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粛々と・・・・・ [バラ]

2019.2.28


こんばんは。

母の葬儀の後、日常の生活は元に戻っているはずなのだが、どうもうまくいかない。四十九日の手配、和尚とその段取りの確認、会食の手配、役所への問い合わせ、わずかばかりの生命保険の解約、葬儀屋への支払い、介護事業所への支払い、年金事業所への連絡などなどやることはてんこ盛りだ。


それに全く自慢にもならないが、結婚式、葬式、引っ越し、そして葬式と続いたものだから、若干、滅入っていることも確かだ。家自体の引っ越しはとうに終わってはいるが、庭木(バラ)の引っ越しは真っ最中で、最近の温かさもあり、2月だというのに、蕾はこちらの事情もそっちのけで大いに膨らみを持ち始めており、引っ越しは急がないと壊滅状態は必至だ。家を建てたものだから、その後の駄目工事の修正等の打合せ もあり、一つ一つ冷静に対応しないととんでもないことになりそうだ。


まあ、今年は早々にして、難儀が何度となく続くが、これも年回りの運命と思い、政治家のよく言う「粛々」と対応しなければいけないと思っている。まあ、身体が病に侵されているわけでもないので贅沢を言ってはいけないネ。



私には珍しく目まぐるしい日々を送っているが、やっとの思いで淡雪を移動させた。

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1mものの苗木も2m近くの伸びた。もともと余り上に伸ばすものではないそうだが、カミキリムシの被害に遭いながらも、何とか大きくそだった。8年物だ。


「く」の字に枝が曲がっているのは、カミキリムシの来襲で大きく枝が軌道修正を余儀なくされたため。























 

これは抜いた後の様子。

スコップ1個がやっとやっと入るような小さな花壇。土の中には雨水の配管があったり、

石がゴロゴロしていてスコップもやっと入るような劣悪な環境。

DSC_1787.JPG







































しかし、大病を乗り越えて、きれいに咲いてくれた。(去年の画像です)

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「淡雪」はあたり一面に香りが漂う。

そのころ、「新雪」も咲き誇っていたものだから、ご近隣の方々は、香りの主は派手な身繕いの「新雪」だと思っていたようだ。「淡雪」は小振りで派手派手しさがないところがいい。





れは赤いバラを移動中。名前はわからない。大輪で結構大きい。

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切るのを忘れると私の目を盗んで、3mになんなんとする手ごわいバラだ。



































鬚根というより太いしっかりとした根が横に真っ直ぐ伸びていた。

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根はあと50㎝はあったのだが、素人の未熟さで間違って折ってしまった。




まさに痛恨!






























春にはこんな感じで咲いてくれました。

DSC_0132.JPG


果たして今年は・・・・無理ですかね。


根付いてくれれば、それ以上は望むべくもなし。


今年は我慢します。どうか・・・どうか・・・・

根付いてほしい。



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炎上動画 [新聞記事]

2019.2.19


こんばんは。


世の中、大流行の炎上動画。私自身、全く理解できないが、少しだけ、外食産業に関わったことがある身として書いておきたい。


大昔(今から40年前ぐらいです)、1店舗に一体何人の正社員がいたかというと・・・・。

私が所属していた店で7~8人。R社はもっといいサービスをしていたから、多分12~3名。D社も当時は結構いいサービスをしていたから10人は固かったかもしれない。

それが利益追求と競合他社の出現で6人となり・・4人となり・・3人となった。7人が半分の3人になったことは、当時はセンセーショナルなことで業界では少し注目されたことかもしれない。

店舗の社員数を削ることは、単純に利益を増大させること。社員1人50万かかるとしたら(もちろん、社会保険を含めた一人当たりの人件費の意味)、3人削ることで150万円/月の利益が増える計算。
その利益をどうするか。他店舗展開をするための設備投資に回し、当時、千葉県内で100店舗に迫る勢い。
その間、社員教育はどうだったのだろうか。3人体制だと1人公休、2人でフロアーとキッチンを見る。二人が重なるときもあれば、4時間ずつずれて勤務することもあった。いずれにせよ、大体の時間において社員の目が届いていたことになる。したがって、アルバイトのモラルも大きな変化は見られなかったと思う。もちろん、6人いたときよりはレベルダウンは当然のこと。
それが今はどうなっているのか。現場にいない私には知るよしもないが、外食産業を離れるとき、「社員一人体制」が公然と叫ばれ始めており、それをやる社員は出世するか、高い評価を得、高収入を獲得していたことは事実であった。社内で頗る鈍という評価を得ていた私でも、「そうか、一人体制をやれば給料が上がるんだ。やってみるか」と密かに思ったことも事実。
会社は一人体制を目指していたわけだが、当然リスクも大きい。社員の負担もかなりのものになるのは目に見えていた。そこで会社は二人体制を目論見実行した。月・火の2日間、一人の社員が働き、もう一人は休む。水・木はそれを交代。金・土・日は二人一緒に出勤。実際、そんな単純ではないが、一応、それで月の休みは8日はとれることになる。当時、社員待遇の改善ということで、年間107日の休みを確保したい外食産業界にとっては、一応はその条件はクリアされた。ほかに有給が何日かはあったし、規定数の休みがとれないときは、会社が買い取りをしていたことも事実。そんなことをして無理繰り公休を取得していた。
しかし、人間は生身だから風邪も引くし、怪我もする。そんな場合、二人体制の店は、一瞬にして一人体制になるわけで、そのとき、どういう救済処理を会社がとっていたかを私は知らないが・・・・・他店からヘルプと称して社員を送り込んだか、よりアルバイトのハードルを上げ、社員に準ずる資格を付与し、社員同等のスキルとモラルを植えつけようとしたであろうことは容易に想像ができることだ。
社員に準ずる者としてユニットリーダーをつくり、そのユニットをまとめていく。スケジュールの管理をする。そして、最終的には評価をも任せる。つまり、運営上、完全なる社員の代行をするリーダー像を求めていったわけだ。
その後、転職を余儀なくした私は、それ以降のことはよくは知らないが、風聞を聞くと、会社はその方針を貫き通したようであった。つまり、社員に準ずる準社員の育成を図った----そう。社員にとっては恐怖の一人体制ということだ。
その後、バブル崩壊、リーマン・ショックで時代は一変していくわけだが、外食にとって、それは厳しい向かい風となり、一人体制を見直し、店舗を建て直す余裕と余力は、とうに失せていたに違いない。つまり、逆戻りはできなかったんだと思う。
今回の事件を見るにつけ、モラルを維持する、目付どころはいないに等しく、仮にいたとしても、その力関係は大きく変わっていることは十分にあり得ることであり、アルバイトのやりたい放題という結果を招いていくことになる。
どんな会社にいても、あなた自身がアルバイトであろうが、社員であろうが、モラルハザートの効かない体質、体制の組織はあり、運悪く、その中に身を置かざるを得なくなった場合、どう処するべきか、自分の長くも短い人生において、一介の後悔もなく生きていくことを望むなら、それは考える価値は十分にあると思ってしまう出来事だと思った。

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うそでしょう・・冗談でしょう・・・安倍さん [新聞記事]

2019.2.19


こんばんは。


今、ラッシュです。

亡くなる方が多く、母の葬儀はまだ終わっていない。明後日、ようやく葬儀が執り行われる。

自宅に1週間もいることになる。エンバーミングという保存処理をしていただき、腐敗防止をしないと寒い時期とはいえ、一週間はもたせられないそうだ。


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昨日、テレビでの報道が耳を疑った。

日本の安倍首相がトランプ大統領をノーベル平和賞に推薦。しかも、ノーベル財団に推薦状を送ったとの報道があった。


これって本当の話?

恥の上塗りもいい加減にしてほしい。


そんな馬鹿をことをするから、韓国のしかも、国会の議長ごときに馬鹿にされることになる。(報道の順番はこっちが先だけどね・・・) 

今の世界の中で、誰が本気でトランプをノーベル賞に推挙する人物はいようか。これでは世界の笑い物になるばかりだ。


安倍首相曰く「日本はアメリカの安全保障で守られている。だから・・・・・」というような主旨で発言していたようだ。安全が保たれているなら、何でもかんでも追随か? 昔、アメリカの浮沈空母発言があったけど、それとどっこいドッコイ。


そろそろ我々国民が真剣に日本の立ち位置を考えなければいけない時期に来ているんだと思う。

これだけの美しい国土を、これだけの勤勉な人々を、これだけ平和を愛する国民をそう易々と他国に預けてはいけない。

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心の臓が止まる意味 [母のこと]

2019.2.15


こんにちは。かなり疲労困憊です。ランニングをしているわけでもないのに妙な疲労感がいっぱいです。

心の臓器がこれほどまでに影響を及ぼすものかとホトホト感心をいたしました。

肝臓も、腎臓も、胃も、大腸も、小腸も、膵臓も、胆嚢だって異常はない。96歳を過ぎた人間の血液検査でどこも異常がないことは今のご時世奇跡かもしれない。毎年の人間ドックで異常値を出す私にとっては、異常のない彼女のほうが異常に映る。


そんな健康人である彼女が、ようやくその歩みを止めた。

あと1週間、あと3日、あと1日、あと1時間・・・・そんな希望もあっという間に費えた。

心の臓が止まるとすべてが終わる。

今日の早朝、そのことを思い知らされた。


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・・・・・と15日にやっとの思いで書いたが、流石にそんなことしていられなくなり、今日まで書けずに過ごしてしまった。


肉親が息を引き取るまで見守り続けることは、口で言うほどたやすくはない。苦しまないと言ったけれど、本人は苦しいのかもしれない。それは母の表情から伺い知ることしかできないので、想像の世界でしかない。

我が母の場合、まず食べることができなくなった。これは生きる上での活力の源であるわけで、それができなくなった時点で、いつが最終地点になるのかを考えなければならなくなった。

飲み込むことができなくなった⇒唾を飲み込むことができなくなる⇒痰が喉に絡みつくようになるが咳払いで自力回復⇒痰が喉に絡みつき始める⇒それを排除することもできなくなる・・・咳払いをする力もないと言ったほうが当たっているかもしれない。

アンパン1個のカロリーが266キロカロリーとある。彼女の場合食べなくなって3日目。

1日の摂取カロリーは、アンパン1個がやっとこ。

高齢者の必要カロリー/日摂取量は2000キロカロリーとして、母の場合、多分必要摂取量は1000キロカロリーぐらいだろうか。

荒っぽく言ってしまえば、3.5個/日食べなければいけないところ、母は1個しか食べないわけで、食べられる状態であっても、刻々と弱っていっていたことになる。

そこから発熱による体調不良、嚥下機能低下・・・・・。


食べなくなって5日目。思い余って点滴をお願いした。500㎖を1本。4時間ほどかけて皮下に注入。

少しだけ元気が出たような、目も我々を追ってくれていた。(そのころ、目は既にウツロとなり、どこか怖い目になっていたことも事実)

6日目。再び一縷の望みをかけ、もう一本お願いした。このとき2時間ほどで注入された。妙に速い?

しかし、その後、容体は最悪となり、目は完全に遠くを見つめ我々を見ることはなく、血圧も低下、下は40を切りそうになった。看護師さんも今日が山場かもと帰っていった。その夜、鼻水、若干の嘔吐。すべて水分ばかり。すべて点滴の水分過剰?肺にも回ってしまったかも?

7日目。何とか生きている。しかし、筋力もなくなったのか、いつもは強張って伸びなくなった足がダラリと垂れ、伸び切った。

8日目。夜、普段人間は目をつぶって眠るものだが、ここ2~3日、母は全く目を塞ぐことがない。寝ているのだろうが、目をしっかりと見開き、瞬きもしない。目が乾いてしまいそうなので目薬を指す。

9日目~10日目。ただ息をし続け、痰を絡ませ、その音に呼応し、痰の吸引をする繰り返しが続く。痰を吸引しないと窒息死してしまうのだ。

うめくことも、しゃべることも、笑うことも、泣くこともなく、母は少しずつ少しずつ鼓動を弱め、そして息を引き取った。朝方4時。完全に息が止まった。


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訪問医に電話、看護師さんに電話。死亡を確認してもらう。死亡届には、6時死亡、「老衰」と記載された。


すべからく「時」は平等であり、「時」は無常だ。与えられた「時」を大切にしたい。


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詰まらん話が続きます。 [母のこと]

2019.2.13


こんばんは。3人で交代で母の傍にいることにした。私が早くに寝て、深夜に交代する。3時過ぎに母のところに行ったが、私は傍に添い寝をするだけだ。姉たちは傍に起きて見ているが、そんなことは必要ないよと言った。私らが起きていようと寝ていようと、こと切れるときはこと切れるわけで、どうしようもないことと割り切っている。自分たちが寝ないことによって体調を崩すことが気にかかるだけ。元気で生きてこそナンボの世界だ。残念ながら、死んでいく人をとめることは誰にもできない。

しかし、なかなかそれは理解してもらえずに家人と姉は無理をする。それは違うと思う。


今日も看護師さんが来てくれた。「残念ですが、もうそろそろですね。」と言われた。毎日見ている私たちも、どう欲目に見ても残りは僅かのような気がする。

昨日、酸素飽和度の機材が到着した。約束の日より1日早く到着したので、間に合ってよかった。

おむつ替えのときや体位交換のときにゲージの指数が大きな参考値となり、助かっている。特に痰の吸引時は、その指数を見ながら吸引する。全部吸引できたと思っても、数値がよくならない場合は再度吸引しなければいけないからだ。苦しそうな母の顔を見ると、細い管とはいえ、入れるのを躊躇するのは当然のこと。しかし、苦しさに妥協すると痰による窒息ということもあり得るわけで、早々妥協はできない。


先日、痰の吸引をしている方の話を耳にした。そのご家族は、その作業をもう20年もやっているということだ。私などはまだ7日間しかやっていない。まだまだ赤子だ。音を上げてはいけない。

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我田引水 [新聞記事]

2019.2.12


こんにちは。

昨夜は布団を敷いて寝たが、やはり寝苦しさが残る。親の家は親の家であって、自分の家の布団、枕ではないからね。いつも床暖房の床に薄い毛布を敷いて、夏掛けを掛けてもじんわり汗ばむ。床暖房は極楽だ。しかし、床にほぼ直接寝ているようなものだから節々が痛む。母は昨日も何とか息をし続け、朝方の看護師さんに頭を洗ってもらって、諸々の処置をしてもらった。

容体悪化で1週間が経過した。早いのか遅いのかわからないが、時はどんなときでも平等に進む。

こちらの事情は容赦せず世の中は進み続ける。今は何もできない自分が遅れをとるようで怖い。


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書きたいことはたくさんあるのだが、昨日、気になった記事があったので、それだけ書いておきたい。

それは地方議員の海外視察が復活しつつあるという記事。


櫻田オリンピック担当大臣は千葉出身だが、地方議員の場合、彼と同じレベルの議員は多い。頗る多い。(先日は国会の大臣雛壇で眠りこけていたのにはビックリ)そこらの八百屋のオヤジが、不動産屋のおやじが、ひょんなところから議員に成り上がる。もちろん、それがすべてではないが、海外視察をし、それを参考に障害を持っている方の助けとなる環境を整備しよう。そんな立派な見識を持った人間は地方議員には少ない。じゃあ、国会議員はいいのかと言われると「うん」とは言い切れないけど。

地方議員が代表質問をする。その原稿を他の議員に書いてもらうとか、事務局に頼むなんていう信じられないことがあることも事実。地方議員になる動機のアンケートをとってみたらいい。立候補する動機がかなり不純だ。

そんなレベルの低い議員諸氏は、当然のごとく、海外視察旅行と銘打って、堂々と観光旅行をする。「議員活動の活性化」とかわけのわからないことを言っているが我田引水も甚だしい。

議員とは公僕であり、税金で賄われている身分だということを忘れてはいけない。「先生」などと呼ぶ周りの人間もいただけない。


我々国民が、それらを逐一是々非々できる仕組みがないことが最も問題なのだ・・・・・と私は思うが・・如何。

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千葉は大雪になるかもね [新聞記事]

2019.2.11


おはようございます。


朝の母の世話を終え、今帰ってきた。帰ってきたといっても・・・・・・・・・


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というコメントを書きながらも時間切れとなり夕刻となった。今となっては、朝方何を書きたかったのか思い出すこともなかなか困難だ。


・・・・・・そうそう思い出した・・・・・・・帰ってきたといっても今は全く隣の家との往来だからぞうさはなく、百歩も歩けばいいだけの話。朝方に痰の吸引、おむつ交換、青息吐息の母親の自宅看護はかなりきつい。絶えず生と死の狭間を見つつ、自分たちの正常な生活をするわけだ。覚悟は決めていたものの、その段になると、やはりギアを入れ換えなければ取り残されそうになる自分がいることは確かだ。

今朝の看護師さんは、6日夜、これはもう今夜は越せないだろうと看護師さんを初め、我々の誰もが覚悟をしたことで、その夜の緊張感を共有したという思いは、同士という感情が沸いてきてもおかしくはなく、それは自宅介護の一種の妙味かもしれない。

病院でお世話になることは、その結果だけを知らされ、その後の対応に忙殺されるだけの話で、そのことは旅立つ母に対し不遜になるのではないか。そんな思いがあることもまた確かなこと。母親が事切れること、死に直面することへの恐怖と絶望感からの逃避はしたくないという思いが自分にはあると気がついた。

自宅介護とは、そういうこと。父のときの同じく、厳しい人間の最期を見ること。それが愚息の私が最期にしてあげられる親孝行ということ・・・・・・・・・・だと今日思うことだ。明日はわからないけど・・・。


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窓の外の大雪を見ながら新聞のまとめ読みをした。世の中は動いているね。

柏の児童虐待も切ない話だ。何度も何度も繰り返される児童相談所の不手際。どこかの市が警察と連携をする協定書を結んだとか。まずはそういうことから「本気」で始めることが必要だ。役所の当事者が「本気」にならないからこういうことが繰り返される。

首相の発言も、その発言だけできっと終わってしまうのだろう。その発言には「本気度」が全くない。だからこそ、当事者である児童相談所が本気で取り組む、対策を練る。そういうことが必要だ。


脅しに屈するような児相では情けなく、死んでしまった少女は浮かばれない。

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体液の神秘 [母のこと]

2018.2.10


こんばんは。

今日もあっという間に終わっていく。

これを読んでいただいている方には申し訳ないが、またまた介護の話だ。「もういいよ」という方はさっさとほかの方のブログを読むことをお勧めする。


6日に母の容体が急変してからというもの、毎日看護師さんには来ていただいている。その代わりヘルパーさんはすべてキャンセル。これらは皆ケア・マネージャーがやってくれるので助かる。以前(20年前)には考えられないことで、「ケアマネ? そう言えば、最初に挨拶に来たっけかな。でも、その後は何の音沙汰もなかったような・・・・」そんな程度の存在ではあったが、今は違う。スケジュールでも何でもケアマネを通してやるようになった。それだけ体制整備もできているということだ。


人間には体液が流れている。それが枯渇状態になってもある程度の体液は出る。尿、汗、唾液、そして痰だ。

先日、看護師さんから痰の吸引機をお借りした。チューブを口に入れ、掃除機の弱いバージョンで吸い取るものだ。身体が弱ってくると咳払いなどもだんだんできなくなるため、喉に絡まった痰は咳をすることで身体の外には出せなくなる。だから、吸引機のお世話になる。

ついに母もそういう状態となり、痰が喉に絡みついてしまう。私たち素人が彼女の口にチューブを入れ吸い取るわけだが、それはなかなか至難の技となる。ベロあたりを吸引することは造作はないが、喉の奥、これ以上差し込めば「ゲェ~~~」となるくらい入れなければしつこい痰はとれるわけはない。

痰をとらないとどうなるか。それは窒息死となる。

「えっ!」と思われるかもしれないが、人間の最期はそういうもので、力はほとんどなくなるのだと言われた。だから、母は真上を向いて寝かせられない。それは痰がまともにくっついて気道を塞いでしまうからだ。


どうしたらいいものか。

身体を斜めに向けて寝かせる。そうすることで彼女の気道は痰で覆われることは少なくなる。少しだけ開いたところから空気を取り入れることになる。何とも切ない話だが、そういうギリギリの介護となった。

だから、この機械は必須なものとなる。酸素飽和度の測定器だ。




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見直しましたよ [母のこと]

2019.2.9


こんにちは。

今日は朝から大好きな雪が降っている。今も天気予報どおり、刻々と雪は「降りしきる」。

「降りしきる」ことがあまりない千葉に住んでいる私としては、「降りしきる」というフレーズは好きだ。

いい感じ。

でも、明日は大変だね。すってんコロンでスタッドレスを履いていない車は動かせないだろう。でも、全国的に休日だし、こういう日は家にこもっているに限る。

でも気分は晴れない。大好きな雪かきができそうなのに、気持ちはあまり晴れない。


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それは当然。母は世に言う危篤状態に近い、発熱から1週間、飲めず、食べられずで7日目となった。訪問医の見立てでは、このままそっとしておくしかないと言う。

看護師さんからも前々から点滴は気休めにしか過ぎませんと言われて、それを言葉ではわかっていたが、飲まず食わずでいる母親を診ていると、果たして、このままでいいのだろうか。喉も乾いているだろう。お腹も空いているだろうと思うのが人情というもの。

訪問医「どうされるかはご家族でお話になってお決めになることだが・・・」と前置きして

「動けない状態で、体重30キロ弱の方は、早々水分補給が必要ではないし、お腹も健康な人よりも欲してはいない可能性は大きいのです」

「点滴をすることによって、水分を補給できると思っていても、からだのむくみが出たり、それが血液、胃、肺に回って要らぬ悪さをすることもままあるのです」


そう言えば・・・・・。水・木曜日と2回続けて点滴をお願いした。1回目は頗る回復したかに見え、それをよいことにして、2回目の点滴をお願いしたら、それ以降、タンが絡み始め息苦しくなり、肺に水が溜まったらしく、酸素飽和度が88まで下がってしまい。目は中をさまよい。瀕死状態となったのは一昨日であった----つまり、本人には要らない水分(500㎖×2)を入れてしまった結果であった。

水分を口から入れない状態なら、当然、食事も無理という道理は十分理解ができた。

栄養剤入りの点滴は、ちょっとした手術というか、病院で施術が必要で、それをしてから自宅に戻っての栄養剤の注入は可能だが、病院までの移動の負担(外気にさらされること、車への搬入、病院での待ち時間等々)は、母には膨大であること。またそれの施術で直る保証はないこと。

そんなことを考えると、苦しまない限り、やはり、このまま自分の暖かい家で過ごすほうがいいだろうということになった。

訪問医「これだという正解はないのです。2~3年前、何度か点滴をやったときは、それなりに元気なられた。それはそれを受け入れるだけの体力がお母様にはあったということ。しかし、今回は、それを受け入れるだけの体力がない。それをすることは、苦しみを与えるだけで、ご家族の満足に過ぎないかもしれない。」

そんな話を聞きながら、我々は、やはりこのまま家で過ごすことを選んだ。

今朝の母は、テレビの画面を何となく追っていて、表情も穏やかなので、一時の安堵があり、こうやってブログを打てる時間も生まれた。


失礼ながら、この訪問医を少し見直した思いだ。


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5時には明るくなるね [母のこと]

2019.2.8


こんにちは。


昨夜は緊張が走った。

看護師「お母様は今日が峠かもしれない。油断なさらずに。何かあったら遠慮なく電話をしてください」

私「わかりました。よろしくお願いします」


目は据わり、焦点は完全に合わず、まるで別人の顔の母を見、私も覚悟をした。

姉と家人と私とで交代で徹夜の看病となった。

3時までは家人、明け方5時までは私、、それ以降、姉と交代して床についた。母は息はしているが、反応は鈍く。お世辞にも大丈夫とは言えない状態が続いた。

朝方、看護師さんが来てくれた。身体を拭き、排便、おむつ交換、痛んだ皮膚の養生と手際よくやっていただいた。

母は思いのほか顔色もよく、目の焦点は定まっており、昨日とは格段によい状態に見えた。


峠を超えたわけではないだろうが、一応、安定しているが、食物はあげてはいけない。水を口に湿らす程度と看護師には釘を刺された。

栄養がとれなければ弱っていくだけなわけで、身内の私としては何としても口から栄養をとらせたい思いがあるが、それは叶いそうもない。

これから訪問医が来る。最後通牒ではないけれど、覚悟はしたほうがいいと言われるのだろうか。


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わかっていたことではあるけれど・・・・ [母のこと]

2019.2.7


こんにちは。


今週から風邪気味の我が母。点滴、座薬等をもらい処置をしたがよくならない。

昨日から顔面にチックのような症状が出てきた。食事も一切とれない。飲み込みを忘れてしまったような感じだ。食事は昨日の朝までは何とかとれた様子だったが・・・・。


訪問医に電話をして来てもらった。血液検査もした。


しかしながら、食事をとれない状態となった今は点滴しかやることがなくなった。

父のときもそうだったが、介護のやり方を変更しなければならない。

今まではヘルパーにおむつ交換と食事介助をしてもらったが、食事ができない時点では、おむつ交換だけとなる。おむつ交換は5~10分程度でできる作業だ。


先程、ケアマネにメールをした。

ヘルパー(3事業所)と訪問入浴のすべてをキャンセル。

理由は食事介助ができない以上はヘルパーさんの仕事はないに等しい。

おむつ替えは自分がやることとなる。その代わり看護師さんの週一訪問を3回に変更。

これからは看護師さんと私たちで母の介護をすることにした。

もちろん、我々の負担は大きくなるが、ヘルパーさんの仕事は、食事介助がなくなった段階で、さほどのメリットがあるわけではないし、介護費用負担は1割とはいえ、残り9割の介護費用は莫大だ。

少しは御国のために節約をしなければいけない。


わかっていたことではあるけれど、緊張が走る。

点滴だけの生活でどこまでもつものか。30キロに満たない身体がどこまで生き延びられるか。積極的な延命治療はしない以上、「座して待つ」のみということになりそうだ。

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ささやかな抵抗--ペットボトルを飲むのをやめよう [新聞記事]

2019.2.5


おはようございます。

ドンよりと曇っている千葉の空。これから雨が降りそう。


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微小プラ(マイクロプラスチック)がやはりジワジワを私たちの身体をむしばんでいっているようだ。

これは昔から思っていたこと---私が言う「昔」はおおよそ40年ぐらい前の話---お弁当にプラスチックのトレーが使われ出したころのこと。今、若者は何の抵抗もなく、コンビニで弁当を温めてもらう。当然、トレーごとレンジに入れて加熱をする。至極当然のことで何の疑問も持たない。


そういう私もそんな気分に慣らされていることは事実。しかしながら、私のような老いぼれで、子どもをこれから産むわけでもなく、人生の最終コーナーの人間には、そんな予防措置は必要はあるまい。

問題は、若い人だ。この先少なくても40年、50年、60年と生きる方々には、その影響は絶対ないとは言い切れない。

プラスチックは加熱により溶ける。このプラスチックは安全ですとか、こちらのプラスチックは電子レンジ不可ですと昔々は言っていたような気もするが、今はその表示すらない。二、三百円で売られている弁当容器が加熱して溶け出しても安全だと思っている方がいたらお目にかかりたいものだ。それに味が悪くなる・・・・と思う。「プラスチックの味が付く」と言うほどの味覚のプロではないけれど、依然として、私はプラスチックから皿に容器を移しかえてからレンジ加熱をする。


以前、どこどこでプラスチックのストローを廃止しようという運動があったが、そんな子供だまし的、企業イメージを向上させることだけ程度の考えでは、地球環境改善は到底追いつかないような気がするが、これは老婆心ではない。


プラスチックの容器は弁当箱だけではない。ペットボトルも、納豆も、豆腐も、牛肉も、挽き肉も、ステーキだってプラスチックに入っている。個人がやってもやっても追いつくものではないかもしれないが、ささやかな抵抗でペットボトルぐらいは買うのをやめようと思う。


食料品は誰もが毎日使うもので、それに使われる容器ぐらいは自然由来のものにすると宣言する国---国が駄目なら県----県がだめなら市---市がだめなら町でもいい。そんな勇気ある市町村があらわれてもいいような気がする。


大枚をはたいて建てた家も自然災害には無力だ。経済より環境。命あっての物種です。

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引っ越しの準備を始めます。 [バラ]

2019.2.4


こんばんは。

今日は暖かかった。日中、ダウンは流石に着ていられず脱いで歩いておりました。

この温かさはバラにとっては大変まずい。蕾のが膨らみが進んでしまいそうで、最終的な枝詰めをやっていない私としては急いでバラの枝詰めをやりに行ってきた次第。

DSC_1780.JPG




たしか名前はゴールドバニー(黄色い花)

大型店の片隅にディスカウントで売られていたものだけど、植えた直後にカミキリムシに見事に食われたものの、木屑を運良く見つけ、木屑の直ぐ上の穴めがけオルトラン水溶剤(オルトランを見に溶かしたもの)をスポイトで注いだら、あっという間に復活した奇跡のゴールデンバニーです。



DSC_1779.JPG新雪(カミキリムシが原因で枯れてしまいました)を植わっていたところに植え替えたゴールドバニー。ひょろひょろだったけど、今はうちのメインになりつつあります。

































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パーゴラの上まで伸びに伸びたゴールドバニー。




しかしながら、引っ越しのため、こんな太い枝もばっさり。その向こうに見えるのがその先の枝2mはありましたが、泣く泣く切りました。




DSC_1777.JPG

枝を切るとその後の片づけもちょっと大変。冬でこれぐらいですから、夏は、この4~5倍の量になります。



 




 


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権威で仕事をすると権力者も私たちも同じレベルになる [新聞記事]

2019.2.3
こんにちは。
昨日というか今日の深夜2時近くまでしっかりとK・Oコンサートの密着取材番組を見てしまったため寝坊をしてしまった。わたし的にはよかったんだけど、心酔していない御仁にはどうでもいい話かもしれない。
彼曰く「加山(雄三)さんとどうしているんだろう?」という問いかけをしていた。声が出なくなることが歌手には一番の問題だから、どうしても、その話になる。彼は高音がメインだから、余計にその恐れを持つのだろう。もともと高音域の出る方であるからして、無理をして、背伸びをして高音を出しているわけではなかろう。42歳の安室さんは声を痛めていたと言っていたが、72歳を過ぎれば、もうその恐れはない。持って生まれた体質は親に感謝あるのみだ。
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ソ連、アメリカ、中国、韓国、北朝鮮そして日本、いろいろな指導者がいて、それぞれ優秀な方なのだろう。しかし、彼らはそれをすべてコントロールしているわけではない。多くの部下が彼らの元で働いている。過激な人間もいれば、温厚な人間もいる。まさに十人十色だ。他国との軋轢はすべて部下の勝手な行動によるものもあれば、そうではなく、当然のことながらトップの決断によるものも多い。「多い」というのは語弊があるかもしれない。それに占める割合は9割以上と言ったほうが正確かもしれない。
我々一般庶民は、国と国の軋轢に対し、「そんなことは馬鹿げているよ。もっと大きく物事を見るべきだ」と思うことは多い。これは中国人であろうが、朝鮮人であろうが、アメリカ人であろうが、日本人であろうが、皆同じだ。
権力に就いている人間の多くは、その心の中にプライドを持つ。「俺は大統領なんだ」、「俺は人民のトップに君臨している」、「私が法律そのものだ」と権力を持つといろいろ拡大解釈をし、稚拙な権力者に成り下がることが多い。
今回の冷戦に逆戻りしそうな決定をしたことも然り。韓国の時計を逆戻しするような決定を黙認することも然り。彼らは皆、そんなことをしていけないとわかっている。わかってはいるが、それをわかっているとは絶対言わない。
それはきっと彼ら権力者のおげれつなプライドが邪魔をしている。そんなことを認めたら国民になんと言われにだろう。弱腰と叱責されるかもしれない。もっと下世話なことを言ってしまうと、そんなことを認めたら、自分の大統領としての地位が危なくなるという自分の私利私欲しか思っていないリーダーも多くいるように思う。そこまで行ってしまうと、それは小学生の「ここからこっちは出ないでよ」的な感情論とドングリの背比べだ。
彼らはもともと優秀だから、その権力の座から下り、俯瞰して物事を見たら、そんなことはやめたほうがいい。地球は狭い。もっと平和に暮らせる手立てを考えたほうがいい。自然災害のほうにもっと目を向けるべきだときっと言うに違いないと信じたい。
私たちの平和な暮らしは、彼らの手に委ねられていることは間違いないのだから、一言言っておきたい。
「ぼーっと生きてんじゃねぇーよ」

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家づくりは1回では成功しない--古屋解体(5) [我が家]

2019.2.2


こんにちは。


若干寝坊をしたせいもあり、一日のやるべきローテーションは終わり、あとは仕事のみ・・・・と思って机に向かったら早16時を回ってしまった。


相変わらず、いじめ、統計問題と新聞種は尽きることはない。これはすべてとは言わないが、管理者がどうそれに対峙しようと思っているかに尽きるような気がする。担任の先生が・・、学校が・・、教育委員会が・・、児相が・・・。そして、統計局の課長が・・、局長が・・となっていく。以前、何事も決められない政治が問題になったが、今は誰も責任をとらない、とらないで済む体制、体質が問題だと思う。「申し訳ありませんでした」では済まない問題を、その言葉で済まそうとする。そして現実問題、済んでしまっているのはどうかと思う。

遠因を語るほどの教養はないが、政治家の物言い、受け答えが散々テレビに流れ続けるにつけ、それを見る国民の我々は、ああやって頭を下げればいいんだ、シラを切ればいいんだと知らず知らずのうちに刷り込まれていってしまう。

この日本という国にあって、「先生」と呼ばれる方々は、それなりに地位と見識のある方々なのだから、他人事としてではなく、自分がすべてを受け止めるような気持ちで組織で、チームで職務の遂行に当たっていただきたいと心から願うばかりだ。


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再び解体最終状態。

DSC_0057.JPG

若干の土を入れ、整地をしている。





この土の入れ具合が将来問題になるとは

素人の私には思いもつかないことであった。










DSC_0058.JPG











DSC_0059.JPG

これは地質調査をやっているところ。

何メートルか掘り進み、土を採取しているところ。










DSC_0061.JPG

整地完了。











DSC_0062.JPG


庭に埋め込まれていた石。当時は枯れ葉で覆われ、その存在すら忘れ去っていたが、10個近く出てきた。




















DSC_0063.JPG


これをうまく使わないのはもったいない。



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ER [生活]

2019.2.1


こんばんは。

昨夜から久々の雪。心は踊る。通勤の方には申し訳ないが、昔から雪は好きだ。

学校時代、サラリーマン時代、自営業に移ってからも、どういうわけか雪は好きだ。別に雪だるまをつくることが好きなわけではなく、むしろ、それは嫌いだ。かまくらづくりも好きではなく、ましてや秋田生まれでもない。北海道の雪まつりもさほど好きではない。


でも、何となく雪が降ると心が騒ぐ。


そんな雪が昨夜から降り続いた。朝はうっすらと庭に積もっていた。日中、太陽の暖かな日差しとともに屋根から雪が滑り落ち大きな音を立てる。


いいね。ほっこりとするこの気分。


しかし、あっという間に萎んでいく雪景色。今冬はもう一回ぐらいは降ってほしい。雪国の方には申し訳なくて言えないが、そんな気持ちが心の底から湧き出てしまう。


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我が家にはテレビの録画のデッキがあるが、相当古く録画の容量があまりない。撮り溜めていた画像の中に「ER」があった。遠い昔、よく見ていた番組だ。先程見たのは、「XV」シリーズと書いてあった。10年ぐらい前に見ていたような気がする。シリーズごとにメンバーが入れ代わり、時とともに登場人物が代わっていく、こちらの時が動くのと同時に、ドラマの時も動いているのが妙に新鮮であったのを思い出した。当然、この回は見ておらず、知らないドクターが出ていた。やはり時代は変わったのと同時に登場人物も変わったんだと思いながら見ていた。

そのとき、番組は昔のメンバーが皆皆集まるという設定であり、私が見ていた当時の中心人物が次々と登場した。彼らは自分が年を重ねていくのと同じく年をとっているように見えた。見なくなってから、かなりの時間(5~6年)が経っただろうに、画面には当時、仕事を追われていた自分と時を同じゅうした俳優が登場していた。

無沙汰だったのに、それは妙に新鮮で、登場してくる俳優を見ながら、あの当時のころの自分が蘇ってきた。相変わらず、ストーリーの進み方は早く、セリフのある登場人物は優に30人は超えていたにもかかわらず、見る側に混乱を起こさせない展開は、作り手の奥深い制作意図を感じさせるすばらしドラマになっていた。

日本も、この「ER」以降、多くの医者に絡むドラマができてきたが、その出来ばえは親と子ぐらいの開きがあるように思えるのはなぜだろう。


これで録画の残量は4時間ぐらいをキープできた。

明日はBSNHKで「K・O」コンサートのドキュメントが放映される。深夜の23時から日にちをまたいで1時を超えるころまでやる。まあ、レアな人間しか見ないだろうが、そういう時間帯にやることにも、少しだけ安堵感を感じるのはなぜだろうかと考えてしまう。


そうそうこんなCM動画のページを見つけた。



彼を見るにつけ、「継続は力なり」・・・・・・自分には最も足りない部分だけどね。そんなことを感じてしまうね。

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