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怒りと人生 [生活]

2017.7.9


生きていくといろいろなことに怒り虫が湧いてくる

例えば、通勤電車内での押しくら饅頭。肩が触れただけで怒りを表す御仁もいる。混んでいるから仕方がないぜと思いながら、お互いさまだと思いながらも、なにを粋がっているんだい、なんて思ったりもして。


そんな怒りとはちょっと種類の違った怒りもあるような、ないような・・・・。


組織に対する怒り、理不尽な上司への怒り、他人との価値観の違いによる怒り、自分のスケジュールにお構いなしの他人への怒りなど、種類は上げたらキリがない。


達人は怒りを肥しとして力に蓄えることができるが、凡人は、ただ相手への憎悪だけで昇華できないでいる。


私は、憎悪のみ。それを昇華できない部類に入るのであまり大きなことは言えない。いつもいつも怒りを持っている方は大抵嫌われる。ネガティブだとか、前向きじゃないとか反対ばっかりだとか


しかし、それは発展的に考えることもできるわけで、そんな怒りを感じた場合、それをほかの上司に、同僚に、家族に、親友に相談することは可だと思う。そこでよいアドバイスに会えるかもしれないし、相談することで整理がつくこともあるかもしれない。


相談することをチクルとか、告げ口をする的な狭い了見ではいけない。


理不尽なことを言う上司の場合、それを言わせている原因が必ずどこかにあるわけで、それをひもとく必要がある。つまりそれは理不尽の原因究明であり、自分が受けて立つ必要があるか否かの品定めをすることにもなる。


もし、それは取るに足りないことであれば、無視することを続ければいいわけだが、自分が原因ということが はっきりすれば、それは自分を変えればいいだけの話になる。しかし、そんなきれい事があるはずもなく、理不尽はどこまていっても確実に理不尽であって、それをどう治めさせるかにかかってくる。


私のつたない経験値で言うと、

1)コピー機の部品がないと言われた、押し問答の末、メーカー側は新しいものを買うしかないと言ってきた。確かにに10年以上経過したもので部品はないと明記されている。しかし、トナー(インクの部分)は1000枚も印刷していなかった。怒り心頭の自分がとった行動は、そのメーカーの社長に手紙を事細かく書いた⇒後日、ないはずの部品(トナー)が届いた。


2)医療費が無駄にかかった。2回を1回にしたかった。医者は国が決めたことだと言って断り続けた。社会保障費が足りない云々の時節柄、頭に来たので厚労省にメールで問い合わせ、医療費の削減になる旨を延々と解いた⇒半年後、2回が1回でも可能となった。これで国も国民も医者に支払う医療費は半分に減ったことになる。

(そういう声は多くの国民が投げかけていた)

3)使われてもいない携帯電話料金を発見した。ショップでも携帯メーカーでも全然とりあわず、携帯ショップでよく怒鳴っている客になり掛けたとき、「あきらめ」の文字が浮かんだが、そこの社長に手紙を書いた⇒詳細に調査がなされ、過払い金は返還された。


これはすべて理不尽上司の話ではないが、何事もあきらめないことが吉日だ。大事な自分のお金だし、人生だ。そう安々とあきらめるわけにはいかない。


人は皆怒りの持ち主であり続けるわけだが、憎悪に留めることなく、自分のエネルギーに代えていかなければいけない。


理不尽上司、これは強敵だ。

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