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IRについて [新聞記事]

2019.8.23

こんにちは。

IR(カジノ法案)に横浜が名乗りを上げた。

果たしてギャンブルは必要なのだろうかと考えてみたい。


カジノのある国、行ったことも見たこともないので想像の域を出ないが、パチンコ、競馬、競輪と同じことだと思うとおおよそ想像はつく。

それのちょっとだけグレードをアップさせたもの。外見だけだけれどドレスコードが必要ということで、少しだけお金に余裕のある、シャンパンなどを飲みながらルーレットの出玉先に目を凝らす。新聞片手にタバコをふかし、焼酎を飲み、おけら街道をトボトボと歩く手合いとはちょっと違うよ、的なスタンスをとるのかどうか。

どういうタイプであっても、ギャンブルには法則がない。これとこれがこういう状態になるとこうなって、こうなる的な法則がない。あのときはこうだったのに、それと同じなのに今日は違う。だから確証を持てない投資だ。まあ、FXもそんなに違いはないけれど、一応、理論付けがされている。それが合っているのか、いないのか、それを解き明かす知能は私にはないので、そう言われれば「そうかな?」で終わってしまうから情けない。

庶民ギャンブルの代表格であるパチンコでも身上を潰す方もいるので、それより、大きな額を掛けることも可能なカジノでは、その危険はより身近になってくる。パチンコで1万円をすってしまうのに少なくとも30分はかかる。全く穴を入らなくても30分ぐらいはかかる。しかし、カジノは一瞬であろう。5分とかからない。しかも、その一回に張る金額は、自分の判断だから1万円が10万円、50万円、100万円と額が化ける。パチンコは30分で10万円をすることは難しい。難しいというより、それは不可能だ。時間的余裕があるので、ふっと我に返ることもできる。この辺で帰ろうという気持ちになれるが、カジノでのゲームは、さっき100万とれたから、今すった50万円はもう一回やれば取り返せる。だから、もう一番やろうと思う。それは危険だ。そこには取り返せる根拠が何もない。

誘致する市町村の方々は自分の県が、市が、町が税収によって潤えばいいとしか思っていない。県民、市民、町民のことは全く考えてはいない。

その後悔は、県民、市民、町民の多くが破産、離散、自殺などの行為を及んだときに初めて、このIR誘致が間違いだったと気がつく。

人間は愚かだ。すべてが経済の循環、成長の循環があればいいと思い込んでいる。そこには何も幸せはないことに気がついていない。行政はカジノ経営者のお先棒を担いではいけない。

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