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見に行かない運動会 [生活]

2019.5.25


こんばんは。

今日は愚息の子どもの運動会があったので、1歳児のお守りをしに愚息宅に行ってきた。

私は現役時代、一度も運動会なるものを見に行ったことがない。「ない」というとさも偉そうに聞こえるが、現実はそんなことではない。当時、私は転職したばかりで、「あいつは早々やめるだろう」、「あいつはまだいるの?」、「いつやめるの?」という噂は絶えず飛び交っていたらしく、かなり重症な転職者であったらしい。そういう自分の成長度合いは一番自分自身わかっていたので、当時の自分は必死であって、明日をも知れぬ立場であったので、「子どもの運動会なので休ませてください」など、そんな戯言を言う余裕も立場でもなかった。ということで一度も運動会には参加したことがない。全くお恥ずかしい話だ。

孫の運動会があった場合、普通は見に行きたいと思うそうだが、私たち夫婦は一切その興味がない。だから、今回のように頼まれれば行くが、そうではなければ行かないのが常だ。それに「行く」といっても、3人目(1歳児)の子守に行くだけで小学校の運動場には足は踏み入れない。変わっていると言えば変わっているが、それが全く私たちには楽ちんであるからしょうがない。

それにこの暑さの中、なんでかんかん照りの運動場に5時間も6時間もいなければならないのかと思ってしまうから変人と言われれば変人かもしれない。

孫が運動会で走り回っている間、愚息宅の庭木を切ったり、バラに薬を蒔いたり、夕食の支度をしたり、それに孫のウンチ交換とか、食事の世話などで結構忙しくしてきた。夕食も支度はするが一緒には極力食べず早々に帰宅してきた。理由は特にないのだが、用事が済めばいち早く自宅に帰って、のんびりと食事をし、お茶を飲み、いろいろと二人でくっちゃべることが一番体には癒しとなる。ただ、それだけ。若夫婦も私たちがいることは、やはり窮屈な空間となるだろうから、お互い用事が済んだら、なるべく早く離れるに越したことはないと思っている。

しかし、今日の5時起き、弁当づくり、6時出発はかなりハードであった。

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行ってまいりました。 [生活]

2019.5.24


こんにちは。

暑い日々が続きます。列島を大雨が通り過ぎ、朝夕は長袖が必要だけど、日中は激暑。あなたの街もきっと激暑。私の千葉の街も激暑。まだ5月なのにね。


22日だから一昨日の話。K.Oのコンサートに行ってまいりました。場所は福岡の博多。

博多と言えば藤圭子を思い出すお年ごろの私としては、「京都から~~♪博多まで~~~♪」と新幹線の中で口ずさむ。若い方には全く何を言っているんだこのオヤジだろうが、こんなエピソードを書くとガテンがいくはず。それは・・・・・

藤圭子は元歌手。クールファイブの前川清(この辺もわからないかもしれないね)と結婚し、直ぐに離婚。そして、再婚・出産し、あの有名な歌手の母となった。

それは宇多田光。「ヒカル」のほうが一般的か。二世歌手ながら俄然うまいのはご存じのとおり。藤圭子の晩年は飛び下り自殺をし、通夜もせず直葬された。歌手を引退後はカジノで大負けしたり、空港で大金を持っていて問題を起こしたり、残念な最期だったけど、何しろ歌はうまかった。そんなメロディーを思い出しながらK.Oコンサートに行ってまいったのです。

以前、2回ほど期待を裏切るような仕上がりだったので、今回も九州くんだりまで行って不出来だったらどうしようという不安と期待を抱かせたまま、ご本人登場。

今回もほとんど喋りはなく。途中休憩が入り「ご当地紀行」という彼が公演地をあちこち見て回り大爆笑を誘うビデオを挟む以外、淡々と歌を歌って3時間が経過したところで終了。題名は「encore encore」で前回の追加公演という主旨だったけど、内容は彼なりの工夫がされていて、新曲がない分、内容変更で勝負しておりました。特によかったのは「my home town」。かれこれ二十五、六年前の曲。いつも若干のアレンジだったけど、今回はフルコーラスをアレンジしていて、オーケストラをバックに従えても十分耐え得るような曲になっていた。これは博多まで来た甲斐があったというもの。


我々高齢になるとJRでジパングという割引制度があって結構安く行ける。3割引きは当たり前、往復切符にすればもっと安くなるカモと思い、みどりの窓口嬢に聞くと・・・・。

私「これ往復で買うともう少し安くなんですかね」

お嬢「はい。2割引です。」

私「えっ!3割以外に2割引き??」

お嬢「そうです。」

私「げっっっっ!」

お嬢「往復にしますか?」

私「いや、これから帰るところだから往復はね・・・。ちなみに有効期間は?」

お嬢「この距離ですと14日はありますね。」

私「そうか。それは残念。今度東京から来るときは絶対に往復にしますね」

お嬢「よろしくお願いします」

ということで、いつもバタバタで早朝の窓口でアタフタと買うものだから、結構安く買うチャンスを逃していそうな気がしてきた。このジジイ、飛行機で行けばいいじゃんと言われそうだけど、かなり重度な飛行機嫌いな者にとっては、あの重い金属塊が飛んでいくことに理解不能、意味不明、奇怪現象的な思いが強く、御巣鷹山のことを思い出すと絶対に乗れないと思ってしまう次第。馬鹿は死ななきゃ直らないとは、この俺かもしれない。

そんな思いをしながら、東京から博多、そして博多から東京にと戻ってきた。こうして何事もなくブログを書いていられるのだから、よしとしなければね。また来月の2日には四日市に行ってくる。

これが最期かもしれないけどね。老体には電車に乗るのも結構キツクなってきたからね。

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完全勝利宣言をしてもよいよ・・・ [バラ]

2019.5.20


こんばんは。やはり今日も眠い。いかん、いかん。もう1つ書いておきたい。

本当はこんな通り一遍の話で終わらせたくはない。もっと有益な情報を書いておきたいと思っているが、なかなか時間的にも精神的にも余力がない。前よりも余裕がなくなってきたことも原因としてあるかもしれないが、読み手がわかりやすい情報であること、知りたい情報であること、正確な情報であること。そんなところを主眼に置いて書いていきたい。


バラを移植して早3か月。やっとこさ根付いてきた。一部ダメになりそうな木もあったが、大幅なカットも施したりし、無事難局面を乗り越えてくれた。

では、今日はどんな状態かというと・・・・・・。

成長1.JPG

これは4月21日に撮影したもの。移植して2か月が経っていた。少し芽が出てきたようでちょっと安堵していたが、2月30日に移植し、既に2か月経過。ほかに大木バラは5本あり、3本は瀕死の重傷状態。動きが全く見られなかったので、枝の半分は切り落とした。























成長2.JPGこれは5月8日。葉っぱが多数出てきた。しかし、ほかの木は、この状態で安心して水をやらない日をつくったら、あっという間に新芽はカリカリになり、枯れていってしまったので、要注意。ここまでほぼ毎日朝夕に最低でも1回ずつ施水している。


後ろの金網の高さは2m。つまり、高さは2.5m以上はあったことになる。




















成長3.JPG

これは5月16日。新葉は枯れることもなく成長、蕾も膨らんできた。まだたった1粒の蕾だけど、一安心かもしれない。




























 

そろそろ完全勝利宣言をしたい。これまでの間、約3か月。水やりはほぼ毎日。移植後、直ぐに葉っぱの様子等に変化は見られないので、安心してしまいがちで水やりをやめてしまう場合が多いが、大体、後日樹勢は後退する。挿し木、花瓶に生けたりするとよくわかると思うが、早々変化はなく、現状維持のまま数十日が過ぎる。その場合、大方根付いているわけではなく、今までの命の余力で葉っぱ等が維持されていると思わなければいけない。今回の移植時、挿し木状態で枝を1本土に差しておいたが、根っこが付いていないのにもかかわらず、依然としてきれいな緑色の葉っぱを付けたまま、しっかりと枝を張っているのを見ると油断してはいけない。しっかりと養生を続けることが必要だということがわかる。

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咲きがら摘み [バラ]

2019.5.20


こんばんは。5月というのに既に大荒れ模様。明朝は大雨になると天気予報は言っていた。

今日も一日中間断なく雨は落ち、間断なく晴れ間があり、目まぐるしく変わる天気。既に真夏・・・という思わせるような天気が続く。もはや「50年に一度」とか、「100年に一度」などという表現は当たらないだろう。これが「常態」という認識に変更したほうがいい。私は早々に変更することにした。

そういう思いがあるから、どうしても家の土台の低さが引っかかる。新居はまずまず快適だが、大雨の雨水の状態が気になる。地域的に安定はしているところだが、今までの常識では当てはまらないことは全国的に実証済みだ。施工業者の「ここら辺は今まで水の被害はないし・・・」とか、「実害があったのか?」的な物言いをされると頭にカチンと来てしまう。外見とは似ても似つかず私は短気だからね。GL(グラウンドライン)を低くとったのをいいことにして、その言い方はないぜ・・・と思ってしまう。相変わらず、この件を書くと憤りを覚えてしまうね。

明日からの強風と大雨を警戒したわけではないが、タイミングはピッタリ。旧家のバラの咲きがら摘みをしてきた。これで4回目だが、今日も大変な勢いで咲いていた。

これはカットして地面に落ちたバラたちだ。これでも結構きれいに見える。「腐っても鯛」ではないが、「腐ってもバラ」という感じだ。

咲きがら摘み1.JPG





































DSC_1907.JPG













































































自分の汚いシューズが写ってしまったが、思いのほかきれいな感じでバラは撮れた。

また、当分の間、来れないこともあるし、まだまだきれない状態のものもあったので、二抱えぐらいのバラは拙宅に持ってくることにした。


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家づくりは一回では成功しない(18) [我が家]

2019.5.18


こんばんは。今日一日温度的には暑かった。しかし、家の中ではまだ蒸し風呂状態ではないので、家の中にいる分には快適だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と昨日、ここまで打っていたが睡魔に襲われ・・・すみませんという感じで終了してしまった。

で、今日は再挑戦ということで「家づくり」について写真を載っけておきたい。

いずれも8月1日~2日の間の状態。

DSC_0196.JPG

朝8時前、いつも8時ごろに棟梁は来るので、その前にパチリ。

いつも前日との比較をするのだが、どこがどう変わっているのか、このあたりに来るとその進行度合いはよくわからない。











DSC_0198.JPGただ、言えることは、何となく開いていた隙間は少しずつ埋められつつあるということぐらい。素人はしょうがないね。






















DSC_0199.JPG

前日とのここの違いは筋交いがしっかりと入っていること・・・かな。





















DSC_0202.JPG



ブルーシートが剥がされて、屋根にしっかりと瓦が乗り、全体が少しずつ見えてきた。そうそう、黒っぽい色を選んだんだんだけど、重過ぎないか少し心配していたものだから、意外とお似合いだったのでほっとしている。









DSC_0203.JPG真夏の猛暑。瓦職人さんは既に来ていて(7時ごろか)仕事を進めていた。日中の屋根は火の付いた鉄板の上にいるようなもので、確実に目玉焼きはできると豪語していた。

確かに、そう思うよ。













DSC_0206.JPGこれは8月3日の早朝の様子。棟梁到着前。きれいに片づけて帰っているね。いつの時代のどの職人さんも片づけて帰ることは徹底していると感心。この教育の徹底はすばらしい限りだ。




































 




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原風景と最期の晩餐 [生活]

2019.5.17


こんにちは。

今の季節、直射日光はかなり暑く、外回りの人たちは既に辟易している違いない。

これは確実にオゾンが減少しているから仕方がないことだが、こんなことは40年前にはあり得ないことだった。

今も後ろからの太陽が後頭部から首後ろにかけてジリジリと容赦なく当たってきた。その太陽光は心地よいというには程遠く、ヒリヒリと痛みを伴うものであった。愚鈍な老人が海水浴に行ったのはもう遠い過去の話だが、当時1時間は砂浜に寝ころんでいるのが普通で「やっと少し焼けた」とか、「おまえのほうが焼けたな」と競っていたものだが、今、砂浜に寝ころんでいたら、火傷を負ってひとたまりもないだろう。

人には皆ふるさとがある。「帰ってみたいふるさと」もあれば、「絶対に帰りたくないふるさと」もある。

自分にも当然ふるさとはあるのだが、東京の下町で生まれた私にとっては、そのふるさとは決して安らげる場所ではない。だから、どちらかというと「帰りたくないふるさと」となる。両親が世話になっている寺がその下町にあることもあり、年に何回かは行くのだが、その様変わり用は大変なもので、小学校、中学校と通っていた学校は残ってはいるものの、私の住んでいた空襲で焼け残った3階建てのボロアパート(原宿の同潤会アパートと同期)も既になく、眼前にはスカイツリーがそびえ建っている。直線では3キロぐらい離れているのだが、これだけ高い建物(634m)が目の前にあると安らぐどころか、ウルトラマンとかゴジラにでも睨まれているようで少しも安堵しない。

人間、最期は心の原風景を求めるというが、自分にとって心の原風景はどこなんだろうと思う。探そうとすること自体、既にペケだろう。これは問われれば速攻答えられるのが普通だろう。そんな風景を持っている人はうらやましい。強いて上げれば、学生村のあった長野だろうか。ふるさとではないのはちょっと悲しい。

先日、家人と「最期の晩餐」は何が食べたいかという話になった。しかし、本当の最期だと自覚できれば幸せだが、私のような欲深い人間は、これが最期だとは、きっとわからないんだろう。それはそれで幸せと言えば幸せかもしれぬ。

私の最期の晩餐は、「あけぼの」か「伊勢屋」のお稲荷さん、コンビニではない「糸昆布の具のおにぎり」、「梅干しのおにぎり」、そして「サバラン」が食べたい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やはりかなり強欲だ。

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移植してよかったこと [バラ]

2019.5.14


こんばんは。

東京は雨模様、ヒョウが降ったとニュースで言っていた。千葉はお湿り程度の雨。しかし、今は青空になり、雲は全くない。そろそろ西のほうは梅雨入りだと言っていたけど・・・。


今日は旧家のバラの世話をしてきた。「咲きがら摘み」作業だ。これをやらないと花が咲き続けないことになる。確かに1つの先枝から2~3個の蕾がある。多くの場合、1つだけ先行して咲き始める。それが枯れ落ちるのを待っているとほかの2つの日当たりも悪くなり、きれいに咲かないことが多い。咲いたとしてもえらく窮屈そう。だから、咲ききった直前で咲きがら摘みをすることになる。

今期3回目の咲きがら摘み作業になる。5月1日ごろから咲き始め、今日は15日だが、3回目の咲きがら摘みをやった。にも関わらず、まだまだ咲き続けており、今年は樹勢が頗るいい。カミキリムシに襲われた様子も今のところないようだ。でも、油断はできない。薬も2回ほど散布。黒点病は薬を蒔いても蒔いても発症する仕方がない病かもしれないが、薬剤散布をしないともっとひどい状態となるので、私もしつこく散布を続ける。

昨冬よりバラはすべて引越するつもりだったので、いつもよりも枝の切り詰め作業は思い切ってやっていた。そのせいもあるのだろうか。新芽が多く出、かなりの数の蕾が付いた。3回目の咲きがら摘み終了時においても、まだまだ咲き続けている。

こんな感じです。

DSC_1884.JPG

咲きがら摘み後のスパニッシュビューティ












DSC_1885.JPG


咲きがら摘み前のゴールドバニー








2つの写真とも脚立に登り、パーゴラにしがみついて写真撮りをしたので、いいアングルではないけど、蕾が多いのが見てとれるだろうか。

今回、2週間を経過しても、このような感じなので、あと少なく見積もっても1週間は咲き続け、うまくいけば1か月ほど咲き続けそうな気にもさせてくれる。

今日も咲きがら摘みをしている傍からご近所の方が声をかけていただくものだから、ついついおすそ分けをしながらの作業となった。5軒の方にバラをお配りしたが、まだまだおすそ分けはできそうだ。引越挨拶は済んではいるが、「気は心」ということもあり、あと3軒ほど渡したい家があるので、また明日おすそ分けをしたい。「ほめれば猿も木に登る」ではないけれど、こちらも気分がよくなるし、咲きっぱなしで枯れてしまうのももったいないので、でき得る限り差し上げたい。

この家でバラを配れるのも今年で最期だ。

冬に枝を切り詰める作業は、バラをやっている者にとっては当然の行為。私も毎年やってはいたが、その切り方は、せいぜい3~40㎝程度。全体の木の5分の1ぐらいだったと思う。しかし、今回はマニュアルどおり、半分以上切ったものが多かった。気持ち的には、半分を切ってしまったのだから来年はあきらめるしかなさそうという気持ちが正直な気持ちであった。しかし、それが正解であった。半分以上切ることがバラをたくさん咲かせる術らしい。私は素人なので、やはり思いっきり切ることができなかったのだ。毎年咲くことは咲いたが、今年の咲き方に比べると半分以下だったと思う。

今回、引越で初めて知ったことだが、冬季はやはり、マニュアルどおり、しっかりと枝詰めをすべきで、極論すると木全体の半分はカットすべきだと学んだ。

移植は大変な作業だったが、新しい発見も数多くできた貴重な作業であった。

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速く打つとは速く打つにあらず [生活]

2019.5.13


こんばんは。

今、風呂から上がったが、少し体が温まりにくかった。それだけ気温は低いのかもしれない。

最近、ブラインドタッチで打たなかったものだから、少し打つのが遅い気がしていた。やはり手元を見て打つ打ち方は最終的には早くは打てないということになる。

長々と打つことがないと他人との速度に対する劣等感を体感することもない。

運悪く、私はその速度で技量を測られる仕事についていたものだから、おいそれとブラインドタッチをあきらめるわけにはいかない事情があった。

A4用紙30行の1200字ぐらいならば、余り優劣がつくこともないが、それを10枚、20枚・・・100枚と打ち続けるとかなりの差が出てくることになる。 一般的には論文、卒論の類であろうか。新聞記事もそうかもしれない。私の生業というと、後者のほうの100枚近くかそれ以上だったので、手元を見ないで打っている隣席の者と比べると、1時間、2時間の違いが出てきてしまうこともままあった。流石に1時間の差を付けられるとかなり凹む。自分にはこの仕事は向いていないんじゃないかとか、早く打ち続けることは天性のものなので、そう簡単に克服はできないのではないかと考えつつ打つものだから、なおのことそのスピードは遅くなってしまった。

よくよくその差を考えてみると、こういう結論に達した。

それはゆっくりでもキーボードを見ずに打つ。これしかないことに気がついた。

誤打をすると【次の作業】が加わり、訂正をし終わった後で、やっとこと次の文字を打つことになる。

【次の作業】とは「日本経済」を例えにすると・・・・。

「日本経済」⇒「日本ケイサイ」(誤打)⇒「ケイサイ」(削除の為、4回スキッフか削除キー1回)⇒「経済」(打直し)の作業が繰り返される。つまり、誤打をすると11回打って打ち直しが終了するが、誤打をしなければ5回打つだけだ。

「ケイザイ」を打つ作業で11回打つか5回打つかの違いが出てくる。それを40字ごとに1回誤打をしたとするなら、1ページ゙40字×30行の用紙の場合、30回誤打をすることとなり、1回につき6回多く打ったとして、30×6=180回多く打つ計算となる。A4判1ページに180回多く打つ。10枚打てば1800回、100枚打てば18000回となる。キーボードをそれだけたたくわけだから、当然、1時間ぐらいの差は出てくる。

そんな誤打をするわけはないとお思いだろうが、自分で自分をよく観察してみるとよくわかる。40字を打ち間違いなくスラスラとどれだけ打てるだろうか。1回はできたとしても、その次はどうだろう。そして、その次は・・・・。

最終的に私がたどり着いた結論は、ゆっくり間違いなく打ち続けることと、速いタッチで1行に必ず1回誤打を繰り返すのとでは、ゆっくりかんで含んで言葉を口の中に落とし込んで指先につなげていく打ち方が一番速いということだ。これは意外だが、間違いない。

キーボードの速さなど関心のない方には詰まらぬ記事となった。

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半年を振り返ろう・・・・かい [生活]

2019.5.11

こんばんは。

今日もあっという間に終わった。前家のバラの管理をし、今の家のバラの管理をし、一日が終わってしまった。

若い現役世代はいい気分転換ということになるが、2割現役にとっては残りの8割は自由裁量であるわけで、いいのか悪いのか、休みのありがたさが希薄になっていることは確かだ。


噴霧器がついた壊れた。圧水式というのか、希釈された農薬が入ったボトル内に圧をかけ、その勢いでホースから噴霧するというもの。管の詰まりは針金を通し、ドロドロになった管内をきれいに掃除した。噴霧される先端のノズルも分解して掃除をした。噴霧器スイッチもホースの水圧で管内の詰まりはなくなった。しかし、うまく噴霧できない。できてもきれいに噴水状に農薬が散布が続かない。一旦スイッチを切って、再度オンすると一瞬きれいに噴霧されるが、やはり続かない----以前は、これであきらめ新しいものを購入していたが、最近はしつこく探求することにしている。というのも噴霧器本体は、かなり頑丈な硬質プラスチック性。これをゴミとして出すのはかなり心苦しい。プカプカ海に浮かぶゴミとは考えたくないが、それに近い状態でどこかに放置されることは明らか。じゃ、もう少し利用できる方法を考えないといけない。ゴミにしてはいけないと思ってしまう。そういえば、噴霧器のスイッチより手前までは勢いよく農薬は出ていたのを確認した。ということは、この先が問題だ。それを交換すればまだまだ使えるかもしれない---待てばいいという話だが、待っていては仕事にならない。引越したバラはまだ発育も遅く、弱々しい新葉っぱに薬がかかっては発育には逆効果になるので、噴霧器の登場には相成らない。ちょうどいいと言えばちょうどいいのだが、やはり、盛夏には散布が必要となるので、買い求めるしかないようだ。以前、取り壊した実家に噴霧器があったが、それは処分してしまった。ひょっとしたらまだまだ活躍ができたかもしれないと思うとちょっと悔しい。こういう「あのときとっておけばよかった~~~」という気持ちが断舎離を阻む前触れとなる。


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相変わらず、グダグダと詰まらぬ話を書いている。


そろそろ1年の半分が終わる。早いと言えば早いが、時はそれ以上に早いから、反省会ぐらい早くやっておいたほうがいいに決まっている。

1月・・・・12月に引越、1月・お正月、掃除・定位置決め・テレビ・インターネット等々、体が新しい家に慣れない。

2月・・・・母亡くなり、葬儀・納骨・挨拶・御礼・・・で終了。ハウスメーカーと最終的な詰め。覚書等を交わす。外溝工事、ようやく終了。バラ移植。

3月・・・・仕事・・・仕事・・・仕事・・・で終了。

4月・・・・仕事を終了。バラ施肥。ようやく定着??

5月・・・ゴールデンウィーク。2家族来襲。2週間近くてんやわんや。風邪。連休後半から昨日まで微熱・咳。

大したことはやっていないことに驚く。年初、新年の目標を掲げたが、全くほど遠い生活に終始。


日常の生活に振り回せされるのが人間だ。その中で、どう自分のやるべき道しるべを見失わないかということに尽きるのだろう。若い世代はまだ時間がある・・・・かもしれない。老人には全くそれがない。いつ病に倒れるやも知れぬわけで、やはり、その切迫感は若い時分の自分を思い返しても雲泥の差がある。

「若いっていいね」と若い人に無責任に声をかけていたが、最近は「若いっていいね」と声をかけるものの、「俺とそんなに先の長さに変わりはないのに・・・」と心密かに思ってしまったりしている嫌なジジイに成り下がっている。

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家づくりは一回では成功しない(17) [我が家]

2019.5.10


こんばんは。

人は誰も時が過ぎていく状況を考えるときがある。それをただぼんやりと他人事のように見ていくのか、しっかりと自分の事として受け止めていくのか。それが仕事中なのか、休暇中なのかで自ずと違ってくる。問題は、時が過ぎていくという自覚があるかないかだ。私の若いころの話だが、そういう自覚は全くなかった。時が過ぎていくという感覚もわからなかった。しかし、今は違う。私のような愚鈍は、後ろに火がついてようやく気がついた。

「これじゃ、いかん」「もっと速く、正確にしないと」と思っても考えと行動は同期しない。人は誰もその時その時を一生懸命に生きる。大方の人たちは皆そうだ。世の中は残念ながら競争社会だ。残念ながら弱肉強食だ。一歩先んじる人もいれば、倒れ、死に絶える人もいる。

「自信」は人間にとって最大の財産だ。物欲的なお金ではなく、精神的な「自信」だ。これだけのことを、あれだけ工夫し、辛抱し、出した結果だ。その「自信」はお金に破れることは絶対ない。この先も永遠にない。「自信」はほかの何よりも強く、たくましい。

一度や二度の失敗でたじろいでいては、その自信は得られない。自信を得るチャンスは万人に平等だ。これは救い。愚鈍なる輩にとってはまたとないチャンスだ。そのチャンスを生かし、創意工夫でそのチャンスをつかむ。チャンスは必ずめぐってくる。そう信じ努力し続ければ、きっとその時は来る。


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2018年8月1日の現場です。

細かいところにも屋根材は張りめぐらされたきた

DSC_0191.JPG



















DSC_0190.JPG


こちらもきれいになされている。














 


立て板も入り、添え木もしっかりと打たれている。

 

DSC_0195/4.23マデ.JPG

窓枠が入ってきた。





















DSC_0192.JPG

立て板の3分の1ぐらいが

坊蟻のために薬品が塗られていた。









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トランプさんと安倍さんに・・・ふと思うこと。 [新聞記事]

2019.5.10


こんばんは。

日は日に日に長くなってきた。6時でやっと暗くなる。庭仕事もはかどる。

昨日は前家(前に住んでいた家)に行き雑草取りと家の窓明けをしてきた。

バラは依然として咲き誇っている。この時期害虫の発生はアブラムシぐらいだから、まだ時間的な余裕はある。昨日と今日の暑さを思うと今年の夏は昨年以上に厳しいのではないかと危惧される。

話は変わって政治の話。

アメリカは対中国に関税をしっかりかけると決定され、中国の動向に注目が集まる。ドル円は下がっているが週末となり、これがまた潮目を変えるかは静観したい。トランプは政治家ではなく経営者だ。損得のみで動いているからアメリカ人には評判がいい。このまま突き進みそうな気配だ。日本人として、彼にすり寄るような態度は世界の国から軽んじられる。それは政治家として、人間として「おまえ、大丈夫か」と思われる。政治家として、どう思われようと私たち庶民にはあんまり関係はないかもしれないが、政治家と同等に日本人を判断されてはたまったものではない。原水禁に賛同せず、東日本が遭っても原発を捨てず、温室効果ガスに対しても後ろ向きだ。余りにも日和見過ぎで見ていてハラハラするし、恥ずかしい。訪日外国人が多いから関係ないと思われる方がおありだろうが、彼らは日本の文化を敬愛しているに過ぎず、日本人を尊敬しているのではない。・・・・・・・・とならないことを切に願ってしまう。


 

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移植バラの状況報告(5月9日) [バラ]

2019.5.9


こんばんは。

今日も天気がよく快適な一日だった。暑くならないうちに事を進めなければいけない。

こう思えるのも、体はほぼ全快。家人は愚息宅へ定例のヘルプ。体がだるかった私は

流石に遠慮しろと言われ、自分も自信がないものだから自宅待機となった。

・・・とは言っても微熱・倦怠感・少々の咳なので、以前住んでいた家のバラ状況を見てきた。

今回移植をあきらめ1年後に繰り延べた4本は、どれも大きく育っている。スパニッシュビューティ、ボンボラネッラ、イエローバニー、新雪だ。

2本はカミキリムシにやられたが、必死の治療で復活。4本とも今年は威勢がいい。

DSC_1876.JPG



これはイエローバニー。

ちょっと画面が明るすぎた。



















 

DSC_1877.JPGこれはスパニッシュビューティ。





















DSC_1875.JPG

「うらら」孫の名前に合わせて購入。

かなり強く。これで3年ものだから立派。

これは置いてゆくバラ。
















DSC_1878.JPG

イエローバニーを単体で写すと結構見られる。




















残念ながら「新雪」は蕾が5つほどでほかの木に押され気味。ついつい写真に撮るのを忘れてしまった。

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こちらは移植後のバラ。

DSC_1874.JPG










































これはかなり枝を切り込んだ「ピース」という黄色いきれいなバラ。

私が一番最初に買ったもの。今年は多分咲かないと思う。


DSC_1875.JPG











































これは「ピーエル・ド・ロンサーン」。名前のつづりは不確か。

現在、2mはある。移植時、かなり切り込んでの残2m。根元はしっかり土盛りをし、水を蓄えやすくしている。その左側の2鉢は「淡雪」の挿し木(一昨年ぐらいに)

DSC_1876.JPG











































これは「淡雪」。2日ほど前からあきらめていた蕾があちこちに付き始めた。これはうまく咲きそうだ。

DSC_1877(1) (1).JPG
















これは「春霞」。移植後、発芽したものの不調となり、枝の半分をカットしたら復活し始めた。

もちろん、水やりは2か月以上を経過。

 

 

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移植バラの難しさ [バラ]

2019.5.8


こんにちは。

依然だるさと咳が続く。本当は引越前の家に行って残ったバラの世話をすべきところなんだけど、体が思わしくないので仕方なく家にいる。


今回はバラお宅の話。


生き物の移植にはリスクを伴うことはもちろんだが、バラに関しても同様だ。私という生き物も、今回その例に漏れず、今日は移動せずじっとしている。


その植物の大きさにもよるけれど、今回初めてその難しさを経験した・・・・・いや、経験している。

木が大きいと根をどこかであきらめなければいけないことになる。なぜなら、木が大きい分根っこは奥深く伸びているからだ。根っこをすべて切断することなく持ってこれるに越したことはないが、それができる木の大きさはせいぜい2m以下の木だ。


【木の高さに根の長さ比例する】

高さが低い木は当然、根も短い。枝葉の先を真下に落としたところあたりに根があると思っていい。

こんな感じ。

DSC_1878.JPG







































例えば、木高1.2mの自立のバラを移植しようとした場合、枝葉の外側から真っ直ぐに下ろしたところ、直径1mぐらいの円を木の回りに描いて掘っていけば、100%根を切らずに移植ができる。

桜は年と共に大木となり、木周りは膨れる。バラは10年経ったから、20年経ったからといって大木にはならない。その分、バラは内部に水をためない性質があるのかもしれない。つまり、年輪はかなり密であり、固い。一見すると細いので簡単に考えがちだが、人の腕より太くなっていたら、その根はかなり深いと考えたほうがいい。

【木高2m以上、太さ二の腕以上の場合】

根っこは木にとっては命の源であり、根元ではゴボウほどの太さの根も、その先は段々と細くなりモヤシ状態となり、その先はヒゲ根となる。そのヒゲの先を動かし、土の水養分を吸い続け、幹に送り込んでいく。自然の摂理というか、当然の結末でもあるが、根は固い地層より、より柔らかい地層に向かってその触手を伸ばしていく。つまり、北側にブロック塀があり、他の三方向が土だった場合、北側には伸びていない可能性が高い。根っことしては、他の三方向のうち、より柔らかい土に根を伸ばしていく。

つたない絵をかくとこんな感じだ。

DSC_1879.JPG































予想以上につたない絵だ。

この絵のように横に伸びているわけだが、その伸びしろに予想を覆らされることが多い。

北(絵の上方向)に行けない分、枝の真下分(その前の絵)×2倍以上の伸びしろを考えておいたほうが無難。もし左右南の土が柔らかい畑のようなフカフカの土であったらば、3~4m以上は伸びていてもおかしくはない。

【長く・深く掘り起こせない根】

これがある場合とない場合、対応は大いに異なってくる。

1)掘り起こせる場合

これは何の問題もない--とは言っても、これを埋める段になったとき、3~4mもある根っこをどうやって埋めるかは、それぞれの事情で何とも言えないが、でき得る限り切断はしない方向で考えるべきだと思う。

2)掘り起こせない場合

これは切断するしか方法はない。できる限り、先の先を切るしかない。そこは運を天に任せて切る。

これのみ。

【挿し木は長くかかる覚悟が必要】

ヒゲ根を温存できず切断した場合、ゴボウ状態の根っこに土をかぶせ水をやるわけだが、果たしてそれがうまくいくだろうか。

バラは挿し木と接ぎ木ができる。接ぎ木のほうは、バラ苗を買うと根元にテープが巻いてあることがあるが、あれは野ばらに接ぎ木をしたもの。とは言う私は接ぎ木の経験はないので、これ以上のコメントはできないが、今度ぜひ試してみたいと思う。

そこで挿し木のほうだが、これはかなりの時間と根気か必要な作業となる。

接ぎ木のやり方は、次回に持ち越すことにするが、移植後、当然葉っぱの状態、新芽が出てくるかを今か今かと待ち望むわけだが、1か月ほどで大体オッケイと思う方々が多くいると思う。30日間毎日朝に夕に水をやり続ければ、大体根付くと誰もが思う。実際に新芽は出るし、新芽の勢いもある。しかし、それは不正解だ。

試しに、葉っぱの付いたバラの枝を5センチほどの長さで土に差して水をやり続けて見てほしい。1か月過ぎても、その枝は枯れない。葉っぱも全く勢いを落とすことはない。そっと抜いて見てほしい。恐らく、ヒゲ根は出てはこない。生け花のごとく水を吸い上げているだけなのだ。

【切断根のバラ木は2~3か月かかる】

今回、3メートル7年ものを4本移植したが、依然として安定はしていない。

途中、再切詰をしたりしたものもあり、悪戦苦闘だが、蕾も持ち始めたので、多分だが・・・切断ゴボウ根の先に新しくヒゲ根が出始めたのではないかと思っている。

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家づくりは一回では成功しない(16) [我が家]

2019.5.8


こんにちは。

やはり風邪か。薬を処方してもらい飲んでいるが咳は続き、若干のだるさがある。

普段便秘気味な私だが昨日から下痢気味なのは薬のせいか。

やらねばならないことはたくさんあるのだが体と心が付いてこないのには困ったもんだ。


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撮影日時2018.7.31早朝。まだ棟梁は来ていない。私がいると仕事の邪魔になるので、

多少時間をずらせるときはずらして撮影している。

DSC_0176.JPG


青い丸点が気になるが・・・


ここは入り口左隣の立て窓3枚


















DSC_0177/4.22マデ.JPGここは仕事部屋前の高窓(はめ殺し)























DSC_0178.JPG入り口の天井明り取り窓。

ここの窓はやはり正解。






















DSC_0179.JPG

リビング・ダイニングの西窓。

腰高の窓にした。















DSC_0180.JPG

サッシが運び込まれた。

色は黒っぽい。正確にはダークブラウン?















DSC_0181.JPG

これは和室の北窓。















DSC_0182.JPG


ここはトイレの窓。




















DSC_0186.JPG寝室の東は窓
















DSC_0187.JPG

この中途半端さが気になるが

ここはクローゼットに付ける小さな窓。





日中はうだるような暑さ。まさに猛暑が続いている。窓の外に見えるのはウォータークーラー。

ウォータークーラーには麦茶。加えてクーラーボックスには缶ジュースを用意。

酷暑に何もしないで見ている度胸がない私は、イソイソと毎日水分を用意した。













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3日から調子が悪い [生活]

2019.5.7


こんばんは。

この時期、花粉症気味の私は辛い時期だ。今年は真面目に医者に行き、薬を処方してもらったおかげで鼻水も目も喉もほとんど不快な思いをしないで済んでいた。

ところが5月3日の朝、薬を飲んだが効かない。全然効かない。鼻水はズルズル、あの不快な鼻から脳天にかけての詰まり具合。若干、熱っぽくもあるような、家人曰く「花粉の種類が変わったからよ。スギからヒノキになったんじゃない?」。そう言われれば、そういうこともありそうな気がするし、素人の私にはさっぱりわからない。そうこうするうちに、ますます症状は悪化。鼻水は壊れた蛇口のような状態になってきた。ティッシュは幾らあっても足りず、孫や嫁とも話すこともままならず、ただただ鼻をかむばかり。

愚息の一家族が帰り、二家族目が帰った後、やんわりと熱が出、節々も痛くなった。もう何もやる気力も薄れ、ぼんやりと溜まった映画鑑賞を続けていた。病院は当然どこも休み。やっとこと薬箱の隅を突つき3か月前にもらった薬1日分を発見。それを飲みきって5日を終了。6日は薬なしで我慢をし、今日やっと病院に行ってきた。9時にすかさず行ったせいもあり、ゴールデンウィーク明けの割には空いていて、11時には終了。今は1回分を飲み様子を見ているが、あまり芳しくはない。咳が続くのでちょっとだけ辛いな。胸も咳のためか気管が少し熱く感じるような・・・・。

ジジイになると生きていくのも大変だ。

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圏央道の恐怖 [生活]

2019.5.7


こんばんは。

GWもやっと終わった。ニュースを見ていると、確かに長い休みがあったおかげだと言う人もいれば、こんなに長いと困る、生活に困る、やることがないと人生いろいろだから嘆きもいろいろということか。

確かに平日、時給や派遣で働いている人にとっては生活を脅かす。10日間の稼ぎの穴埋めをどこで取り戻そうかと考える。それもあり得る世知辛いご時世だ。

逆にサービス業にお勤めの方は、毎日が戦争状態だったはず。いつ来るかわからない気ままなお客に対して布陣を張らなければならないから経営者も大変な苦労がある。いつもの予想がつく土日、平日であってほしいと思っているに違いない。

今日の株価はトランプさんの一言で300円以上の大暴落。ドル円もマイナス1円以上。のんびりゴールデンウィークと言っていられなかった御仁もおありだと思う。向き合えない状況時にはエントリーしない。これも投資の鉄則だ。運良く益を得た方がいても、それはビギナーズラックに近く、次はないと思ったほうがいい。


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先月末東北道を通って帰ってきたときのこと。「そうだ、圏央道に行こう」ということになった。そろそろ疲れてきたし、白河あたりから筑波方面に行けば、都心に入るより近いし、混まないだろうということになったわけだ。

東北道から圏央道へジャンクションを抜けて「シッパイ!」と家人と声を合わせてしまった。それは以前、常磐道を通ったときのことを思い出したからだ。常磐道は片側一車線で双方向通行、しかも中央分離帯はないのに高速道路という恐怖高速道路であったからだ。

今回、少しだけ安心したのは、中央分離帯ラシキものがあった。「ラシキ」という甚だ心もとないもので、カラーコーン?、バイロン?名前はよくわからないけど、そんなものが上下線の真ん中にポコンと置いてあるだけ。加えてもう少し正確に言うと、道路の真ん中に凹凸物もあったし、ところどころに追い越し車線もあった。しかし、この追い越し車線の終了までに何とか我等遅い車を追い抜きたいと思う輩がいたりするわけで、猛スピードが私たちの横をすり抜けていく。追い越し車線があればあったで、またまた恐怖を味わうことになった。

片側一車線とはいえ、高速道路と名のついた道路になると、流石に我々ものんびりと走るわけにはいかず、ついつい後ろを気遣い走ってしまうことになるのは当然の理。速度規制は70キロ。だから、少しだけおまけを付け90キロで走っていくが、当然、対向車も同じぐらいの速度を出して行き交う。それがずっとずっと無分離帯域状態で瞬間180キロで交差するというディズニーランドも真っ青なアトラクションロードとなった。

やはり、千葉と茨城は高速道路でも迫害され続けるな。

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何も変わってはいない・・・・ [新聞記事]

2019.5.1


こんばんは。

世の中はカウントダウンで令和をお祝いしている。自分もその輪の中に入らないこともないが、余り気は進まない。確かに昭和天皇の退位は大変な変革で、多くの国民に期待と不安を呼び覚ます。今思い返しても平成は大変な時代だった。特に、私たちのような年代は、平成元年前後のバブル期を経験し、オウムを、阪神淡路を、9.11を、東日本を経験した。しかもライブでそのほとんどを経験し、テレビで見入った世代で、その記憶は今も鮮明だ。阪神淡路は、朝のニュース番組が突然変わり、震災現場を映し出したし、オウム事件のときは、その現場を運良く通らなかっただけの幸運を感じた。9.11も偶然にも見ていたテレビ画面が変わり、あのビルに飛行機が飛び込み、かなりの時間をスローで感じながら倒壊していった。東日本の午後2時46分も自宅で仕事をしており、運良く難を免れた。平成の災害はすべて自宅で遭遇したラッキーな自分がいたが、次の時代はどうであろう。


大正・昭和の時代は戦争を幾度となく経験し、「もう二度と過ちは繰り返しません・・・」というフレーズで代表されるように、その時代の誰もがそう思っていた。だから平成の時代に戦争は起こらなかったと言っても間違いではない。では、次の時代、令和はどういう歩みを歩むのか。その多くが、いやそのほとんどは戦争の知らない世代にとって代わっている。戦争の知らない人間が操縦桿を握り、銃口を向け、核のボタンの責任者となる。

自然災害に関してしも、時代が変わったことでも何一つ好転したわけはなく、刻一刻と悪化の一途をたどっていることは間違いない。

新元号、新天皇に水を差すつもりはサラサラないが、歴史と自然という時間軸は確実に進み、確実に悪化していることを肝に銘じていきたいと思う。


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温泉に入って原発を想う [生活]

こんばんは。

金曜日の夜から東北に行ってまいりました。

高湯温泉というところ。多分、山形県?いや福島県??

もともと大雑把な性分の私は大体いつもこんなもんです。強いて弁解するのであれば、2泊目が山形の奥地に行ったことと、前日の高湯温泉が福島から直ぐだったということもあるかもしれないが、ちょっと位置関係が曖昧でありんす。家人が一緒に行ったということもあり、彼女の地元ということでおんぶに抱っこ感覚であったことも、この原因であると申し添えておきましょう。

地元の強みと地の利を生かして共同浴場に行ってきました。もちろん、泊まるところもあるし、日帰り湯もあるけど、それ相応に高いのでやめたという次第。夕食は地元のおいしいお蕎麦を食べ、ホテルはゴールデンウィーク前日の金曜日ということもあり、なかなかとれないこともあって、ここも割り切ってビジネスホテル泊。

高湯の入浴料は250円。小さい共同浴場で3人分しか洗う場所はない。風呂は10畳ぐらいか。半露天。湯花が混じった「正真正銘源泉かけ流し」が間断なく流れ込んでおり、流れ込み近くは硫黄ガスが混じっているから、流れ込み口付近では、余り嗅ぎ続けることはしないようにという注意書きがあるほど。そのため、屋根は完全に覆うことはせず、半分空が見える。

源泉が入ってくる木製の樋も、源泉が溢れ出ていく岩質の水路もべったり湯花がくっついていて、「源泉かけ流し」などと声高らかにセールストークしている千葉の温浴施設が恥ずかしい。十分温まり、体もツルツルで帰ってきた。入っている人たちは皆地元のおやじたちばかり。言葉はよくわからなかったが、山菜の話とか、桜の話をしていた。特に山菜の話には耳をそばだててしまった。

A「公園の桜ははもう終わったかな?」

B「う~ん、やっと散り始めたところだ。もう少し見られるな」

C「山菜はどうだ?」

A「なみえのほうは?」

B「年寄りは食べるだろうけど、若者はあんまりだな」

私は聞き入ることもなしに聞いていたわけだが、・・・初めはこっちの若者も山菜なんて食べないのだと思っていたが、どうもそうではない。「ナミエ?」だ。

あの浪江のようだ。そうか・・・・・・、そうだよね。妙に納得。

まだまだ原発の爪痕はそこここに残っている。

そんな原発に久々の朗報。対テロ策を講じていない場合は施設延長・再開はしないという記事。どこまでが本気なのは今後の裁判所の出方次第。こういう手があったのだと喝采したいのは私だけではあるまい。

有史以来、プレートとプレートの活動は止まることもなく、確実に今も続いている。2つのプレートのストレスが地震となってあらわれるわけで、いずれ日本は大陸に飲み込まれるのは間違いない。そのとき人間という生き物が残されているのかいないのかは知るよしもないが、原子力という生き物は残っていき、多くの悪さを繰り返していく。人間は自然界に対し謙虚であらねばならないのに、自然界に対し、絶えず対抗し、服従させようとする愚か者だ。あれだけの大きな敗北を期しながら、再び同じ挑戦をし続ける愚か者だ。その愚かさを起動修正させるのが為政者の唯一無二の仕事ではないのか。

東北の山々は新緑の息吹を見せ始めていた。去年の濃緑の葉に新緑の薄緑の葉が混じるこのシーズンは新緑の醍醐味、自然の醍醐味を感じる一瞬だ。この美しい自然を壊す権利は、我々人間は誰一人として与えられてはいない。

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孫さんも失敗した。 [マネー]

2019.4.25


こんばんは。

今日も一日忙しく駆け回った。司法書士さんに登記費用の振り込み。結構、いい金額だ。

今、ATMでは10万円以上は振り込めないから窓口に並ぶことになる。同行・他支店でも540円かかった。その間、20分までは無料の駐車場(他銀行)に止めておいたが、20分をオーバーしたらしく400円をとられた。結局、940円の出費となった。これなら初めからネットバンキングでの振り込みにしておけば324円と破格であった。いつもは3回までは手数料0円なので、ついつい欲をかいてしまったということです。せこい話だ。小市民はしょうがないね。

連休前のためだろう、銀行はだんだん混んできていた。自分が銀行を後にするころATMには20人を超す人が並び始めていた。明日はもっとすごいことになる。


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新聞(朝日)にページ真ん中あたり、12分の1ページぐらいのスペースを割いて孫さんがビットコインで損失と書いてあった。ざっとしか見なかったけど、億単位の個人資産だそうだ。上がるのを見て、もっと上がると踏んだようだが、その後、下落-損失決済をしたと書いてあった。孫さんもそんな危ない橋をわたるのか。じゃ、俺たちが損失をしたってしょうがない------という話には絶対にならないね。 もし、我々が何億もの損失を出したら、お金はもちろん、家も、仕事も、地位も、家族も、何もかも失う。彼にとっては太股を蚊に刺されたようなもんだろうけど。

ただ、教訓として、あの孫さんも人の子、我々とそう変わりはないということ。欲は人を変える。彼の失敗は自分への教訓として、投資をされる方は十分にご注意、ご注意。


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先の先を読む [生活]

2019.4.24


こんばんは。

暇なうちにやるべきことをやっておかなければいけない。昨日は都心の区役所に行って徐票をもらったと書いたが、「あれっ」と思ったことがある。それは値段だ。3通発行してもらったが、幾らだと思う。

以前の相場観だと住民票がたしか300円ぐらいだったと思ったけど・・・・、戸籍謄本は400円ぐらいだったような、定かではないが、戸籍謄本のほうがちょっとだけ高いなと思った記憶がある。

徐票を3通いただいて支払いの準備をする。財布に手を入れる。3通だから、まず1,000円を出し、小銭に目をやった。500円玉が1枚、100円玉が4枚、10円玉が4~5枚、1円玉と5円玉があったので、1通500円として1,500円と予想した。消費税もかかるのかもとも思い。小銭受けに1,000円札を入れて、彼女の声とレシートをしばし待った。「えっ!」と指が確実に止まった。

彼女「2,250円です」

私「・・・・・」(たかっ~~~~イ)

一瞬、3で割ることができなかったが、今、よく考えると750円したことになる。あんな紙ッ切れが750円???と思う。区役所行政のサービスは誰に対してのものなのであろうか。私たち庶民は遊びで職員を煩わしているわけではない。必要に迫られ、行政の請求の元、発行を余儀なくされたわけで、日常生活では全く交差するものではないのだ。もう少し安く庶民に還元すべきではないのか。プリントアウトのボタン一つで発行されるだけの作業で、なぜ、こんな高額を払わなければいけないのか。お上のやることは依然として疑問だ。


今日は母の生命保険を解約してきた。死亡保険というもので亡くなったときに、死亡届と徐票と私の身分証明書、銀行口座が必要とのこと。今回、その保険証券があったから、なんということはなく事はスムーズに進んだ。


親の生命保険だが、あなたはそのありかがわかっているのだろうか。生命保険証である紙ベースの存在はわかっているのであろうか。保険証券がわからない人に「その番号はわかっていますか?」って聞くほうが無粋だが、保険証券がわからない場合、その番号を控えている奇特な人間がいるわけがない・・・・と私は思っているが、一応、聞いてみよう。「番号控えている人・・・います?」この紙ベースの保険証券がないと大変な労力が必要となる。

次に言われることが、「そこに押してある同じ判子が必要だ」と保険会社は平然と言う。保険証券がないのに、そこに使われていた判子がわかるわけがない。もちろん、被保険者と言われる本人は死んでしまているわけだから死人に口なしだ。そう言うと、「では、改印手続きが必要になります」とくる。それに添付すべき書類は「あなたがお母様の本当の息子(娘)である証拠が必要です。つまり、お母様の戸籍謄本が必要になります」とくる。あなたのお母さんの本籍が、今の現住所なら簡単だが、お母さんの本籍が遠く北海道だったら、熊本だったら、そこに問い合わせをしなければならなくなる。これは下ろさせないための嫌がらせではないかと思うほど、大変な労力が必要になる。結構、保険会社は、その障害を予期している節があるような気がする。


「あなたに負担はかけないようにしているから。生命保険入っているから安心しろ」。ご両親のその言葉に安堵してはいけない。「じゃ、その保険証券は?貸し金庫に入れてある?」「自分が預かっておこうか?」などなど、万が一のとき困らないように、トコトン詰めておいたほうがいい。


このゴールデンウィークは親孝行の絶好の機会であるのと同時に、保険証券とか、株券、ネット証券、ネット投資信託、ネットバンク等々、親が関わっている財産を臆することなく共有するよい機会であることも忘れてはいけない。きれいごとで終わらせていると、ご両親が大事に育てた財産を全く回収することができなくなることが確実にやってくることも併せて考える必要がある。

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都会は動いているね。 [生活]

2019.4.23


こんばんは。

今日は久々に東京方面に出かけてきた。母親の後仕事がまだ残っていて、除籍謄本を取らなければ事が進まないことが多く、本籍が東京なので、東京に出かけてきた。昼少し前だったが電車は立っている人はほとんどいないぐらいで、ちょうどの混み具合であった。

何人かのリクルートスーツに身を包んだ若者が行き交えっていた。この時期は皆黒いスーツを来ているが、既に新入社員なのか、リクルート中なのかは直ぐにわかった。リクルート中の若者は皆固い表情でスマフォを見ていたり、道の脇に避けて、小休止なのだろうか、次の会社の位置確認のためマップでも見ているのであろうか、スマフォを見ている光景に出くわすことが多かった。一方、新入社員は過去1年間の緊張が解けたとばかりに皆笑顔で、ほんの一時期の同期・隣机となるメンバーと楽しげに談笑しながら街を闊歩していた。


私の入社時、一人きりではなかったので、当然、同期がいるはずであったが、社内組織上、近くにいる環境にはなかったので、いつも一人きりでの判断であり、気安く相談できる同期という者はいなかった。もちろん、同期に相談したところで、それは一瞬の安らぎであるだけなので、よいことばかりではないが、一応、群れることができるという意味で言えば安心感はあったかもしれない。

そんな新人たちも多くの試練を乗り越え、仕事をマスターし、徐々に一人前になっていく。この会社の仕事が自分に合っているのかいないのか、もっとよく知っているべきであったと思うかもしれないが、この会社に入った以上は形を残さなければ、自分には何も残らないことになるわけで、そうたやすく辞めるわけにはいかないと思うはずだが、今の若者はそうでもないようだ。


根気がない、ガッツがない、根性がない、素直じゃない、ホウ・レン・ソウを知らない、挨拶ができない、敬語が使えない、飲みにケーションを嫌う、質問してこない、メモをとらない・・・・・上司から見れば文句項目は数多く、新入社員としては仕事も覚えなければいけないところに加えて、しっかり、きちんと挨拶をしろとまで言われるんじゃたまったものではないと思っているわけで、どこの職場にあっても攻守せめぎ合っている最中なんだろう。

学校時代、もう少し社会とは、どういうものなんだ、こういう職業も、ああいう職業も、そしてこんな職業もあるんだが、君たちにベストマッチしている職業をよ~く探しなさい、などと言われた試しがないことにひどく不満を感じてしまう。あのとき、もう少し社会のことを提起してくれれば、職を探す範囲を明確に絞れたかもしれないという思いは付いてまわってくる。


学校の先生様へ。実態社会のシステムと多様性を教えてほしいという気持ちは、今も昔も全く変わってはいないと思うよ。これはネットで調べても調べきれないことだから、あなたが教えるほかないと思うんですが、どうだろうか。

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家づくりは一回では成功しない(15) [我が家]

2019.4.22


こんばんは。

ウダルような暑さの今日。夏が少し恐怖に感じられてしまった。だってまだ4月だ。

夜になり、風呂に入ってリビングにいると顔が火照った。今日は外仕事を2時間ほど、それも夕方の15時ごろから始めたのに、この有り様だ。紫外線は確かに強く、4月で日焼けは辛いところだ。


午前中はお蔵入れのパソコンを引っ張り出してきて初期化を試みた。買ったのが2003年ぐらいだろうか。サービス期間はとっくに切れ、必要な情報は有料とのことだが、ギリギリで教えてもらえるところまで必要に迫って聞いてみた。デルのロゴが出ている間、F2を連打すると別画面が出るとか、云々かんぬんいろいろとあるみたいで、F12、F8の使い方を聞いて、いろいろと試したがダメ。必要なCDは手元になく、デルにもないという。有償だと一回1万円ぐらいとられるらしいが、直る保証はない。仕方なしに自分で不要なものを削除した。するとある画面が出てきて、15万個ぐらいあるものを削除を連続して始めた。「やった!」と思いその様子を見ていたが、中には「削除すると機能しなくなるが、どうするか」と聞いてきたものもあり、30分以上かかったが削除に成功。しかし、用不用を聞いてきたにもかかわらず、必要なものまで削除したらしく、今度は全くの無反応になってしまった。もちろん、アイコンもなくなった。ドライバーを入れればいいのだろうけど、それも反応するものはない。

やはりお払い箱にするしかないのか。いつも孫がゲームをするのにパソコンを使わせているのだが、仕事用のパソコンを使わせると、後日、必ず不具合が出てしまうので、やはり仕事用は勘弁してほしい。何とか使っていないもので代用をと思っているが、なかなかうまくいかない。


----・----・----

前回上棟の模様を書いたが、その後の様子。

DSC_0167.JPG

















7月下旬、台風が来るというので、棟梁は急ぎブルーシートを張った。





DSC_0168.JPG

このとき、既にかなり強風が吹いていて、

棟梁にとっては余計な手間だが、どこもしっかりと

シートを張りめぐらしてあり、その仕事ぶりには感心する。





















DSC_0169.JPG

強風気味だったが、瓦職人さんは瓦を屋根に上げ、

早々に引き上げていった。




















DSC_0170.JPG瓦は重いから、そうそう飛ぶことはないと思うが、大丈夫だろうか・・・・。























DSC_0171.JPG

台風一過、朝来てみたら既にシートは片づけられていた。仕事、早いね。





















DSC_0172.JPG

こちらもご覧のとおりだ。




















 

DSC_0173.JPG
これは窓枠。

サッシが運び込まれてきた。





















DSC_0174.JPG




こちらは入り口ドアサッシ。

今回は家人の希望で

引き違い戸にした。

曇りガラスに見えるところがドア面の半分を占める。



















DSC_0176.JPG

何やらブルーの丸印。

定かではないが、当然、これを目印にして事を進めるのだと思う。





















DSC_0175.JPG

これは瓦。

左側のものはカットして使うようだった。

























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気付いていない愚かさ [新聞記事]

2019.4.21


こんにちは。


相変わらず、バラは一進一退。根付いているのかいないのか。水をあげているから勢いがよいだけなのか。家人は既に2か月経っているから水ではない、土に空気を入れ、土をつくったほうがいいと言う。確かに既に2か月経過。芽は出、若葉が少し開き始め、元気な葉っぱになるものもあれば、若葉がほんの少し開いたと思ったら、しおれ始めるものもある。1本の木の若葉が皆萎んでくると流石に焦ってしまって水を入れてしまうが、ここの点は家人と私は全く正反対の意見だ。これはわからない。土を掘って見るわけにもいかず、今日も水をあげてしまったが、根腐れをしているのかどうか。絶対していないとも言い切れず、困った。


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危うく書くのを忘れるところであった。

今回、多くのところで選挙が行われたが、複数しかも二桁の地域で無投票選挙になっている。

これはどうしてだろうか。議員報酬が少ないから成り手がいない?だから議員報酬を上げようという声があるというが、果たしてそうだろうか。

議員に立候補する人間も、その人間を審判する人間も同じ人間だ。当たり前の話だが、議員になる人間は特別な人間ではない。行政や立法に長けている人間が議員になるわけではない。もちろん、その道に長けている者もいることは確かだが、そのほとんどは一般人の感覚の人間が多い。

櫻田さんを引き合いに出せば、お釣りがたっぷり来るほどにご納得いただけるはず。彼は国政を担っていた。いや、今も担っている。

今回の統一地方選挙のような地域密着の議員先生は、ご承知のように、「長けている」人種と到底思えない。つまり、選挙をするほう、されるほう共に、その気持ちはニアイコールということ。あなたが周りの人間に「おまえ選挙に出ろ」と言われたとすると、「はい、いいよ」と気軽には言わないだろう。それはなぜ?

お金がかかる。当選するかどうかがわからない。今の職業を捨てることなんかできない。職業を捨て、落選したらどうするんだ。その保証はあるのか・・・等々。

所詮、議員になるということは生活費を稼ぐこと。これもニアイコールだ。


その次に来るのが政策だろう。もちろん、そんなことを議員先生が正面切って言うはずもなく、まずは第一に政策、次に来るのも政策・・・政策・・・政策と建前を言う。

つまり、国民も政治家も政治に冷めているのか。だから立候補しない。リスクは侵さない。

誰が悪いの?それは為政者と呼ばれる人たちなのか。皆皆我田引水。私利私欲に走ってばかりいるから、政治はお給料をもらう術だから、何も事が転がり始めない。

この夏、参議院選挙がある。衆参同時という声もチラホラ。ここでもおらが党が、自分が総理に、自分が憲法改正を・・・・自分が・・・・・自分が・・・・・と続く。

この先、もっとその感覚は続くんだろう。選挙に行っても何が変わる?対抗軸の政党に政権をと思っても、その対抗軸がないことも大きな問題。

戦後百年に近い現在、当時は民主主義を誰もが羨望したが、その色合いは薄くかすんできている。民主主義に裏切られれば裏切られるほど、対立軸の過激思想は心地よい響きを持つ。

やはり民衆は極右政策を受け入れてしまうのだろうか。

敏腕なる逸材はどこにいる?


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根気よく前向きに [我が家]

2019.4.20


こんばんは。

夜になってしまった。今日は親指シフトを親指シフトのキーボードではなく、JISキーボードで打てるよう調べたが、なかなか解決策には至らなかった。土曜日ということもあり、富士通は問い合わせ業務がお休み。仕方なく、明後日になりそうだ。目指すはJISキーボードで親指シフト打ちを目指す。

何でそんなことをやるんかいというと、親指シフトのキーボードは値段が高い。それはJISキーボードのそれと比べると7~8倍はする。確かに打ちやすく、それを生業とする我々にとっては生活の源泉となっているが、ここに来てさすがに新しいものに手は出づらくなっていることもあるし、富士通社員の方が、こう言っていた。「新製品は(--とは言っても10年前ぐらい(もっと前かも)に発売されたものであり)Windows10に対応しているが、「10」のみに対応しており、ほかのバージョンでは今一つよくないから買うことはお勧めしない。今お使いものを使っていたほうがいい」と言う。今使っている私の愛機は既に30年以上前のもの------というわけで、全くガラパゴス化が激しい領域。親指シフト自体を知らない方が多い中、それを使っている方も少なく、当然に機種は売れず価格は高止まり状態というわけだ。富士通さんも、そんなおつもりはなかったんだろうが、思いの外一般には普及しなかったようだ。

キーボードはローマ字よりもカナ入力のほうが断然に速い。

例えば、「あなた」とローマ字で打つと「anata」となるが、かな入力だと「あなた」だ。

つまり、ローマ字入力・・・5打。かな入力3打となる。

「今日はいい天気です」と打とうものなら・・・・・・

ローマ字入力・・・・kyouwa iitenkidesu・・・・17打。

かな入力・・・・・・・「きょうはいいてんきです」・・・10打プラス2打。

となる。プラス2打は漢字に変換が2回あるので加えた。

皆さんブログももちろんキーボードで打っているわけであるから釈迦に説法だが、7掛けで打てるわけだから、その労力の差は計り知れない。

JISキーボードで親指シフトが打てれば、無線化のキーボードが使え、オールインワン及びオール無線化も可能となり、頗る快適な親指シフトとなる。連れ合いも私と同様に親指シフトユーザーであるがゆえ、ちゃんと整備しておいてやらないと一人になったときにえらい出費を強いられるわけで、私の最期のプレゼントというわけではないが、それに近からずも遠からじという意味合いで整備している。


----・----・----

 

ついつい話が長くなってしまったが、我が家の庭芝張り状態を少し記したい。

DSC_1862.JPG

この張り方は完全に

素人張りになってしまった。

































DSC_1861.JPG

多分、こんなには埋めるものではないのだと思う。

芝と芝の間に入っている土は庭の土で粘土質のよくない土。





















 










DSC_1858.JPG



庭の半分は、その悪い見本だと思う。なので,残り半分は、正解の張り方で張ってみようと思った。



手前の芝を張ったような跡があるのは、仮置きをしていたためだ。ほんの2~30分の仮置きだったが、しっとりは跡が付いていた。






























DSC_1860.JPGまず、正確を期するため、しっかりと水平に紐を張った。傾斜はかなりある。































DSC_1864.JPG








そこにたっぷり培養土を敷きつめることにした。


































DSC_1865.JPG

左との段差を見ると、どれだけ培養土を高く敷いたとかがわかると思う。




















DSC_1866.JPG













反対側から見たところ。ほぼ10センチの段差。培養土は6袋ぐらいは入った。これでもまだ足りない。









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週末の反省会 [新卒・転職]

2019.4.19


こんばんは。

今週も精一杯働いた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・と君は思う。

学生時代はそれで完結して終わっていたし、周りの友人も皆皆、それがいいにつけ、悪いにつけ認める立場にいてくれた。だから、疲れていても安らいだ。


社会に出て思うこと。それは自分の立場とか、気持ちをおもんばかってくれる人は誰一人いないということか。いたとしても、それはただの慰めなのか、お世辞なのか。こっちの立場を認めてくれたとしても、それはワンフレーズのみ。あとはみんなこちらの立場を認めることはせず、ただただ失敗を失敗として責め続けてくる。先輩として、上司として、思いっきりやれ、責任はみんな俺がとってやる的はことは言うけれど、その前にもっとちゃんと仕事を教えろよと思ったりしてしまう。

あんな教え方では、こっちが誤解してしまうじゃないか。もっとはっきりとこっちが聞き取っているか、理解しているか自分がわかってから次を説明し、手順を教えるべきじゃないのか。まだこっちがノートを書いている途中に、次に向かってしまう、そのせっかちな行動癖はやめるべきだと思うよ。

 

なんて本音で上司に言ったら大変なことになることは目に見えている。

さあ、そんな他人を責めたって仕方がない。まずは仕事を覚えて一人前のスピードでこなせることにするしかない。来週はそこをまずマスターして、再来週には、それをそつなくこなせるよう目標を組もう。

あんな上司には負けられない。そんな上司には負けられない。


今週の僕の反省会は終了だ。

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家づくりは一回では成功しない(14) [我が家]

2019.4.19


こんにちは。

昨日は毎週恒例の木曜日で愚息宅の手伝い日。

しかし、今回は状況が変わって孫がその前日より吐き気があるから学校は休むとメールがあった。

毎回、夕食の下ごしらえを持参していくのだが、昨日も同様に用意をしているときにメールが来たので、若干早めに準備を終え出発となった。運悪く木曜日は小児科が休診日だったが、吐き気は収まらず、急遽内科医に診てもらいに行くと再びメール。我々が到着すると病院から帰宅、薬も服用しているとのこと。ポカリを飲みたいというので、ポカリを飲ませたが、5分ぐらいすると物の見事に全部リバースした。原因は不明。下痢はしていないのでノロではないと思いたい。ノロは辛いらしいから、ノロだったら一挙に我々も罹患するだろう。若者は回復が早いが老人はコロリだからね。


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7月下旬の様子です。

DSC_0148.JPGこれは入り口。

資材もあるし、養生もされているし

狭く感じます。




















DSC_0149.JPG

柱の後は屋根が上がりました。






















DSC_0150.JPGこれで雨で降っても大丈夫。






















DSC_0151.JPGこちらは玄関。

幣串(へいぐし)と 棟札(むなふだ)の上棟セットが家の中心に飾られました。




















屋根裏もしっかりとつくられているのがわかります。


DSC_0153.JPG

鉄の筋交いは仮止め。















DSC_0156(4.19)マデ.JPGこの後上棟式をやりました。
















上棟式前は晴れの日が多く、この後雨が続くらしいとのこと。屋根を上げるまでは雨が降らないのがベスト。皆皆予定通りに進んだと現場監督は喜んでおりました。

この後から棟梁の独り舞台で事は進んでいきます。


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サーマルリサイクルと温室効果ガスは言葉の遊び? [新聞記事]

2019.4.17


こんにちは。


やっと対外的な仕事は終了し、昨日は少しだけ自分たちのために時間を使った。

人に使われる時間と自分だけのために使う時間は大いに違うけど、その感覚の違いに直ぐに慣れてしまうのは凡人のなせる技か。私という凡人は、自分のためだけに与えられた時間のありがたさを、その中に入った瞬間、ものの見事に忘れる。忙しいときは、暇になったら、あれをしよう、これをしなくちゃいけないなどと、さも自分は忙しく、やらなければいけないことがいっぱいあるのだと言い続けているのだが、いざ、その段になると、すっとそのやるべきことを忘れてしまう。忘れてしまうのか、明日でも、明後日でもいいと思うのか。自分自身のことではあるけれど、よくわからないので情けない。まあ、凡人は凡人だから仕方ないと言えば仕方はないが、すっと電光石火のごとく雷神が下りてきて、対外的に忙しくないときにも、やるべきことをびしっとすり込む技を伝授していただければとつくづく思う。


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表題にあるとおり、よいことも悪いことも、そのネーミングは結構よい響きを持つことが多いというお話。これは役人が付けたものなのか、外国から来たものなのかはよく知らないが、まず「サーマルリサイクル」という言葉。

「サーマル」は熱という意味。

「リサイクル」は再利用という意味。(皆さん、十分にご存じだ)

つまり、熱を再利用するということ。

いい響きで、いいことだと誰もが思う。私もそう思う。

しかし、現実にどういうことか。


ゴミは燃えるごみと燃えないごみで分別して出している。燃えるごみは、ご承知のごとく生ゴミなどの燃えるごみ。燃えないごみは納豆の容器とか、ヨーグルトの容器、トレー、お弁当のプラスチック容器などなど。東京都内23区はすべて一緒らしいが、私の住んでいる地域は燃えるごみと燃えないごみで別々に回収している。

そこで疑問が沸いてくる。その燃えないごみの容器は、一体どこに行くのか。全部引っくるめて破砕して再利用??--確かにそうやっていると三角マークが誇らしく片隅に付いての再利用もあるようだが、その量は1割ぐらいらしい。それじゃ、残りの9割はどうしているの?


焼却処分をしている。

分別作業のコストがあるだろうし、再生利用するコストも高い。燃えないごみの再生には経済理論は全く入る余地はない。だから焼却処分をする。

そこで考えたのが-------とは言わないが、「サーマルリサイクル」という言葉と方法。

燃えるごみも燃えないごみも一緒に燃す。「燃している」だけでは按配が悪いので、その熱を「再利用している」と言う。だから、環境にもいい??二酸化炭素を出す方法だけど、再利用しているからいい?

サーマルリサイクルと言えば、響きは悪くないと悪徳代官が考えそうなことだけど、日本はそんな国ではないと信じたい。

すべてがコストだけ。コストだけを追っていると、いずれとんでもないことになる。

平成は災害の年だったけど、平成は終わるから災害も終わる?・・・・・・・・・・・・・・・・・わけはない。

温暖化はもっともっと悪くなっている。3~4日前、真夏でもないのに雷がなった。それは地表面の空気が思いの外高いからにほかならない。気象学は全くわからないから大仰なことは言えないけど「当たらずと言えども遠からず」だと思うよ。

そこを平然と「サーマルリサイクルをしています」と言い放つことに唖然とする。

「温室効果ガス」は何か効果がありそう。いい方向に行きそう。そんな響きを持っているけど、確実にこれは「温室悪化ガス」。

「サーマルリサイクル」、「温室効果ガス」、どちらも言葉の遊びをしている場合ではない。日本の少子化もそうだけど、地球もそんな時間的余裕はないような気がする。

こんなことを言うと地獄に落ちるかな・・・・・・・・


・・・・・・・・・・焼却するのは遺体だけで十分だ。

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情報過多と物質過多 [新聞記事]

2019.4.15


こんばんは。

昨日のブログを見ると「振興」と「新興」を間違えていた。かなり恥ずかしい間違いだ。お許しあれ。


今日は母の祥月命日ということで墓参りに行ってきた。

いつも手を合わせて思うことは、死んでは終わりだということだ。

いずれは自分もこの墓石のもとに入るのだが、そうなる前に形をつくっておきたいと改めて思う。


昨日、片づけの近藤某さんのテレビをやっていた。昔、テレビをお見かけして久しく、とっくに飽きられてしまったのかと思っていたが、そうではなかった。彼女はアメリカでご活躍をしているとのこと。少々びっくりした。

彼女の周りにはお弟子さんなのか、彼女の意を酌んだ方がいるようで、その方々が片づけをしてほしいお客さんに、その方法を伝授している模様が放送されていた。

そのお客さんは若い方ではなく、中年の主婦であった。同時進行で二人をターゲットに放送していた。しかし、その家庭の様子は若者のゴミ屋敷に近い状態だったことに驚いた。足の踏み場もないし、あれでは子どもとの生活は成り立つのかと思ったほどだ。その後放送を見ていくと、確かに思い出深く捨て切れないということのようだったが、それ以上に物が多過ぎるのだ。衣類に至っては100枚近くあっても体は一つ。靴が何十足あろうとも入れる足は2本しかないわけで、物に対する執着が強いこともさることながら、もはや自分ではコントロールできないぐらいの大量な量になっていることだった。ああなっては、自分で片づけようという気持ちも萎えてしまうだろうと想像した。


いつも寝床に入りながらテレビを見るのだが、そのとき高学歴のフリーターに対して古館さんが懸命にわかりやすく話をしているのが目に飛び込んできた。彼には珍しく、目はいつもの目ではなく、完全に座っていた。あれは、あきれ返って一周回って怒っている目だ。


詳細はぜひ再放送でもご覧いただきたいが、高学歴のああいう輩がいることに、ある意味安心?というか、自分の思っていること、・・だろうと想像していることが、自分の若いころと余り違いがないことに安堵というか、間違っていないということに安心して聞いていた。


片づけられない人も高学歴フリーターの人も、共通していることは多過ぎる、情報過多と物質過多であるということだ。自分でコントロールできない量に、ある意味匙を投げている状態なんだろうと思ったが、皆さんはどう思われるのであろうか。

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情報過多の功罪 [新聞記事]

2019.4.14


こんばんは。

いつも夕刻になると線香をたむけ、母の家のシャッターを閉めてくるのが毎日のパターンになりつつある。ふとその時(母の最期)を思い出すが、なるべく思い出さないように努めている。別に理由はないが、そうしたほうが自分にはベストだという以外に理由はない。

明日でやっと2か月の祥月命日となる。


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昨日もいろいろなことを書いたが、本当はこれを書くつもりであったので書いておきたい。

それは情報が余りにも多過ぎるということ。情報過多は罪だということだ。

大学を卒業して、いざ就職をしなければと求人を見るとき、昔も多くの会社の情報はあったが、その情報は木で例えるなら枝までだったような気がする。しかし、今は枝の先の葉、またその先の葉脈、その先の葉脈の細胞まで情報はあるようだ。


確かに就職する上でいろいろな会社が見られるのはいいことかもしれないが、十代、二十代の若者が多くの企業情報の取捨選択に乗り込むわけで、正しい取捨選択ができればいいが、すべての若者が正しい取捨選択ができるとは到底思えない。それは紙ベースでもあるかもしれないが、今は多分、携帯やパソコンによる情報媒体であるからにして、記録を記憶する場が薄弱になっているわけで、会社情報は履歴からたぐり寄せるなければいけないという危うさがあるような気がする。

ちゃんと紙ベースで残していればよいが、就活している若者のすべてがプリンターでアウトプットし、しっかりと紙ベースで情報を捉えているとは思えないのだ。

老婆心ながら、葉脈の先に存在する企業は、失礼ながらいい企業ばかりとは言えないだろう。もちろん、新興の、これからだといういい企業ももちろんあることも確かだ。

うちの愚息も、そういう新興企業--当時は2~30人の、親から見れば、これからどうなるんだと不安に思える企業に入社したが、運良く、それが今では上場企業に成長したというラッキーな場合もあるが、そうでないことのほうが多いことも明記しておきたい。いや、アンラッキーな場合のほうが多いのだ。もう一人の愚息は、親のアドバイスがなければ、とんでもない企業に入っていたという事実もお話をしておきたい。

人生はいろいろだけれど、やはり親の経験から、ある程度のアドバイスは必要なのだ。ホームページでは確かにきらびやかで立派そうな企業でも、それはパチンコ屋である場合もあるし、誰も知らないただのホテルの場合もあるわけで、それは親の責任として、情報の選別を確実にしてあげることも人生最後の親の責任であるとも言えると思う。二十歳になったから親の責任は終了とはならず、いつまで経っても子どもは子どもの判断でしかないことを忘れてはいけないと思う。

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派遣という人生 [新聞記事]

2019.4.14


こんにちは。

金曜日、NHK「72時間」で就職活動のドキュメントを見た。

登場してくる世代はいろいろ、世相は転職時代とも思われたが、もっと深刻な状況なのではないかと思って見ていた。それは派遣だ。確かに十人十色ではないが、いろいろな働き方を望む人は多く、「好きなときに好きなだけ」的な働き方をする人が多くいた時代も過去にはあった。それはちょうど平成のバブルが弾ける前であり、誰もが好き勝手をしていても人生は開けるような気にさせた感があった。

そんな緊張感のない時代であっても、セクハラ、パワハラはあったと思うし、過酷な労働を強いられていた人も多かったと思う。当時、就職戦線真っ只中の人たちが今40代、50代となり周りの状況は一変。バブル前は老後、年金での生活設計を考えていると言おうものなら、「なんだ、この変人」とばかりに、結構小馬鹿にされたりしたものだった。しかし、その当時の親世代は、転職の「転」の字もなく、定年まで実直に同じ企業に勤めるのが当たり前の時代であった。

そんな時代であったから、親は子どもの定職に対しても余りこだわることもなく、想像範囲内の危機感しか持ち得なかったと言うべきかもしれない。

その後、予想だにしないバブル崩壊、山一証券と北海道拓殖銀行倒産。「えっ!都市銀行も危ないかも・・」となり、都市銀行でも1,000万円以上は預金はしないことと相成った。その後、景気の悪化で「失われた10年」とともに派遣法も改正され、就活時期と重なった人たちは、派遣社員とならざるを得なかった。つまり、好んで派遣を選んだ人もいれば、否応なく派遣社員となった人もいたという時代だった。

そんな彼らに年金加入の意識はあっただろうか。その番組では、そんな問いかけはなかったが、私は彼らが避けては通れない老後に、どのような社会保障をアイテムに持っているかに興味があった。

多分、当時の派遣社員は厚生年金とか国民年金に積極加入していたとは思えないし、企業側の意識は使い捨ての意識しかなかったはず。当時の風潮として、年金なんかコツコツ貯めているより、使っちゃったほうがいい。今がよければいいという考え方が圧倒していたように思う。

今現在、派遣で生きている方も多く、若い方であっても、そうでない方であっても、老後の生活も頭の中に描いたほうがいいとつくづく思ってしまった。

CMで、こんなフレーズを思い出した。「大人って長いよ~~~」

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