民とは席を同じうせず」という考えはいけないことなのか。

6)前澤さんは間違っているね。自分のためにではなく、世のため、人のためという考えにたどり着くには、人間的にまだ若いのか。

7)若者が現実からの逃避として、「あきらめ」を選ぶとき---早い早い、もっとチャレンジ----とジジイは思う。

8)母の介護--食事のレシピを書こう。嚥下がスムーズは人間--高カロリー、高タンパク質を食べ続けるべし。

9)今年の抱負を書き記す。

10)10枚の年賀状

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アケオメ [生活]

2019.1.1


あけまして、おめでとうございます。


・・・・・・・こういうフレーズも余り使わなくなっしまった感があるね。我が家はポストはできたけど、表札がまだだったリして、年賀状は皆旧住所に行っているはず。だから、なおさら正月感はない。

例のごとく、愚息の2家族が揃い踏みとなった30日。今年も皆皆、それぞれの予定があるだろう中、拙宅に来ていただけることは、ある意味感謝しかない。動けなくなってからでは、目に入れても痛くないはずの孫も振り向いてはくれない。

確かに我々ジジ・ババは身を粉にして接待するのは命懸けだが、それはそれでいい思い出となる。孫は孫でわがままな時期もあれば、よく理解ができる時期もくるわけで、彼らの人生のページが記されれば、それは感無量というものだ。正月早々またまた重い話で恐縮だが、そんなことを思いながら、今年もゆっくりと始まろうとしている。


アケオメ

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いずれは土に皆帰る・・・のだけれど [生活]

2018.12.27


こんばんは。昨日は庭の業者が来て、少しだけ打合せをし、仕事にかかっていただいた。今日は3人がかりで庭石を運んだり、コンクリートの枠組み、穴堀り作業は進んでいた。

引越で普段いるはずのところにいなくなったものだから、不在者票による再配達待ちが何日も続いたり、土地家屋調査士から電話が来たり、市役所の職員が来たりと年末でただてすら忙しいところに拍車をかけていろいろと用事が連続する。

家が違うということは、こうも体が付いてこないものであろうか。あっちにものを取りに行ったら、あっちのことが気になって、何をとりに来たのか忘れてしまい。また元に戻って思い出そうとしたりするものだらか時間が幾らあっても足りないことと相成った。全くの笑い話状態だ。

そんな折、この忙しさに拍車がかかることが起こった。


それは義叔母の死だ。

家人の叔母で、家人が18歳のときの上京し、下宿をさせていただき、いろいろとお世話になった方だった。養女にというお話もあったようで、結婚当時は会ってもいただけないくらい激怒なさっていたらしい。若いというのは恐ろしいもので、そんなことがあっても、一向に構わないというか、馬耳東風状態で我々はいそいそと結婚をした。端から見たらいい笑い者だったに違いないと思うが、当時は若かったからね。それが特権だったんだなと懐かしく思い出す。

そういうわけで、家人は一昨日から帰郷。火葬場も運良く空いていたらしく、私は明日、愚息二人を連れて通夜と告別式に出ることとした。

よくよく考えると、その叔母には家人以外にも世話になっており、叔母は結婚には反対していたものを、いざ孫が生まれたら、それは親身になって可愛がっていただいた。愚息は足が内反足という病気になっていたが、拙宅の近くではよい病院はなく、困惑していたとき、専門医を見つけていただいたのはその叔母であった。もし、その医者を見つけていただけなければ、今ごろは肢体不自由児として、世の中の片隅でしか生きていけない子どもになっていたわけで、それを思ってか、子どもたちは何も言わずとも、通夜と告別式には参加したいと言ってきたのは、彼らは彼らで、それなりに恩義を感じているのであろう。

今夜から東北は大雪と聞く。我々はその最悪コンディションの東北に行く。


ここ2か月の間に我が家では、引越、結婚式、葬式と3つの「シキ」が起こった。平成は世間的にも大道乱の時代であったが、我が家においても大々事件が多く、小さいながらも波瀾含みの時代だった。


そんな大動乱の平成30年も残すところあと4日だ。

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柳の下のドジョウは2匹いない [生活]

2018.12.19


こんばんは。


今日もあっという間に過ぎてしまったが、引越の荷物を少しずつ、昨日は台所、明日は仕事部屋、明後日は階段下の引き戸とやる予定だ・・・・・・・・・と昨日打っている間に夕食の時間となりタイムアップ。そのままになってしまった。残すは食器類のみ。破れないように一つ一つ包み込んでいく作業もあるので、結構時間がかかる。


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表題の「柳の下に・・・」と打ったが何を打とうとしたのか、とんと思い出せない。ハウジングメーカーの営業マンのことだったのか・・・・最近の思い悩むことは、そのことばかりになってしまったから、きっとそうに違いないが、今日はやめておこう。


7年と半年が過ぎて、奥様のご遺体が見つかった。ご主人の想いをはせることは甚だ不遜だが、記事を読んでいくうちに思わず涙が出てきた。あの出来事は平成に生きる日本人の誰もに共有できる唯一の事象かもしれない。

 

日々の暮らしに追われている我々だけれど、7年半前のそのことを忘れてはいけないと思う。あの日の、あのときの自分の目を疑うような出来事は時間とともに忘れ去られようとしているが、決して忘れてはいけないことなのだ。あんな辛い想いを共有できたのだから、何でもできる、何でも乗り越えられると誰もが思ったはずだ。少なくとも、私はそう思った。


自分の周りでは、いろいろなことが日々起こっているけれど、自分の生きる証と自分の短い人生でやらなければいけない意味を、その記事を読んだとき、再び心の底に灯った気がした。


さあ、明日からまた頑張ろうゼ。

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先入れ--先出し [生活]

2018.12.12


こんばんは。

今日は一日冷たい雨。昨日降った雨で庭はご覧のとおり。DSC_1694.JPG

 

 

暗雲が立ち込めるね。ホームセンターで10袋ほど土を購入したけど、「焼け石に水」ならぬ「焼け石に土」。

抜根(木を伐採、根ごと掘り起こした)をしたから、その分、土はとられ、地盤は下がっているのは承知しているが、どうなんだろう。それだけで済む話だろうか。昨日の雨はショボショボだぜ。10ミリ、20ミリ降ったらどうなんるんだろう。かなり不安。ちなみに、昨日の雨量は2ミリ。

根本的な問題にまたまた立ち帰らざるを得なくなりそう。


相変わらず他人さんにとっては詰まらぬ話で申し訳ないが、一応、日記の意味もあるので、ご辛抱を!

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毎回スーパーに買い物に行くと、必ずといっていいほど、こういう情景にお目にかかる。

おばさんがハムの棚を覗き込む。すると奥の方からハムを引っ張り出してくる。


うっ?今持っていったハムが最後のハムか。そんなに売れるハムってどんなハムだ・・・・・・と思ってよく見ると、同じメーカーのハムが手前にどっさりあった。


そうです。彼女は日付の新しいものを探していたんですね。当然のことながら、手前のハムは、おばさんが持っていったハムよりも古いハムのはず。


つまり、賞味期限が刻一刻と迫り、10%、20%、半値シール・・・・・・そして廃棄の餌食となる。


そんな些細な行動が廃棄食材を多く生む。廃棄食材がどっさりスーパーから出るニュースがあると、そんなご自分の行動を知ってか知らずか、

「人間って無駄なことしているよね」とか

「賞味期限っておかしいんじゃないの?」とか

「スーパーの店長の仕入れ方間違えたんじゃない?」とのたまう


全部が全部、あなたの責任ではないけれど、「私だけが」、「1個ぐらい」の気持ちが廃棄食材の一因になっていることも事実。

大体、そんなことをするのは女性の主婦層が多い。今まででも、スーパーの棚奥を覗いているのは大体主婦です。

女性蔑視だと言われても仕方ないけど、事実だから仕方ない。


自分だけ・・・・・1個ぐらい・・・・・・・・この気持ちが地球を破滅に導く。そんな大げさなと思っていたことが、大げさではなくなる日が近いことは、プラスチックゴミが行き場を失っている現実を見るにつけ、心底に留めたいね。




























































暗雲立ち込めるね。抜根をしたから、その分地盤は下がっていることは確かだけど、土を入れれば済む話であることを願わずにはいられない。












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