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平成7年は多くのことがあった [新聞記事]

2018.7.7


こんにちは。


西日本に大雨が降っている。千葉の空を見ていると、そんなことは嘘のようだ。

不見識な話だが、確かに日本は縦に長いからだろうか


昨夜も27万人に避難勧告とあったが、正直、どんな気持ちでこの勧告を発令しているか、ふと疑問に思ってしまう。


もし、自分が福岡に住んでいて、夕刻から避難勧告が出たら、どういう行動をとるのだろうか。


集中豪雨がまだ来ていないとき、財産をまとめ、持てるものは持ち、電車に乗ってどこに行くのだろうか。ホテルに行くのか----いや、行かないだろう。もうちょっと様子を見ようと言うだろう


夜になり、避難勧告が出たら、どうするのだろう。


暗い夜道は歩きたくないし、豪雨が降っていれば尚更だ。恐らく、頭を低く、豪雨の通り過ぎるのを待つ。ただただ待つ。きっとそうするだろう。


今回も同じだったんだろ。多くの方は家にじっとして、豪雨が過ぎるのをひたすら待っていたんだと思う。

あんな山の斜面に近いところに住んでいて、土砂崩れが起きるはわかっていただろうに、何でなんだろうという疑問を持った方も多かったと思うが、それは結果論だ


みんな心の中では、自分だけは、自分の家だけはと思って寝ていたのだ。


不謹慎ながら、千葉豪雨に関しては全くと言っていいほど影響はない。西で勢力を使い果たし、ほとんど静かになった状態、もしくは通常豪雨の範囲内で過ぎていく。

千葉は災害に強いなどと言う人がいるが、これはすべて偶然の産物だ。台風とか豪雨に関してはオッケイだが、地震はかなりまずい。西は影響は少ないが、千葉は直下か、震源域に近いところとなる。覚悟はしなければいけない。



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平成7年は多くのことがあった。

報道にもあるとおり、オウム真理教の地下鉄サリン事件があり、阪神淡路があった。Windows95が発売された年でもあった。


当時の内閣は村山内閣で、朝テレビを見ていたら、突然放送が途絶え、画面が急に、何の案内もなく、被災地を映し出したのを思い出した。


朝の霞が関は、家人がよく行ったり、通過していたところだ。運良く、その日は仕事が入っていなかったので事なきを得たが、ちょっとずれれば、被害者にもなり得ていたわけで、何が幸か不幸かはわからない

我が家はマイホームが完成し、私がリストラにあっていた最中で、いつ辞めてやろう、いつ辞めてやろうと思っていたときであった。


マイホームを買い、ローンスタートと同時に職安通いという、今となっては笑い話であったが、当時は深刻であった。


人生はよい時ばかりではなく、悪い時も必ずある。


まさに「禍福は糾える縄のごとし」です。

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