So-net無料ブログ作成

温泉に入って原発を想う [生活]

こんばんは。

金曜日の夜から東北に行ってまいりました。

高湯温泉というところ。多分、山形県?いや福島県??

もともと大雑把な性分の私は大体いつもこんなもんです。強いて弁解するのであれば、2泊目が山形の奥地に行ったことと、前日の高湯温泉が福島から直ぐだったということもあるかもしれないが、ちょっと位置関係が曖昧でありんす。家人が一緒に行ったということもあり、彼女の地元ということでおんぶに抱っこ感覚であったことも、この原因であると申し添えておきましょう。

地元の強みと地の利を生かして共同浴場に行ってきました。もちろん、泊まるところもあるし、日帰り湯もあるけど、それ相応に高いのでやめたという次第。夕食は地元のおいしいお蕎麦を食べ、ホテルはゴールデンウィーク前日の金曜日ということもあり、なかなかとれないこともあって、ここも割り切ってビジネスホテル泊。

高湯の入浴料は250円。小さい共同浴場で3人分しか洗う場所はない。風呂は10畳ぐらいか。半露天。湯花が混じった「正真正銘源泉かけ流し」が間断なく流れ込んでおり、流れ込み近くは硫黄ガスが混じっているから、流れ込み口付近では、余り嗅ぎ続けることはしないようにという注意書きがあるほど。そのため、屋根は完全に覆うことはせず、半分空が見える。

源泉が入ってくる木製の樋も、源泉が溢れ出ていく岩質の水路もべったり湯花がくっついていて、「源泉かけ流し」などと声高らかにセールストークしている千葉の温浴施設が恥ずかしい。十分温まり、体もツルツルで帰ってきた。入っている人たちは皆地元のおやじたちばかり。言葉はよくわからなかったが、山菜の話とか、桜の話をしていた。特に山菜の話には耳をそばだててしまった。

A「公園の桜ははもう終わったかな?」

B「う~ん、やっと散り始めたところだ。もう少し見られるな」

C「山菜はどうだ?」

A「なみえのほうは?」

B「年寄りは食べるだろうけど、若者はあんまりだな」

私は聞き入ることもなしに聞いていたわけだが、・・・初めはこっちの若者も山菜なんて食べないのだと思っていたが、どうもそうではない。「ナミエ?」だ。

あの浪江のようだ。そうか・・・・・・、そうだよね。妙に納得。

まだまだ原発の爪痕はそこここに残っている。

そんな原発に久々の朗報。対テロ策を講じていない場合は施設延長・再開はしないという記事。どこまでが本気なのは今後の裁判所の出方次第。こういう手があったのだと喝采したいのは私だけではあるまい。

有史以来、プレートとプレートの活動は止まることもなく、確実に今も続いている。2つのプレートのストレスが地震となってあらわれるわけで、いずれ日本は大陸に飲み込まれるのは間違いない。そのとき人間という生き物が残されているのかいないのかは知るよしもないが、原子力という生き物は残っていき、多くの悪さを繰り返していく。人間は自然界に対し謙虚であらねばならないのに、自然界に対し、絶えず対抗し、服従させようとする愚か者だ。あれだけの大きな敗北を期しながら、再び同じ挑戦をし続ける愚か者だ。その愚かさを起動修正させるのが為政者の唯一無二の仕事ではないのか。

東北の山々は新緑の息吹を見せ始めていた。去年の濃緑の葉に新緑の薄緑の葉が混じるこのシーズンは新緑の醍醐味、自然の醍醐味を感じる一瞬だ。この美しい自然を壊す権利は、我々人間は誰一人として与えられてはいない。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント