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やっと夏が来ます。 [生活]

2019.7.24


こんにちは。

早朝、ゴミ出しをしようと思って玄関のドアを開けたら雨が激しく降っていた。しかし、朝日は既にサンサンと照り、空を見ると青空であった。不思議だと思い、今一度空を見上げると、雲が少しと青空が残りのほとんどを占めていた。「あれっ」と思ったが、思い出した、これが夏の醍醐味だ。

長い梅雨が多分明けるのだろう。梅雨があければあけたで酷暑となってへきへきするが、やはり夏はいい。気分が明るくなる。ジメジメとした梅雨よりよっぽどいい。


家人は今も洗濯物を出しては入れて、入れては出して、都合3回目となる試技をしている。

近所の家は昨夜から洗濯物を干している家があちらこちらに見られたが、きっとほとんどがビショビショに違いない。しかし、梅雨が明けたことで洗濯物の生乾きともおさらばできると思うと一段と心が軽くなる。

DSC_1988.JPGでも、まだまだ油断できない雨雲が西(写真の下の方)から迫って来ているが、それ以上に夏の太陽はうれしい。


今日あたりは市民プールは空いていて最高だろう。学生時代に戻りたくなるね。

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相変わらずの不審メール [生活]

『突然のご連絡となりまして大変恐縮でございますが、この度は重要な連絡があり、メールをお送りさせていただきました。 

これは通知する最後のメッセージです。

 

あなたのアカウントを確認できませんでした。その結果、お客様のアカウントは一時的に停止される可能性があります。

アカウントの記録を更新すると、情報が確認され、アカウントが正常に機能します。

以下のリンクをクリックして、アカウント情報を確認してください。』

-------------(クリック先アドレス)-----------

相変わらずの不審メール。

自分の趣味ではないゴルフのメール、アダルト・女性への誘いのメール、投資のメール、使ってもいないポイント還元メール。当選しましたメール、30万円差し上げますメール等々一日、50件は来る。2日間パソコンを離れていたものだから100件以上のメールを削除した。もちろん、既にメールルールを設定してあるので、迷惑フォルダーに自動的に振り分けられるのだが、たまに必要なメールもあるので、一応、迷惑メールフォルダーを見るのは必定。ほんの5分で済むことだけれど、1年前いや半年前はそんなことはなかったような気がする。善意の第三者のアドレスを使ってのアコギなメールには本当に手を焼く。

上のメールはAmazonから来たというメール。当然ウソ。「これは通知する最後のメッセージ」というくだりは、詐欺メールを決定づけるもの。

もしそんなフレーズがなくても、必要なら、こちらで調べて企業に電話なり、メールアドレスで問い合わせをする。間違っても、そこに書かれている番号にアクセスしてはいけない。

こんな当然なこと、 年齢を重ねるとともに鈍くなっていくのかな・・・・

・・・・・・そんなことを思いながら、今日も一日が終わってしまいそうだ。


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さあ行こう! [生活]

2019.7.21


こんばんは。

なんか早いね。もう21日だ。そろそろ梅雨明け。

今、母宅の整理をしてきた。ごみ袋8つが積み上がったが、明日はダンボール、新聞、衣類を出す日。

既に車で一回では無理の量になったので、今日はここまでとした。


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今日は参議院選挙の投票日。

私は先週早々に済ませておいた。今日21日は予定は別になかったが、夏休みになるし、もしもの場合を考えて期日前投票をしておいた。今はスムーズ。用紙に記入し、質問を受けることもなく、通常の投票行動をして終了となった。

区役所の出口にNHKの出口調査をやっている人がいた。自分たちの前の人が質問を受けていたが、その人はノーサンキュウと言ったようで、その方は手持ち無沙汰に出入口の隅に引き下がっていった。私は出口調査を受けたことがなかったので、すかさずその人のもとに。

私「出口調査ですか?」

女性「はい。ご協力いただけますか?」

私「喜んで」

女性「では・・・」

と言ってタブレットを示しながら

「このペンでタッチして、質問にお答えください。「次」を押すと画面、代わりますので」

私「わかりました」

女性「よろしくお願いします。助かります」

私は出口調査をした。

質問は5~6問。選んだ政党、比例区と全国区、選んだ理由、年金2000万円に対する質問、以上だったような。

今回も恐らく、国民の4割は投票をしない。

10人に4人は投票をしない。

100人に40人は投票をしない。

1000人に400人は投票をしない。

1万人に4000人は投票をしない。

10万人に4万人は投票をしない。

100万人に40万人は投票をしない。

投票率6割だから当たり前と言えば当たり前の話で、それは大したことだと思うのか、えらいことなのかということだけど・・・・・・・・・・どう考えても大したことではない??????とは思えない・・・・・

・・・と僕は思う。

宮迫、田村亮の会見と松本・東野さんのワイドショーの視聴率がどのぐらいかは知らないけど、トントンだったら笑っちゃうね。国会議員のレベルは吉本お笑い芸人と同程度だということになってしまう。

冗談はともかく、この6割は恐ろしい数字で民主主義を生業にしている方々は深く深く考えてほしいところ。絶望的な観測だけど、せめて5割は超えなきゃ話にならない。

だから、選挙に行こう。20時までやっているよ。

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夢を見た。 [生活]

2019.7.20


こんにちは。

ちょっと午睡。午前中、母宅の家の整理をした。母が亡くなって5か月が経ち、昨日から整理を始めた。古屋は不要なものを半年かけて処分(恐らく、ゴミ袋2~300袋)をした経験のもと、今度は両親が亡くなるまでのものだからとタカをくくって整理を始めたが、しかし、多い少ないに限らず、処分することはそれなりに大変な労力が要る。私は生来の性分がケチであるが故に、ほとんど家庭用のゴミで処分をしようと考えているから、それなりに時間がかかる。今も布団を3つを細かくチギリごみ袋に入れた。それだけで疲労困ぱい。すべてを車に乗っけてクリーンセンターに持っていけば、事足りるのだが、その処分費用は結構かかる。布団を3組でも2,000円は下らないだろうからし、総額は計り知れない。というわけで体を少し休めるための午睡だった。


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夢をよく見る。ほとんどは寝起きから瞬時に忘れてしまうのが常で、そのほとんどが前々職の夢だ。もうかれこれ20年も前のことだが、私としてはセンセーショナルな職場だったので、それなりにインパクトが強いのだろうか。しかし、今朝方見た夢は気持ちがいい夢であった。

それはこんな夢だった。

小泉「いや、それだけしかやらぬ。いろんなことはしない。」

私「つまり、あれをゼロに?」

小泉「そう、太陽光を初めとする自然エネルギーを使った発電をする。そのためにだけに

私は立候補する。再度総理大臣に立候補する。政党をつくる。」

私「議員になるということは、いろいろな公約が・・・」

小泉「馬鹿ったれ、そんないろんなことを言ったって、どれだけできるというのか。原発をやめることだけでいい。ほかのことは黙っていたって頭脳明晰な官僚諸君がやってくれる。それで十分だ。」

私「そりゃ、いい。応援する。絶対応援する。小泉純一郎を応援する。実現は可能だ。講演会だってあれだけ多くの方が聞きに来てくれる」

小泉「任せておけ」


大部脚色したが、小泉さんが言った「やるのは原発だけでいい。廃止する。それだけでいい」と夢の中で言ったのはほんとの話。それでウンウンとうなづいているところで目が覚めたのも事実。


久々気持ちがすっきりした。いい気分で目が覚めた。

そんな日本をつくってくれる政治家は今どこにいるのだろうか?

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変わらない風景-時は残酷だな [生活]

2019.7.5


こんにちは。

今日こそは変わらない風景について書こう・・・いや、打とう。

久々に従兄弟の家に行った。従兄弟の家は、小学生、中学生ぐらいまでは泊まりがけでよく行っていた家だ。同じ年ということもあり、その後、高校、大学でも頻度こそ少なくなったものの交流は続いた。小学生時代には男の子の常道である釣りをし、四つ手でザリガニ、メダカなどを取っては庭の池に放していたりした。社会人となり、そんな交わりは当然自然消滅となり、遠い思い出になっていった。


そこの土手に立ったのは何年ぶりだったのだろう。そこから眺める朝日と夕日は幼い心にも十分に染み込んでいた。それから50年近く経った今、ふと、その土手に立った。当時と比べるとすべてが小さく感じられた。当時は土手に上がるまでには50歩も60歩も歩かなければ登り切らなかったように思えたが、今は2~30歩も歩けば登り終えてしまう小さな土手だ。

周りの家も少しずつは解体され、新しく建て直されたりしたのだろうか。でも、何軒かは当時のままで、土手傍の不思議な形をした屋根瓦の家はまだあった。

もう少しで日が暮れる。土手に登って西の空を見た。白と土色を混ぜたような雲がところどころに浮かんではいるものの、西に沈もうとしている太陽は、はっきり、しっかり沈んでいくのが見えた。

あのときと同じだ。

そろそろ夕御飯の時間なんだろう。どこからともなく、カレーの匂いとか、煮つけものの匂いが風に乗って匂ってきた。私は空腹を覚えながら、その土手を駅に向かって歩いた。私とは反対に買い物返りの女性、幼稚園児と手をつなぐ母親、ワンパク男児のグループが家路を急ぐ。

あのときと同じだ。西に沈む太陽はあのときと同じだ。子ども心にちょっぴり悲しい夕暮れはあのときと同じだ。

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変わらない風景 [生活]

2019.7.4


こんにちは。

パソコンの日付が西暦から令和に代わっているのはびっくりだ。

いつも右下の数字を見ながら打っているのだが、いつもは2019と多分、昨日まではなっていたと思う。しかし、今日は「01/07/04」となっている。困ったもんだ。私は西暦派だから、ちょっと困るな。

バージョンアップもそうだけど、度々勝手に変更されていく。私はそれにいつも翻弄される。

XPのときもそうだった。ある朝、急に画面が変更されていて、「えっ!この画面、どう開くんだ」と大騒ぎをした。Windows7に変更されていて、リムーバブル関係が対応されていないと結構面倒くさい。やっとこ仕事を打ち終え、プリントアウトしようとしたらプリンターが動かないとか・・・・。どうせ勝手に変更するなら、ちゃんと責任を持てよと言いたいのだが、言う相手の電話番号がなかなか見つからない。Microsoftも優秀だからテレフォンナンバーなんか最下位くらいのところにあるから、途中で時間切れになる。メールで言い立てても向こうはチンプンカンプンなことを言ってくるというか、オートリターンメールのお決まり文句しか言ってこない。最悪だ。

そんなWindows7の終了も近い。仕事が一段落したらとりかからないといけない。年末になる前にやらないと大変なことになりそうだ。相変わらずやることはいっぱいあるのに時間はいつも足りないのは誰もが同じこと。

ご老人の私としては、だんだんとハードルが高くなる。でも、負けてたまるかと思うぞよ。

「変わらない風景」のことを書こうと思ったが、またまた別の内容になってしまったので、また次回。

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みんなが持っている思い [生活]

2019.6.30


こんばんは。

今日は家人が旅行に出かけているので、私一人で留守番だ。仕事をしなければいけなかったが

愚息ファミリーが来たおかげ?ということを理由に仕事をしていない。お互い夫婦は律して生活しているのがよくわかる。一人だと私は仕事がおろそかに、家人は料理がおろそかになる。独りで生活していくことは本当にむずかしいとつくづく思う。

 

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SNS、ユーチューブ、インスタグラムで自分の思い、行動をアップすることは自己顕示欲以外の何者でもない。これは老若男女誰でも心の底に持っているものだ。別に悪いことはない。しかし、それの度を過ぎると周りに迷惑を及ぼす。短絡的という言葉が当たっているとは思わないが、自分の存在を周り知らしめる最短コースだ。そこには、少しのアイディアと努力があれば済むことだ。

しかし、それは一瞬で終わり、終わった後何かが残るかというと、そんなことは何もない。それで食べていける人間もいるらしいが、それが一生続けられることはすばらしく、それは特技であろう。そんな努力が実を結ぶのはわずか一握りに違いない。

成功(この場合はみんなに注目されること)の近道には違いないが、成功の果実を得るのも一瞬で人生の長さからいったら米粒のようなものだ。やはり、コツコツと自分を振り返り、コツコツと先を見据えて、自分の道を決めることが、自分の一生に値する道が見つけられる。

仮にユーチューブにアップして1万回再生回数を数えたとしても、それは瞬きのごとく一瞬に過ぎない。若い時だからできる、若い時にしかできない一瞬の幻、一瞬の出来事だと達観して物事を見るべきだと思うが、どうだろう。

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不審メール [生活]

2019.6.19


こんにちは。

メールを開いてびっくりした。

こんなメールが来ていた。危うく開いてしまうところだった。

 

「以下の宛先へのメールは、エラーが発生したため送信できませんでした。

 

※本メールはau one netのメールシステムより配信しております。

 このメールには直接返信いただけません。

 

<以下、エラー理由>

 

Reason: Remote host is not responding. 

 

これが200近くも着信していたから気がついたものの、家人に聞いたところ

メールはどこにも送っていないとのこと。私も送ってはいない。

通常、メールを送り、アドレスが違っていたりしたらリターンメールとなってしまうものと同じ形態をしている。メールを多用している方は要注意だ。

 

もちろん、AUに問い合わせをしたが、当然、これは詐欺メールだと思う。

(最後にアドレスが書かれていたが、これを見た方がうっかりクリックをしてしまうと困るので、アドレスは削除した。)


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ドキュメンタリー番組 [生活]

2019.6.15


こんにちは。

2日間もさぼってしまった。仕事の納期が迫っていたのと睡眠の時間を少しずらす癖を付ける

ため、遅く起きるようにしたため、終わるものも終わらないことになってしまった。

・・・・・・と自分に言い聞かせる。

人にはそれぞれルーティンがあるわけで、イチロー選手ではないけれど、一日の始まりは大体いつも同じパターンになっているはず・・・・・・だと思う。それは無意識であるがゆえ凡人にでもできることだが、意識してそれをやり続けることは大変な努力が必要だということは想像に固くない。

私の朝は水をコップに2杯のみ、ドリップで珈琲を入れ、昨日の朝夕刊を見、昨日の日記を付ける。

昨日が今日、今日が一昨日になることもあるが、大方そのようなパターンだ。

先日、それに1つの作業を加えた。それがどれぐらい続けられるかを試してみようと思った次第。

大したことではない。珈琲を20㏄落とした後、1分間蒸らしの時間を入れるわけだが、その間、その1分間で40回スクワットをやることにした。一日のうちにたった1分間のスクワットだが、それが毎日忘れずに続けることは並大抵の努力ではできない。若い方にとっては、「またまた年寄りの独り言」と笑われてしまいそうだが、継続は力なりではないけれど、それは若い方にも大いに当てはまる。1日たった1分であっても、1年間続ければ365回となり、2年続ければ当然730回となる。それがもっと為になることであれば、もっと力と勇気をもらうことになる。それは英単語であったり、英語の短文、常用語でもいいかもしれない。それを365文書覚えれば、かなりの会話力であり、リスニング力になる。凡人はただただ、それが続けられないだけなのだ。その努力を秀才と天才はしている。どこかでしている。人の見ていないところでしている。そして、それをすることは苦ではない。苦でないから続けられる。凡人の私にとっては、それが苦であったから続けられなかったし、続けられなかったから身につかなかった。

ただそれだけ。ただそれだけの違いだということに、若い渦中にいる人は気がつかない。秀才にとっても天才にとっても、そして凡人にとっても同じ時間を生き、同じ時間を過ごす。ちょっとしたことの工夫の積み重ねで生き方が大きく変わり、考え方が変わる。そして人生そのものが大きく変わっていく。

世の中、いろんなことが多く、その情報そのものが多過ぎて潰れそうになるが、しっかりと自分を見失ってはいけない。小さな積み重ねが実を結ぶ。それが僕の人生であり、君の人生。

だから、各々の小さな目標に向かって続ける勇気と努力をし続ける。

きっといいことがある。

きっといいことがある。

表題の「ドキュメンタリー番組」を書きたかったのが、また後日。

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川村美術館に行ってまいりました [生活]

2019.6.9


こんばんは。

寒くなってきた。家人は寒がりなので床暖を入れたり、ガスストーブを付けたり忙しい。

風呂上がりに、これを打っているが、確かに足元がスウスウする。


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いつもは母の介護と私たちとのおしゃべりと父の墓参りがコースとなっている姉だったが、今回は母が亡くなり、墓参りだけとなり、ちょっと手持ち無沙汰となったので川村美術館に行ってきた。久々の入館であったが、当時の記憶とは違って、予想以上に大きく感じられた。これは皆皆大日本インキの会社と川村財団の努力の賜物であろうか。レンブラント、モネ、シャガール、ピカソ、ルノアールなどなど、内容は結構盛りだくさん。一回りするのに2時間近くかかってしまった。

DSC_1936.JPG

美術館の内容もさることながら、よりそのグレードを上げたのは、この庭園だ。その広大な庭園は芝生の手入れも行き届いていて、ご覧のとおりだ。














DSC_1936.JPG人間の目というものは、遠くを見ると遠近感がちょっとぼけたりするが、この景色を見ているとそうなってしまい。何度も目玉のピントを調整せざるを得ないこととなった。


右手隅に小さく見える白いものは白鳥(噴水の左側にも一匹見える)が見え、ほかにもアヒルがよちよち手前の芝を歩いていた。










DSC_1938.JPGここなどは、もうピクニックに絶好。入園料は千二、三百円だが、ゆっくり家族連れで訪れるのには楽しい場所だ。

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恐るべしサンマルク [生活]

2019.6.9


こんばんは。

昨日、庭木を切っていたら、切れ端が目に飛び込みそうになった。反射的に目はつぶったが、瞼の上えから枝に勢いよくビンタされた感じ。夜になり、痛めたほうの目を動かすと痛みが出てきた。恐る恐る目薬をしたら、それが染みた、沁みた。若干のゴロゴロした痛みと目薬の沁み具合。これはまずいと思い早めも就寝。これから枝を着るにもゴーグルは欠かせそうもない。


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先日、墓参りのとき、帰りがけにサンマルクカフェに寄った。いつもはほとんどスタバに行くのだけれど、行きの墓参りの道順を変えたのがきっかけで、サンマルクに出会った次第。

珈琲と何となく甘いものが食べたくて

DSC_1935.JPG





⇦・・・⇦・・・⇦・・・こちらを注文。





年をとると、こんなものでも「糖尿病」というフレーズが頭をよぎる。

別に糖尿病のお世話になっているわけではないけど、それが気になるお年ごろということだ。

若いころは、「それが気になるお年ごろ」は対象が別で、少し甘酸っぱい気持ちになったものだが、今はそんなことは全くないことに年を感じるね。

加えて驚いたことに平日の午後だというのに店内は8割方入店。そして6割は後期高齢者ふうの方々ばかり。そうか、今の高齢者はこういうところで時間をつぶしているわけだ。

一応、抗っておくと、私はまだその仲間ではない。あと2545日足りない。

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年金基金の解散に思うこと [生活]

2019.6.9


こんにちは。

昨日姉が墓参りに来た。相変わらず女という生き物はよくしゃべる。しゃべり過ぎだ。

どうでもいいことをよくしゃべる。我が家人は、ほどほどの人でよかった。姉のようにしゃべる人間であったらイライラしてしまう。必要な話ならいいが、彼女の友人の子どもや旦那の話を延々とされても興味のない話だから、ついていけない。身内だから余計、相槌などを打つつもりもない。

しゃべることは老人にとって必要なことではあるけど・・・・。


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私が会社員だったころ年金基金というものがあったが、このところの少子化の影響で、その基金の維持が困難になり、解散と相成った。大分以前から言われていたことなので、十分にわかってはいたことだが、その影響は計り知れない。最近の現役世代は、その基金は多分ないんだろう。もらっていたものが減るということではないから感覚的には問題はない。私も厚生年金を40年も払っていれば、結構響いたかもしれないが、15~6年だから額は知れている。

解散に当たって、その額が決定され、それを20年でもらうか、10年でもらうか、5年でもらうか、一括でもらうか選べという通知が来た。総額は決まっている。多少運用をして利息も得られると書いてあったが、そんなものは当てにはできないことは十分承知しているし、この先どれほど生きられるか計算はできないし、自分が次の世界に逝ってしまったとき、残された家族が請求をしなければ雲散霧消となる。

ということで一括でいただくことにした。とはいっても微々たるもの、小旅行を1~2回すれば、それで終わりだ。


解散に伴う再計算とかで、5月分の年金は無支給となった。その通知はなく、私と同じ条件にした方たちは一瞬面食らったと思う。幸いにして、私はまだ年金中心の生活ではないので、1か月ほど経過して、それに気がつき問い合わせたら、6月から再計算をして、支払いますと涼しい声で言われてしまった。


政治政策の無策の連続が今に至っていることは確か。多子化に向かえば、社会保障費も上がらずに、消費税も上がらずに、シャッター通りも、空き家問題も、経済の衰退すべてが好循環し始めるだろうに思うのだが、その絶妙な政策を出す政治家は、今はまだあらわれない。

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鉄は熱いうちに [生活]

2019.6.5


こんばんは。

少し蒸す。夏はだんだんと迫ってくる。竜巻、旋風、雷雨・・・・・そしてゲリラ豪雨。

まだ夏は序盤戦。今日は全国的に雷雨が激しくなるとの予報だが、まだその徴候はないと言って安心はできない。そういえば地震がピンポイント的にいいところで起こっている。鳥島、千葉県北東部、茨城県、千葉県南部。5月25日から6月4日までの間に4回。これはみんな震度4以上。(震度5もあった)震度3を入れるとプラス6回となる。埼玉、大坂、宮崎と点を線で結ぶと結構ずるりと落ちていくような・・・・。地震保険も上がるのも、それを見越してのことか??


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我が年金、真面目に会社員で働いていなかったから、一生厚生年金を払い続けた人と比べると味噌くそに少ない。それが今回、厚生年金基金が解散してしまったものだから、また再計算とか言ってきて、その通知が今日来た。もっと目減りしている。約1割減。

江戸っ子は宵越しの金は持たねえ~~~と言って強がりたいね。だけど、三代続いていないから東京生まれだけど、江戸っ子ではないし、気っぷは当然よくないし、やはり宵越しのお金は持ちたいし・・・・・・・ね。

若い人はどう思っているんだろう。年金なんか払ったって、もらうお金は少ないとか言って、「宵越しのお金」と同意的に片腕捲くってしまう人が多いらしいけど、それは早合点というもの。今若者は何者も怖くはないだろうし、なんだってやれると思っているし、腰が痛いだとか、足が痛いだとかも全然ないからわからない。

しかし、若者のあなたもいずれ60歳になる。あなたのお父さん、お母さんはキビキビ動いて、働いて若いときよりも元気一杯だという方はいるだろうか。それはいない。全くいない。この私でも自信をもって言えることだ。

みんな老いる。間違いなく老いる。年々若そうに見えて、年寄り染みている人は少なくなっているけど、やはり、60歳は60歳の身体であり、70歳は70歳の気力であり、体力だ。

私などペットボトルが開けられないことがあって嫁に開けてもらったことが1回だけあった。まだ1回だけだが、いずれ、その回数は減りはせずとも、確実に増えていくだろう。

つまり、若いあなたもいずれは働けなくなるということ。だから、若いときは遮二無二働いて、大いに稼がないといけない。親の年金で飯を食っている輩などはとんでもない間違いを侵しているということだ。20歳での過ちはまだ修正可能。30歳になるとちょっと勇気が必要になり、社会もちょっと嫌な顔をする。40歳になると、それはもっと過酷となり、自分も他人も遠ざかっていくのがよくわかるようになる。50歳になったら、60歳になったら・・・・・。それはもう想像を絶することになる。

だから、そうならないよう早めに世の中に出る必要があると思うべきだ。五体満足なら、何を臆するところがあろうか。自分が稼いで自分で使うことの快感を思い出せ。世の中は君の気力と体力と知恵を待っている。生きて来たからには、何か意味があるはず。その意味を探すには、世の中と接することで、それを見出すことができる。一人暗い部屋でコツコツ生活を繰り返していては何を見出せようか。世の中とつながることで自分の存在意義が見つかる。きっとまだ間に合う。

僕はそう思う。僕はそう信じている。

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行ってきました--四日市 [生活]

2019.6.3


こんばんは。

行ってまいりました四日市。

K・Oのコンサートは今回も盛況でありました。

四日市と言えばコンビナートがあることぐらいの知識の私。今回、旅館とか、四日市ドームへの道順とかいろいろと調べていくと、かなり田舎であることがわかってきた。いつも大体辺鄙なところが得意のK・Oコンサートだから、取り立てて驚くこともないが、それにしても今回は何もない・・・・これは地図を見ていると自ずからわかることだけど、久々寂しい街だという印象。具体的に何がというところまでは読み切れないが、名古屋のガイシホール?博多のマリンメッセ?埼玉アリーナ、福島県民ホール?新潟?宮城?岩手?どこよりもダントツに寂しい。理由はないが、どことなく、どことなく・・・・・。

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ご覧のとおり、駅構内はぺんぺん草。

























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これがJR四日市駅の中心部分。














名古屋から関西鉄道に乗り継いで四日市へ。コンサート会場へはここから4キロ。歩いて1時間弱。

駅に立つとローターリーが見える。しかし、タクシーはいない。止まっているのは個人の自家用車。それも2台きり。ほかにバス停があるようだが、なぜかバスはいない。高いビルは4階ぐらいまで。高層マンションが2~3棟遠くに点在。結構新しい。ロータリーは100m×100mぐらいあるが、車は3台。正面に道路が真っ直ぐ伸びている。真ん中には中央分離帯。新緑できれいな木々が育っている。遠目に見ても10mはある分離帯。しかも道路は片側3車線。つまり6車線プラス中央分離帯10m。道路を横切ろうとすると約4~50mはあることになる。スゴイ!おったまげだ。

四日市はJRと近鉄の駅が両側にある。その距離は1.5キロ。JRがこれだけ廃れているのだが「近鉄側はそうでもないはず」と家人の自信あるお言葉。たった1.5キロしか離れていないのに、それはないと思ったが、そのお楽しみは翌朝にとっておくことにした。

ということで、今回はシャトルバスも乗らず、ただただ歩くことに決定。辺鄙であるが故に、乗り物が場所、時間的にいいのが全くないのだ。だから地元の方はほとんどの方が自家用車が来たらしく、道路は大渋滞。私たち歩き組みとほぼ同じ速度で会場に到着したので大正解。それに妙に値段が高い。シャトルは往復を買わされるのだが1500円と言っていた。ちょっとぼり過ぎ。

コンサート開始まで時間がたっぷりあったので、早めの夕食を食べに行くことにした。ここいらでは有名らしい干物を焼いて出すお店が海っぷちにあるとのことなので、そこで食べることにした。行った時間は14時だったので、そろそろラッシュのピークは過ぎたのかと思ったが、20人以上は座れずに列をなして待っていた。食べる食べないの選択の余地は我々にはなく、仕方なくじっと待つしかないので注文だけ先にした。食堂のおばちゃんが1時間ぐらいはかかるよと言われたけれど、「いいですよ。待ちますよ」と返事をしておいた。ここの注文の仕方は斬新で、籠に干物を自分で入れて、「これで定食をお願い」と言うとつくってくれる段取りらしい。並んでいる人たちを見ると家族連れ、若いアベック、トラックの運転手。駐車場の車ナンバーを見ると三重、三河、大坂、和歌山と多彩。結構人気があるんだと思って私たちも期待を胸に並んでいた。1時間並んだあたりでようやく席に着くことができた。「これでやっと食べられるね」。

ようやく店の状態がわかってきた私たちは、あっちを見てキョロキョロ、こっちを見てキョロキョロ。よく見ると座っているテーブルのほとんどに料理が出ていないことに気付いた。それに出ていたとしても、2人に対して一人分しか料理が出ていないテーブルがほとんどあった。そういえば、並び始めのころ、私たちが注文方法もわからないとき、目の前に座っていたアベックの料理が、どういうわけか1つだったことを思い出した。「ヘェ~、この辺は二人で1人前を食べるんだ」と妙な納得をして見ていたが、そうではなかった。・・・・・・・・・・・・・・「そうか、2人前頼んでも1人前しか出てこないんだ」。これは大変な店に来ちまったワイ。

業界用語で言えば、こういう営業状態のことを「パンクしている」と言うんです。

確かにパンクをしている。厨房はと見ると、自分たちが並び始めたころ作業をしているおばちゃんが4人から8人になった。「よっしゃ~~、これで料理が出る」。しかし、しばらくするとそのおばちゃんたちは後から来た4人にメンバーが代わった。つまり、早番と遅番が入れ代わった。今までやっていたメンバーのときは、遅いなりにも料理は出ていた。しかし、遅番になってからは、トント料理が出ない。出てきてもてんでバラバラ状態になってしまった。4人いても料理を出す人は1人だけで、あとは何もしないのか、できないのか。洗い場はきれいに片づいていて、洗い場の人は暇そう。しかし、料理は出てこない。チームワークが悪いのは最悪だ。

都合、我々の料理が出てきたのは、その後40分を経過してから。トータルで1時間40分も料理を待たされたことになった。周りのお客さんも同様で、みんなよく我慢をしていたと感心。一人だけ「おれはもう3時間も待たされているんだけど、どうなっているの?」といたが、60代のおばちゃん相手だから、早々言葉も荒らげられない。3時間もユメユメオーバーではないかもしれない。我々は先の予定が詰まっていたのと、ほかに行く当てもない。車もないわけで、じっと料理が来るのを待つのみ。

壁にはいっぱい芸能人らしき人たちのサイン色紙が張ってあって、人気店なんだろう。

コンサート会場とは、かなり距離があるので、K・Oコンサートの余波は関係はないと思うけど、出てきた料理もうまいものではなかったので、「あの日、あの時」いた人たちは、当分の間、あの店は行かないだろう。お客さんも時間がたっぷりあったせいか、アンケート用紙入ボックスにはアンケートがいっぱい入れられていた。きっと、おばさんに言えなかった文句がたくさん書いてあるんだろうと思った次第。

そんなとんでもないけど、おもしろい体験をした四日市。ジパングを使ったので、3割引プラス往復割引、横浜県内で2回途中下車。菊名で友人の展示会で蕎麦ちょこを購入。横浜駅でジェラードを食べ帰ってきた。もちろん、往復割引なので、途中下車での出費も少しで済んだ。

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さあ、行くよ。最期だ。 [生活]

2018.6.1


こんにちは。

早いですね。6月です。煩悩の多い私は周りのことに目と足と時間を奪われ何も事を起こすことができず180日が過ぎてしまった。こんな馬鹿みたいに考えないでも生きていけるけど、川崎事件の犯人のように、周りを責めぬいて生きていくよりかは少しはマシかな。「monster」という映画を見たが、彼はあの主人公と同じような感覚だったんだろうなと思うと妙に納得してしまった。あの怒りを暗に求めず、明に求めればよかったのに。


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明日、K・Oのコンサートに行ってくる。私たちにとっては最期のコンサート。

関東近隣はほとんど当たらないので、遠く・遠く遠方だ。身体もお財布も悲鳴を上げているし、ここらでジ・エンドとするしかない。関東近県で当たれば行くと思うけど、ダフ屋がはびこっているからね。これを取り締まらないとファンクラブに入っていても意味を成さなくなってきた。いろいろと規制をかけます(例えば、会員資格剥奪とか)と言っているけど、やり切れていない感じ。

 

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昨日、来るべきはずの宅急便、前の住所に行っていたものだから、やっとこ捕まえて、無理を言って配達してもらった。一応、現役を退きつつあるけど、仕事は仕事だから、きっちり、しっかりやらなければいけない。

自分にとってはサラリーマンを2社、自営業に移って25~6年。自営に移ったものの、当然直ぐに一人前にはできないから、2~3年は引きこもってブラインドタッチの練習なんかをしていた。男が平日家にいると白い目で見られていた当時、夕食の買い物に行くのにも結構勇気が必要だったことを思い出す。我が人生、決して順風ではなかったし、いつ、くじけてしまうかもわからない状態で、家人も頑張って私の進化をじっと我慢して見守ってくれていた。家のローン、子どもの受験期、進学時期だったので、おいそれとはドロップアウトはできない事情もあったので、結構真面目に一人前を目指して必死だった。


「継続は力なり」を絵に描いたような彼の歌には、飾りがないだけ、真実がより伝わってくる。

彼の生きざまを凝視つつ、少しだけ彼に近づけたら・・・・・・・・・と願い行ってくる。

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見に行かない運動会 [生活]

2019.5.25


こんばんは。

今日は愚息の子どもの運動会があったので、1歳児のお守りをしに愚息宅に行ってきた。

私は現役時代、一度も運動会なるものを見に行ったことがない。「ない」というとさも偉そうに聞こえるが、現実はそんなことではない。当時、私は転職したばかりで、「あいつは早々やめるだろう」、「あいつはまだいるの?」、「いつやめるの?」という噂は絶えず飛び交っていたらしく、かなり重症な転職者であったらしい。そういう自分の成長度合いは一番自分自身わかっていたので、当時の自分は必死であって、明日をも知れぬ立場であったので、「子どもの運動会なので休ませてください」など、そんな戯言を言う余裕も立場でもなかった。ということで一度も運動会には参加したことがない。全くお恥ずかしい話だ。

孫の運動会があった場合、普通は見に行きたいと思うそうだが、私たち夫婦は一切その興味がない。だから、今回のように頼まれれば行くが、そうではなければ行かないのが常だ。それに「行く」といっても、3人目(1歳児)の子守に行くだけで小学校の運動場には足は踏み入れない。変わっていると言えば変わっているが、それが全く私たちには楽ちんであるからしょうがない。

それにこの暑さの中、なんでかんかん照りの運動場に5時間も6時間もいなければならないのかと思ってしまうから変人と言われれば変人かもしれない。

孫が運動会で走り回っている間、愚息宅の庭木を切ったり、バラに薬を蒔いたり、夕食の支度をしたり、それに孫のウンチ交換とか、食事の世話などで結構忙しくしてきた。夕食も支度はするが一緒には極力食べず早々に帰宅してきた。理由は特にないのだが、用事が済めばいち早く自宅に帰って、のんびりと食事をし、お茶を飲み、いろいろと二人でくっちゃべることが一番体には癒しとなる。ただ、それだけ。若夫婦も私たちがいることは、やはり窮屈な空間となるだろうから、お互い用事が済んだら、なるべく早く離れるに越したことはないと思っている。

しかし、今日の5時起き、弁当づくり、6時出発はかなりハードであった。

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行ってまいりました。 [生活]

2019.5.24


こんにちは。

暑い日々が続きます。列島を大雨が通り過ぎ、朝夕は長袖が必要だけど、日中は激暑。あなたの街もきっと激暑。私の千葉の街も激暑。まだ5月なのにね。


22日だから一昨日の話。K.Oのコンサートに行ってまいりました。場所は福岡の博多。

博多と言えば藤圭子を思い出すお年ごろの私としては、「京都から~~♪博多まで~~~♪」と新幹線の中で口ずさむ。若い方には全く何を言っているんだこのオヤジだろうが、こんなエピソードを書くとガテンがいくはず。それは・・・・・

藤圭子は元歌手。クールファイブの前川清(この辺もわからないかもしれないね)と結婚し、直ぐに離婚。そして、再婚・出産し、あの有名な歌手の母となった。

それは宇多田光。「ヒカル」のほうが一般的か。二世歌手ながら俄然うまいのはご存じのとおり。藤圭子の晩年は飛び下り自殺をし、通夜もせず直葬された。歌手を引退後はカジノで大負けしたり、空港で大金を持っていて問題を起こしたり、残念な最期だったけど、何しろ歌はうまかった。そんなメロディーを思い出しながらK.Oコンサートに行ってまいったのです。

以前、2回ほど期待を裏切るような仕上がりだったので、今回も九州くんだりまで行って不出来だったらどうしようという不安と期待を抱かせたまま、ご本人登場。

今回もほとんど喋りはなく。途中休憩が入り「ご当地紀行」という彼が公演地をあちこち見て回り大爆笑を誘うビデオを挟む以外、淡々と歌を歌って3時間が経過したところで終了。題名は「encore encore」で前回の追加公演という主旨だったけど、内容は彼なりの工夫がされていて、新曲がない分、内容変更で勝負しておりました。特によかったのは「my home town」。かれこれ二十五、六年前の曲。いつも若干のアレンジだったけど、今回はフルコーラスをアレンジしていて、オーケストラをバックに従えても十分耐え得るような曲になっていた。これは博多まで来た甲斐があったというもの。


我々高齢になるとJRでジパングという割引制度があって結構安く行ける。3割引きは当たり前、往復切符にすればもっと安くなるカモと思い、みどりの窓口嬢に聞くと・・・・。

私「これ往復で買うともう少し安くなんですかね」

お嬢「はい。2割引です。」

私「えっ!3割以外に2割引き??」

お嬢「そうです。」

私「げっっっっ!」

お嬢「往復にしますか?」

私「いや、これから帰るところだから往復はね・・・。ちなみに有効期間は?」

お嬢「この距離ですと14日はありますね。」

私「そうか。それは残念。今度東京から来るときは絶対に往復にしますね」

お嬢「よろしくお願いします」

ということで、いつもバタバタで早朝の窓口でアタフタと買うものだから、結構安く買うチャンスを逃していそうな気がしてきた。このジジイ、飛行機で行けばいいじゃんと言われそうだけど、かなり重度な飛行機嫌いな者にとっては、あの重い金属塊が飛んでいくことに理解不能、意味不明、奇怪現象的な思いが強く、御巣鷹山のことを思い出すと絶対に乗れないと思ってしまう次第。馬鹿は死ななきゃ直らないとは、この俺かもしれない。

そんな思いをしながら、東京から博多、そして博多から東京にと戻ってきた。こうして何事もなくブログを書いていられるのだから、よしとしなければね。また来月の2日には四日市に行ってくる。

これが最期かもしれないけどね。老体には電車に乗るのも結構キツクなってきたからね。

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原風景と最期の晩餐 [生活]

2019.5.17


こんにちは。

今の季節、直射日光はかなり暑く、外回りの人たちは既に辟易している違いない。

これは確実にオゾンが減少しているから仕方がないことだが、こんなことは40年前にはあり得ないことだった。

今も後ろからの太陽が後頭部から首後ろにかけてジリジリと容赦なく当たってきた。その太陽光は心地よいというには程遠く、ヒリヒリと痛みを伴うものであった。愚鈍な老人が海水浴に行ったのはもう遠い過去の話だが、当時1時間は砂浜に寝ころんでいるのが普通で「やっと少し焼けた」とか、「おまえのほうが焼けたな」と競っていたものだが、今、砂浜に寝ころんでいたら、火傷を負ってひとたまりもないだろう。

人には皆ふるさとがある。「帰ってみたいふるさと」もあれば、「絶対に帰りたくないふるさと」もある。

自分にも当然ふるさとはあるのだが、東京の下町で生まれた私にとっては、そのふるさとは決して安らげる場所ではない。だから、どちらかというと「帰りたくないふるさと」となる。両親が世話になっている寺がその下町にあることもあり、年に何回かは行くのだが、その様変わり用は大変なもので、小学校、中学校と通っていた学校は残ってはいるものの、私の住んでいた空襲で焼け残った3階建てのボロアパート(原宿の同潤会アパートと同期)も既になく、眼前にはスカイツリーがそびえ建っている。直線では3キロぐらい離れているのだが、これだけ高い建物(634m)が目の前にあると安らぐどころか、ウルトラマンとかゴジラにでも睨まれているようで少しも安堵しない。

人間、最期は心の原風景を求めるというが、自分にとって心の原風景はどこなんだろうと思う。探そうとすること自体、既にペケだろう。これは問われれば速攻答えられるのが普通だろう。そんな風景を持っている人はうらやましい。強いて上げれば、学生村のあった長野だろうか。ふるさとではないのはちょっと悲しい。

先日、家人と「最期の晩餐」は何が食べたいかという話になった。しかし、本当の最期だと自覚できれば幸せだが、私のような欲深い人間は、これが最期だとは、きっとわからないんだろう。それはそれで幸せと言えば幸せかもしれぬ。

私の最期の晩餐は、「あけぼの」か「伊勢屋」のお稲荷さん、コンビニではない「糸昆布の具のおにぎり」、「梅干しのおにぎり」、そして「サバラン」が食べたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やはりかなり強欲だ。

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速く打つとは速く打つにあらず [生活]

2019.5.13


こんばんは。

今、風呂から上がったが、少し体が温まりにくかった。それだけ気温は低いのかもしれない。

最近、ブラインドタッチで打たなかったものだから、少し打つのが遅い気がしていた。やはり手元を見て打つ打ち方は最終的には早くは打てないということになる。

長々と打つことがないと他人との速度に対する劣等感を体感することもない。

運悪く、私はその速度で技量を測られる仕事についていたものだから、おいそれとブラインドタッチをあきらめるわけにはいかない事情があった。

A4用紙30行の1200字ぐらいならば、余り優劣がつくこともないが、それを10枚、20枚・・・100枚と打ち続けるとかなりの差が出てくることになる。 一般的には論文、卒論の類であろうか。新聞記事もそうかもしれない。私の生業というと、後者のほうの100枚近くかそれ以上だったので、手元を見ないで打っている隣席の者と比べると、1時間、2時間の違いが出てきてしまうこともままあった。流石に1時間の差を付けられるとかなり凹む。自分にはこの仕事は向いていないんじゃないかとか、早く打ち続けることは天性のものなので、そう簡単に克服はできないのではないかと考えつつ打つものだから、なおのことそのスピードは遅くなってしまった。

よくよくその差を考えてみると、こういう結論に達した。

それはゆっくりでもキーボードを見ずに打つ。これしかないことに気がついた。

誤打をすると【次の作業】が加わり、訂正をし終わった後で、やっとこと次の文字を打つことになる。

【次の作業】とは「日本経済」を例えにすると・・・・。

「日本経済」⇒「日本ケイサイ」(誤打)⇒「ケイサイ」(削除の為、4回スキッフか削除キー1回)⇒「経済」(打直し)の作業が繰り返される。つまり、誤打をすると11回打って打ち直しが終了するが、誤打をしなければ5回打つだけだ。

「ケイザイ」を打つ作業で11回打つか5回打つかの違いが出てくる。それを40字ごとに1回誤打をしたとするなら、1ページ゙40字×30行の用紙の場合、30回誤打をすることとなり、1回につき6回多く打ったとして、30×6=180回多く打つ計算となる。A4判1ページに180回多く打つ。10枚打てば1800回、100枚打てば18000回となる。キーボードをそれだけたたくわけだから、当然、1時間ぐらいの差は出てくる。

そんな誤打をするわけはないとお思いだろうが、自分で自分をよく観察してみるとよくわかる。40字を打ち間違いなくスラスラとどれだけ打てるだろうか。1回はできたとしても、その次はどうだろう。そして、その次は・・・・。

最終的に私がたどり着いた結論は、ゆっくり間違いなく打ち続けることと、速いタッチで1行に必ず1回誤打を繰り返すのとでは、ゆっくりかんで含んで言葉を口の中に落とし込んで指先につなげていく打ち方が一番速いということだ。これは意外だが、間違いない。

キーボードの速さなど関心のない方には詰まらぬ記事となった。

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半年を振り返ろう・・・・かい [生活]

2019.5.11

こんばんは。

今日もあっという間に終わった。前家のバラの管理をし、今の家のバラの管理をし、一日が終わってしまった。

若い現役世代はいい気分転換ということになるが、2割現役にとっては残りの8割は自由裁量であるわけで、いいのか悪いのか、休みのありがたさが希薄になっていることは確かだ。


噴霧器がついた壊れた。圧水式というのか、希釈された農薬が入ったボトル内に圧をかけ、その勢いでホースから噴霧するというもの。管の詰まりは針金を通し、ドロドロになった管内をきれいに掃除した。噴霧される先端のノズルも分解して掃除をした。噴霧器スイッチもホースの水圧で管内の詰まりはなくなった。しかし、うまく噴霧できない。できてもきれいに噴水状に農薬が散布が続かない。一旦スイッチを切って、再度オンすると一瞬きれいに噴霧されるが、やはり続かない----以前は、これであきらめ新しいものを購入していたが、最近はしつこく探求することにしている。というのも噴霧器本体は、かなり頑丈な硬質プラスチック性。これをゴミとして出すのはかなり心苦しい。プカプカ海に浮かぶゴミとは考えたくないが、それに近い状態でどこかに放置されることは明らか。じゃ、もう少し利用できる方法を考えないといけない。ゴミにしてはいけないと思ってしまう。そういえば、噴霧器のスイッチより手前までは勢いよく農薬は出ていたのを確認した。ということは、この先が問題だ。それを交換すればまだまだ使えるかもしれない---待てばいいという話だが、待っていては仕事にならない。引越したバラはまだ発育も遅く、弱々しい新葉っぱに薬がかかっては発育には逆効果になるので、噴霧器の登場には相成らない。ちょうどいいと言えばちょうどいいのだが、やはり、盛夏には散布が必要となるので、買い求めるしかないようだ。以前、取り壊した実家に噴霧器があったが、それは処分してしまった。ひょっとしたらまだまだ活躍ができたかもしれないと思うとちょっと悔しい。こういう「あのときとっておけばよかった~~~」という気持ちが断舎離を阻む前触れとなる。


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相変わらず、グダグダと詰まらぬ話を書いている。


そろそろ1年の半分が終わる。早いと言えば早いが、時はそれ以上に早いから、反省会ぐらい早くやっておいたほうがいいに決まっている。

1月・・・・12月に引越、1月・お正月、掃除・定位置決め・テレビ・インターネット等々、体が新しい家に慣れない。

2月・・・・母亡くなり、葬儀・納骨・挨拶・御礼・・・で終了。ハウスメーカーと最終的な詰め。覚書等を交わす。外溝工事、ようやく終了。バラ移植。

3月・・・・仕事・・・仕事・・・仕事・・・で終了。

4月・・・・仕事を終了。バラ施肥。ようやく定着??

5月・・・ゴールデンウィーク。2家族来襲。2週間近くてんやわんや。風邪。連休後半から昨日まで微熱・咳。

大したことはやっていないことに驚く。年初、新年の目標を掲げたが、全くほど遠い生活に終始。


日常の生活に振り回せされるのが人間だ。その中で、どう自分のやるべき道しるべを見失わないかということに尽きるのだろう。若い世代はまだ時間がある・・・・かもしれない。老人には全くそれがない。いつ病に倒れるやも知れぬわけで、やはり、その切迫感は若い時分の自分を思い返しても雲泥の差がある。

「若いっていいね」と若い人に無責任に声をかけていたが、最近は「若いっていいね」と声をかけるものの、「俺とそんなに先の長さに変わりはないのに・・・」と心密かに思ってしまったりしている嫌なジジイに成り下がっている。

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3日から調子が悪い [生活]

2019.5.7


こんばんは。

この時期、花粉症気味の私は辛い時期だ。今年は真面目に医者に行き、薬を処方してもらったおかげで鼻水も目も喉もほとんど不快な思いをしないで済んでいた。

ところが5月3日の朝、薬を飲んだが効かない。全然効かない。鼻水はズルズル、あの不快な鼻から脳天にかけての詰まり具合。若干、熱っぽくもあるような、家人曰く「花粉の種類が変わったからよ。スギからヒノキになったんじゃない?」。そう言われれば、そういうこともありそうな気がするし、素人の私にはさっぱりわからない。そうこうするうちに、ますます症状は悪化。鼻水は壊れた蛇口のような状態になってきた。ティッシュは幾らあっても足りず、孫や嫁とも話すこともままならず、ただただ鼻をかむばかり。

愚息の一家族が帰り、二家族目が帰った後、やんわりと熱が出、節々も痛くなった。もう何もやる気力も薄れ、ぼんやりと溜まった映画鑑賞を続けていた。病院は当然どこも休み。やっとこと薬箱の隅を突つき3か月前にもらった薬1日分を発見。それを飲みきって5日を終了。6日は薬なしで我慢をし、今日やっと病院に行ってきた。9時にすかさず行ったせいもあり、ゴールデンウィーク明けの割には空いていて、11時には終了。今は1回分を飲み様子を見ているが、あまり芳しくはない。咳が続くのでちょっとだけ辛いな。胸も咳のためか気管が少し熱く感じるような・・・・。

ジジイになると生きていくのも大変だ。

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圏央道の恐怖 [生活]

2019.5.7


こんばんは。

GWもやっと終わった。ニュースを見ていると、確かに長い休みがあったおかげだと言う人もいれば、こんなに長いと困る、生活に困る、やることがないと人生いろいろだから嘆きもいろいろということか。

確かに平日、時給や派遣で働いている人にとっては生活を脅かす。10日間の稼ぎの穴埋めをどこで取り戻そうかと考える。それもあり得る世知辛いご時世だ。

逆にサービス業にお勤めの方は、毎日が戦争状態だったはず。いつ来るかわからない気ままなお客に対して布陣を張らなければならないから経営者も大変な苦労がある。いつもの予想がつく土日、平日であってほしいと思っているに違いない。

今日の株価はトランプさんの一言で300円以上の大暴落。ドル円もマイナス1円以上。のんびりゴールデンウィークと言っていられなかった御仁もおありだと思う。向き合えない状況時にはエントリーしない。これも投資の鉄則だ。運良く益を得た方がいても、それはビギナーズラックに近く、次はないと思ったほうがいい。


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先月末東北道を通って帰ってきたときのこと。「そうだ、圏央道に行こう」ということになった。そろそろ疲れてきたし、白河あたりから筑波方面に行けば、都心に入るより近いし、混まないだろうということになったわけだ。

東北道から圏央道へジャンクションを抜けて「シッパイ!」と家人と声を合わせてしまった。それは以前、常磐道を通ったときのことを思い出したからだ。常磐道は片側一車線で双方向通行、しかも中央分離帯はないのに高速道路という恐怖高速道路であったからだ。

今回、少しだけ安心したのは、中央分離帯ラシキものがあった。「ラシキ」という甚だ心もとないもので、カラーコーン?、バイロン?名前はよくわからないけど、そんなものが上下線の真ん中にポコンと置いてあるだけ。加えてもう少し正確に言うと、道路の真ん中に凹凸物もあったし、ところどころに追い越し車線もあった。しかし、この追い越し車線の終了までに何とか我等遅い車を追い抜きたいと思う輩がいたりするわけで、猛スピードが私たちの横をすり抜けていく。追い越し車線があればあったで、またまた恐怖を味わうことになった。

片側一車線とはいえ、高速道路と名のついた道路になると、流石に我々ものんびりと走るわけにはいかず、ついつい後ろを気遣い走ってしまうことになるのは当然の理。速度規制は70キロ。だから、少しだけおまけを付け90キロで走っていくが、当然、対向車も同じぐらいの速度を出して行き交う。それがずっとずっと無分離帯域状態で瞬間180キロで交差するというディズニーランドも真っ青なアトラクションロードとなった。

やはり、千葉と茨城は高速道路でも迫害され続けるな。

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温泉に入って原発を想う [生活]

こんばんは。

金曜日の夜から東北に行ってまいりました。

高湯温泉というところ。多分、山形県?いや福島県??

もともと大雑把な性分の私は大体いつもこんなもんです。強いて弁解するのであれば、2泊目が山形の奥地に行ったことと、前日の高湯温泉が福島から直ぐだったということもあるかもしれないが、ちょっと位置関係が曖昧でありんす。家人が一緒に行ったということもあり、彼女の地元ということでおんぶに抱っこ感覚であったことも、この原因であると申し添えておきましょう。

地元の強みと地の利を生かして共同浴場に行ってきました。もちろん、泊まるところもあるし、日帰り湯もあるけど、それ相応に高いのでやめたという次第。夕食は地元のおいしいお蕎麦を食べ、ホテルはゴールデンウィーク前日の金曜日ということもあり、なかなかとれないこともあって、ここも割り切ってビジネスホテル泊。

高湯の入浴料は250円。小さい共同浴場で3人分しか洗う場所はない。風呂は10畳ぐらいか。半露天。湯花が混じった「正真正銘源泉かけ流し」が間断なく流れ込んでおり、流れ込み近くは硫黄ガスが混じっているから、流れ込み口付近では、余り嗅ぎ続けることはしないようにという注意書きがあるほど。そのため、屋根は完全に覆うことはせず、半分空が見える。

源泉が入ってくる木製の樋も、源泉が溢れ出ていく岩質の水路もべったり湯花がくっついていて、「源泉かけ流し」などと声高らかにセールストークしている千葉の温浴施設が恥ずかしい。十分温まり、体もツルツルで帰ってきた。入っている人たちは皆地元のおやじたちばかり。言葉はよくわからなかったが、山菜の話とか、桜の話をしていた。特に山菜の話には耳をそばだててしまった。

A「公園の桜ははもう終わったかな?」

B「う~ん、やっと散り始めたところだ。もう少し見られるな」

C「山菜はどうだ?」

A「なみえのほうは?」

B「年寄りは食べるだろうけど、若者はあんまりだな」

私は聞き入ることもなしに聞いていたわけだが、・・・初めはこっちの若者も山菜なんて食べないのだと思っていたが、どうもそうではない。「ナミエ?」だ。

あの浪江のようだ。そうか・・・・・・、そうだよね。妙に納得。

まだまだ原発の爪痕はそこここに残っている。

そんな原発に久々の朗報。対テロ策を講じていない場合は施設延長・再開はしないという記事。どこまでが本気なのは今後の裁判所の出方次第。こういう手があったのだと喝采したいのは私だけではあるまい。

有史以来、プレートとプレートの活動は止まることもなく、確実に今も続いている。2つのプレートのストレスが地震となってあらわれるわけで、いずれ日本は大陸に飲み込まれるのは間違いない。そのとき人間という生き物が残されているのかいないのかは知るよしもないが、原子力という生き物は残っていき、多くの悪さを繰り返していく。人間は自然界に対し謙虚であらねばならないのに、自然界に対し、絶えず対抗し、服従させようとする愚か者だ。あれだけの大きな敗北を期しながら、再び同じ挑戦をし続ける愚か者だ。その愚かさを起動修正させるのが為政者の唯一無二の仕事ではないのか。

東北の山々は新緑の息吹を見せ始めていた。去年の濃緑の葉に新緑の薄緑の葉が混じるこのシーズンは新緑の醍醐味、自然の醍醐味を感じる一瞬だ。この美しい自然を壊す権利は、我々人間は誰一人として与えられてはいない。

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先の先を読む [生活]

2019.4.24


こんばんは。

暇なうちにやるべきことをやっておかなければいけない。昨日は都心の区役所に行って徐票をもらったと書いたが、「あれっ」と思ったことがある。それは値段だ。3通発行してもらったが、幾らだと思う。

以前の相場観だと住民票がたしか300円ぐらいだったと思ったけど・・・・、戸籍謄本は400円ぐらいだったような、定かではないが、戸籍謄本のほうがちょっとだけ高いなと思った記憶がある。

徐票を3通いただいて支払いの準備をする。財布に手を入れる。3通だから、まず1,000円を出し、小銭に目をやった。500円玉が1枚、100円玉が4枚、10円玉が4~5枚、1円玉と5円玉があったので、1通500円として1,500円と予想した。消費税もかかるのかもとも思い。小銭受けに1,000円札を入れて、彼女の声とレシートをしばし待った。「えっ!」と指が確実に止まった。

彼女「2,250円です」

私「・・・・・」(たかっ~~~~イ)

一瞬、3で割ることができなかったが、今、よく考えると750円したことになる。あんな紙ッ切れが750円???と思う。区役所行政のサービスは誰に対してのものなのであろうか。私たち庶民は遊びで職員を煩わしているわけではない。必要に迫られ、行政の請求の元、発行を余儀なくされたわけで、日常生活では全く交差するものではないのだ。もう少し安く庶民に還元すべきではないのか。プリントアウトのボタン一つで発行されるだけの作業で、なぜ、こんな高額を払わなければいけないのか。お上のやることは依然として疑問だ。


今日は母の生命保険を解約してきた。死亡保険というもので亡くなったときに、死亡届と徐票と私の身分証明書、銀行口座が必要とのこと。今回、その保険証券があったから、なんということはなく事はスムーズに進んだ。


親の生命保険だが、あなたはそのありかがわかっているのだろうか。生命保険証である紙ベースの存在はわかっているのであろうか。保険証券がわからない人に「その番号はわかっていますか?」って聞くほうが無粋だが、保険証券がわからない場合、その番号を控えている奇特な人間がいるわけがない・・・・と私は思っているが、一応、聞いてみよう。「番号控えている人・・・います?」この紙ベースの保険証券がないと大変な労力が必要となる。

次に言われることが、「そこに押してある同じ判子が必要だ」と保険会社は平然と言う。保険証券がないのに、そこに使われていた判子がわかるわけがない。もちろん、被保険者と言われる本人は死んでしまているわけだから死人に口なしだ。そう言うと、「では、改印手続きが必要になります」とくる。それに添付すべき書類は「あなたがお母様の本当の息子(娘)である証拠が必要です。つまり、お母様の戸籍謄本が必要になります」とくる。あなたのお母さんの本籍が、今の現住所なら簡単だが、お母さんの本籍が遠く北海道だったら、熊本だったら、そこに問い合わせをしなければならなくなる。これは下ろさせないための嫌がらせではないかと思うほど、大変な労力が必要になる。結構、保険会社は、その障害を予期している節があるような気がする。


「あなたに負担はかけないようにしているから。生命保険入っているから安心しろ」。ご両親のその言葉に安堵してはいけない。「じゃ、その保険証券は?貸し金庫に入れてある?」「自分が預かっておこうか?」などなど、万が一のとき困らないように、トコトン詰めておいたほうがいい。


このゴールデンウィークは親孝行の絶好の機会であるのと同時に、保険証券とか、株券、ネット証券、ネット投資信託、ネットバンク等々、親が関わっている財産を臆することなく共有するよい機会であることも忘れてはいけない。きれいごとで終わらせていると、ご両親が大事に育てた財産を全く回収することができなくなることが確実にやってくることも併せて考える必要がある。

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都会は動いているね。 [生活]

2019.4.23


こんばんは。

今日は久々に東京方面に出かけてきた。母親の後仕事がまだ残っていて、除籍謄本を取らなければ事が進まないことが多く、本籍が東京なので、東京に出かけてきた。昼少し前だったが電車は立っている人はほとんどいないぐらいで、ちょうどの混み具合であった。

何人かのリクルートスーツに身を包んだ若者が行き交えっていた。この時期は皆黒いスーツを来ているが、既に新入社員なのか、リクルート中なのかは直ぐにわかった。リクルート中の若者は皆固い表情でスマフォを見ていたり、道の脇に避けて、小休止なのだろうか、次の会社の位置確認のためマップでも見ているのであろうか、スマフォを見ている光景に出くわすことが多かった。一方、新入社員は過去1年間の緊張が解けたとばかりに皆笑顔で、ほんの一時期の同期・隣机となるメンバーと楽しげに談笑しながら街を闊歩していた。


私の入社時、一人きりではなかったので、当然、同期がいるはずであったが、社内組織上、近くにいる環境にはなかったので、いつも一人きりでの判断であり、気安く相談できる同期という者はいなかった。もちろん、同期に相談したところで、それは一瞬の安らぎであるだけなので、よいことばかりではないが、一応、群れることができるという意味で言えば安心感はあったかもしれない。

そんな新人たちも多くの試練を乗り越え、仕事をマスターし、徐々に一人前になっていく。この会社の仕事が自分に合っているのかいないのか、もっとよく知っているべきであったと思うかもしれないが、この会社に入った以上は形を残さなければ、自分には何も残らないことになるわけで、そうたやすく辞めるわけにはいかないと思うはずだが、今の若者はそうでもないようだ。


根気がない、ガッツがない、根性がない、素直じゃない、ホウ・レン・ソウを知らない、挨拶ができない、敬語が使えない、飲みにケーションを嫌う、質問してこない、メモをとらない・・・・・上司から見れば文句項目は数多く、新入社員としては仕事も覚えなければいけないところに加えて、しっかり、きちんと挨拶をしろとまで言われるんじゃたまったものではないと思っているわけで、どこの職場にあっても攻守せめぎ合っている最中なんだろう。

学校時代、もう少し社会とは、どういうものなんだ、こういう職業も、ああいう職業も、そしてこんな職業もあるんだが、君たちにベストマッチしている職業をよ~く探しなさい、などと言われた試しがないことにひどく不満を感じてしまう。あのとき、もう少し社会のことを提起してくれれば、職を探す範囲を明確に絞れたかもしれないという思いは付いてまわってくる。


学校の先生様へ。実態社会のシステムと多様性を教えてほしいという気持ちは、今も昔も全く変わってはいないと思うよ。これはネットで調べても調べきれないことだから、あなたが教えるほかないと思うんですが、どうだろうか。

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寿命が縮まりそうだ。 [生活]

2019.4.10


こんにちは。

ほんとに寒いっすね。ストーブ、エアコンをつけつつ仕事をしている。

雪大好き人間としては心密かに「雪、ふらんかい」と思っている。

けど・・・・千葉は降る様子はないね。

一昨日、ダウンライトを直してもらい。部屋のスイッチとキッチンのコンセントは家人の一言「家がかわいそうだよ」ですべてキャンセルした。

こんなことを言うと馬鹿みたいだと思うかもしれないが、家を移動するたびに、私たちはきれいに掃除をする習慣がある。それが借家であろうが、自分の家であろうが同じだ。ピカピカにする。

その心はなんぞや・・・・・・・・・家には心が、精神が、魂が宿っていると思っているから・・・・・かもしれない。そんなことを改まって家人に聞いたことはないが、多分そんなことだと思っている。あとは今まで夜露から守ってくれたお礼、感謝かな。若かりしころ、板敷きのリビングを拭きながら「ありがとう」の想いを語っている家人を見たとき、「うっ!」負けそうだと思ったりしたことを想い出す。

一昨日、施工業者との話し合いのときも、「どうしてキャンセルを?」と言ってきたので、「家がかわいそう」と言いかけたとき、思わず嗚咽しそうになって焦ってしまった。

今日も老人の戯言です。


一昨日は、営業所の所長と1級建築士(我が家担当)がそろって謝りにきた。謝ってもらったところで家は変わるわけはないが、礼に対しては礼で一応お返しをと珈琲を入れ、家に招き入れた。

訪問目的は、外溝の工事が終了したので請求書をもってきた。駐車場つくりはもう去年の年末の話だが、ほかの外溝工事がやっと終わったのでということだった。あと、覚書なのものを持ってきた。

これは土台の引くさによる雨水の処理等々で問題があった場合、それは施工業者で責任をもってやってもらうという覚書。これは友人の弁護士先生が「それは取り交わしたほうがいい」というご指導のもと取り交わすことにした。文面は今一つ漫然としているので、そこは訂正をお願いしておいた。

もちろん、その間、母の死去、納骨もあったので、こちらとしてもバタバタしていて返事をするどころではなかったことも事実。

しかし、自分の怒りはやはり収まらず、グイグイと申し上げてしまった。相手はまたかと思ったと思うが、担当の建築士も来ていたので、そこはっきりと申し上げておいた。向こうはスタンスは、あくまでも杞憂だ、大丈夫だ、様子を見ましょうというスタンス。こちらは家の基礎が30㎝高あるのに、雨水の関係で傾斜をつけると家の基礎左半分が30㎝高とれるが、右半分の基礎が15㎝高しかとれないことだ。庭だけを頼んだならいざ知らず、新築の家と庭をお願いしているのに、それはないでしょう。住んで4か月が過ぎるが全然その怒りは収まらない。自分でもかなりの重症と思った次第。

途中、怒りが頂点に達したとき、一瞬、心臓に違和感を感じて、思わず「まずい、こんなんで死んでたまるか」と心深く思いながら、怒りをそっと抑えてつつその矛を納めた。

この家にいる限り、このことを思い出すんだろう。これは自分にとって大きなマイナス。こんなことで足元は救われたくないが、この家にいる限りはついてまわりそう。

まだ、やらなければいけないことがある。ここで断命しては意味がない。せっかく生まれてきた私の命だ。この思いと、この志をもう少し実現に向けて形にして、次の者につなげたい。

相変わらず、老いぼれが言うにしては大仰だね。


青年よ大志を抱け。老人大志を抱け・・・・・・・・・・・・・・・だ。

 

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4日が経過 [生活]

2019.4.2


こんにちは。

あれから、あっという間に4日経ってしまいました。

「あれから」とはなんぞや・・・・・・他人には全く関心事ではないことだけど、当事者にとっては多分最大級の関心事であるものな~~~に?


孫と一緒に1時間の車移動中、飽きもせずにずっとナゾナゾに付き合っていたので、ついついナゾナゾ調になってしまったけど・・・・それは納骨。その間、家に骨壺がずっとあるわけで、他人にとってはあんまり気持ちのいいものではないし、身内にとっても大差ない気持ちにしてしまう骨壺。納骨の手順を決め、坊さんに連絡、親族に出席の確認、弁当の手配。御布施の決定、位牌の手配、墓地への手配(永代使用証書がないとまたまた面倒)と支払い等々やることはきりがない。まだまだ大切なお金は出ていくね。


亡くなったときにお金の話は無粋極まりないけれど、法事に関しては出るお金は多く、オチオチ死ぬこともままならない世の中。人の道も金次第。「人生、お金ではないよ」という境地に達することは私のような凡人には到底なれるわけがない。結婚式は、それなりに皆さんから御祝儀をいただけるので、うまくいけば±0となるわけだが、お葬式はそうはならない・・・・・多分、ならない。


納骨が終わり、愚息2家族、総勢11名が集い。次の日の日曜日、私は運良く仕事が入りほっと一息??春休みだから孫は帰りたくないといい、当然お泊まりとなり、やっとのこと昨日、台風一過のごとく去っていった。我々もやっと一息といいたいが、ここ1週間近く仕事が全くできず、これからやると思ったが、「そうそう車検だ。ディーラーに車を持ち込まなきゃ」と思い出す。


そんな愚痴をグチグチ言うことになってしまったが、生きていくということはそういうこと。そんな中で自分は何をすべきか、生きてきた意味をいつも考えなければいけないのです。諸事難解そして多忙、そんな自分の目標などすべて吹き飛んでしまいそう。

新元号は「令和」になったが、自分の中では、じゃあ、「万和(バンナ)」のほうがよかったなと心密かにつぶやいたりしてね。


まあ、今年もいろいろとありそう。ただただ、世の中は平穏であってほしいと思うだけ・・・。

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そして誰もいなくった・・・・・ [生活]

2019.3.29


こんにちは。

今日は曇天で寒い。昨日の夜から急激に寒くなってきた。


世は元号の改変で盛り上がりつつある。なんだろうね。「安平」「安士」「安政」はやめてほしいな。

どうしてか・・・・何となくね。あの人の顔が浮かんでくる。でも最後は、その方の裁量で決まるんだろうから、ちょっとというか、大分悔しい。


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昨日は納骨の準備で忙しく出かけていた。お坊様と親戚に手土産を買い。香典のお返しのカタログギフトを注文。金額が皆皆違うから結構難渋した。家族葬で我が家は親戚が少ない。しかし、20名弱はあるから、そこそこ時間はかかる。そして、愚息宅に行き、孫の世話と送り迎え、夕食を準備し、帰ってきた。

自分は小学1年生で3桁の足し算、引き算ができただろうか。今の子はかなり進んでいるようで3桁と2桁の引き算をスラスラ答えていた。最近の小学生事情は全く知らないがビックリするばかり。

愚息の孫だから愚孫になるわけで瓢箪から駒とはいくまいけど。
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以前書いたことだが、拙宅の近くに社宅がある。多分、NTTさんのものだと思うが、東日本大震災で避難された方々の仮住まいに提供してものだと推察している。当時は10世帯ぐらい住んでいたように思う。夕刻、ランニングで通ると部屋の明かりが幾つか灯っていた。3年目ぐらいからであろうか。その明かりの数が少しずつ減っているのに気がついた。最初は帰宅がまだ遅いのからだとばかり思っていたが、どうも違う。正確に数えるほど気にもしてはいなかったが、今から2年前にはっきりとその数を確定した。2年前は週に3回ほどランニングをしたが、そのランニングで垣間見える明かりの数が明らかに簡単に数えられるようになった。間違いなく、その数は2つだった。
その明かりの1つは2階の右端、もう一つの明かりは3階の左端だった。その2つの明かりはいつも競うように元気よく灯っていた。駐車場の車も2台止まっていた。
それから1年がたったころ、いつの間にか明かり1つになった。私の気持ちは何となく1つにはなってほしくなかったので、いや、きっと出かけているに違いないと思い続けた。たげど3階の左端の窓は二度と灯ることはなかった。
そうなると、残りの2階右端の窓が気になって仕方がない。自分のためのランニングが、いつの間にか2階の窓明かりのためのランニングになっていった。今日もついていた・・・今日もついていた・・・そして明日も・・・といつもその窓を見つつランニングをしていた。
 
その住人が誰だかは知らない。どんな家族構成かも知らない。もちろん名前も、どこから来たのかもしらない。しかし、間違いなく、彼らはその社宅を去り、二度と社宅に明かりが灯ることはなくなり、福島ナンバーの車もいなくなった。
とこかで新しい生活を始めたのだろう。頑張ってほしいと祈らずにはいられない。

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親の判断力 [生活]

2019.3.23


今日は一日仕事漬けのため、眠くなるとブログを更新⇒眠気が覚めると仕事⇒眠気発生⇒ブログ更新となり、どうしても更新回数が増える。


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とは言いながら、別に眠くなったわけではないが、やはりこれは書いておかなければならないことの一つ。


先日、いじめで中学生が自殺をした。日常茶飯事的になってしまって、どこのいじめだっけと思いを巡らせることが多くなってしまった。衝撃の度合いも低くなりつつあることは決してよいことではない。

その記事で気になるコメントがあった。自殺した当人は、母親に向かって「いじめられているから学校に行きたくない」と言った・・・・・・らしい。すると母親は「あと3か月じゃない。我慢できない?」と言った・・・・・らしい。

私は母親の傍でそのやり取りを見聞きしたわけではないから大仰なことは言えないし、すべては「らしい」となるけれど、そういうコメントが新聞には載っていたので、見た方もいると思う。

 

「あと3か月、我慢できない?」

決して親を責めるつもりはサラサラない。大勢でいじめをやった卑怯な連中が悪いことは当然で、彼らがヌクヌクと成長し、親になると思うと、今の親と子の劣悪な関係は容易に想像がついてしまう。

いじめを受けている本人にとっては、まさに死活問題。90日を我慢しろという物言いはいじめを少しも理解していないということ。親という職業をやっている以上、少しもいじめを甘く見てはいけないということ。それを紐解かなければいけない親の仕事と責任は膨大で永遠だ。

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間違って覚えていた自分に愕然とした [生活]

2019.3.19


こんにちは。

今週もまたまた忙しく生活が回っていく。パソコンは頗る快調で言うことなし。

葬儀後の後処理もまだまだ多く残っている。なかなか完結できないのは、本籍まで出向かないといけないものもあるので、最終的にはまだまだ残務は残ってしまっている状態だ。


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昨日の新聞で、ああそうなんだと思った言葉があった。「若いときは自分に自信が持てないから・・・」

という言葉。別にどうということはないと言われそうだが、自分の若いころ、確かに自分に確たる自信がなかった。だから、他人と比べたし、他人のことが気になったし、真似をしようとさえ思ったこともあった。

「じゃ、今は備わっているんだ」と言われそうだが、今も確たる自信が備わったわけではないが「寄る年波」という言葉で片づけたくなるような出所不明な自信というか、あきらめというか、そんなものが自分の心の中にはある。

ということは、いい意味で絶えず自分に自信がないほうが若くいられるのか・・・・とも思ったりして、朝からジジイは詰まらぬことを考えている。


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昨日、愕然としたことがあった。

家人には直ぐに「俺、それ間違って覚えていた」

家人「うそっでしょう。まだ1か月も経っていないことよ」と鬼の首を取ったように言う。

私「そうだよね。だけど、しっかり間違って覚えていたし、今もまだそう思っている」

何のことかというと、葬式を出した後、我々はバラを移植した。確かに2月21、22日に通夜と告別式をやった。日記を見るとその次の日からバラの移植を始めていた。しかし、自分の記憶の中には、葬式の前にバラを移植したとばかり思っていたのだ。たった3週間前のことをあっさりと間違って記憶していた。

これには、「まずい!認知症の始まりかも」と真剣に思った。

他人は大体こういうとき、「大丈夫だよ、バラも通夜も忘れたわけじゃないから」と言うに決まっている。しかし、そんなことは以前の自分にはなかったことだ。若いころの自分の記憶は、かなり前のことも確実に覚えていた。どんな小さな詰まらぬことも覚えていた。ところが、今はそんな大事なこと--葬儀もバラも私にとっては命の次に大事なこと--のはずなのに、その順番が違っていた。これは要注意だ。

大体、高齢者はそれを隠す。自分の弱い部分を隠す傾向にあるというから、私はわざと出すことにしよう。出せば恥をかく。恥をかくことで少しは覚醒させられる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・かも。

 

朝からジジイ話で終始してしまった。


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