So-net無料ブログ作成

情報過多の功罪 [新聞記事]

2019.4.14


こんばんは。

いつも夕刻になると線香をたむけ、母の家のシャッターを閉めてくるのが毎日のパターンになりつつある。ふとその時(母の最期)を思い出すが、なるべく思い出さないように努めている。別に理由はないが、そうしたほうが自分にはベストだという以外に理由はない。

明日でやっと2か月の祥月命日となる。


----・----・----


昨日もいろいろなことを書いたが、本当はこれを書くつもりであったので書いておきたい。

それは情報が余りにも多過ぎるということ。情報過多は罪だということだ。

大学を卒業して、いざ就職をしなければと求人を見るとき、昔も多くの会社の情報はあったが、その情報は木で例えるなら枝までだったような気がする。しかし、今は枝の先の葉、またその先の葉脈、その先の葉脈の細胞まで情報はあるようだ。


確かに就職する上でいろいろな会社が見られるのはいいことかもしれないが、十代、二十代の若者が多くの企業情報の取捨選択に乗り込むわけで、正しい取捨選択ができればいいが、すべての若者が正しい取捨選択ができるとは到底思えない。それは紙ベースでもあるかもしれないが、今は多分、携帯やパソコンによる情報媒体であるからにして、記録を記憶する場が薄弱になっているわけで、会社情報は履歴からたぐり寄せるなければいけないという危うさがあるような気がする。

ちゃんと紙ベースで残していればよいが、就活している若者のすべてがプリンターでアウトプットし、しっかりと紙ベースで情報を捉えているとは思えないのだ。

老婆心ながら、葉脈の先に存在する企業は、失礼ながらいい企業ばかりとは言えないだろう。もちろん、新興の、これからだといういい企業ももちろんあることも確かだ。

うちの愚息も、そういう新興企業--当時は2~30人の、親から見れば、これからどうなるんだと不安に思える企業に入社したが、運良く、それが今では上場企業に成長したというラッキーな場合もあるが、そうでないことのほうが多いことも明記しておきたい。いや、アンラッキーな場合のほうが多いのだ。もう一人の愚息は、親のアドバイスがなければ、とんでもない企業に入っていたという事実もお話をしておきたい。

人生はいろいろだけれど、やはり親の経験から、ある程度のアドバイスは必要なのだ。ホームページでは確かにきらびやかで立派そうな企業でも、それはパチンコ屋である場合もあるし、誰も知らないただのホテルの場合もあるわけで、それは親の責任として、情報の選別を確実にしてあげることも人生最後の親の責任であるとも言えると思う。二十歳になったから親の責任は終了とはならず、いつまで経っても子どもは子どもの判断でしかないことを忘れてはいけないと思う。

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント